司祭の務め39
そうして、ようやく王都まで帰ってきた。
初めて見る王都に、幼い姉妹は始終キョロキョロしている。あちこち見て回りたがっていたが、それはまた今度のお楽しみだ。
今はさっさと用事を済ませて帰りたい。我が家のあるモーゲンの村はもう目と鼻の先だ。
行きとは若干通るルートを変えたおかげで、昼を少し過ぎたぐらいで王都の門を潜ることが出来ている。
各自の用事を確認したところ、小一時間もあれば大丈夫だろうということになり、その間は意外なことにイリアスが姉妹の相手を引き受けてくれた。
彼女が言うには、冒険者ギルドにいくとまた仕事を頼まれそうだから子守の方がいい。照れ隠しのような言葉に、私とリドルフィはこっそり笑った。
リドルフィは馬を置きに行った後、例によってあちこち顔を出してくるそうだ。おそらく騎士団のランドルフ辺りに会ってくるのだろう。今日は村に帰るけど明日またこなければ、なんてぼやいていたから、今は本当に挨拶に行くだけのようだ。
イーブンは冒険者ギルドへの報告を引き受けてくれた。帰路で立ち寄った三つ目の魔素溜まりは、先に受けていた報告通り規模は小さく、簡単に浄化を行うことが出来たし、念のため丁寧に探したが、あれも見つからなかった。魔物も、討伐されてから出現していなかったようだ。姉妹も連れていたから簡単に終わって本当に良かった。イーブンもこれなら報告が楽だなんて笑っていた。
イリアスと姉妹は、待ち合わせの時間まで広場で時間を潰すそうだ。フォーストンの街に比べて、騎士団のお膝元であるここ王都は格段に治安がいい。私みたいなのが一人で徘徊していても危なくないし、それこそ短時間だったら、姉妹だけで置いておいても攫われたなどの事件も起きないだろう。とはいえ、彼女たちには土地勘もないまだ幼い子どもだ。「広場に行けば吟遊詩人か芸人の一人ぐらいいるでしょ」とはイリアスの言葉。確かに暇つぶしで見せておくのにちょうど良さそうだ。
王都の門を入ったところで、私は馬車から降ろしてもらった。
荷物は預けっぱなしでいいというので。お財布などが入った小さな肩掛け鞄一つの身軽な状態だ。
まずは王都に戻ったら寄ると約束したアメリアの店へと行く。
「グレンダ、おかえり! メモとスパイス、用意できてるよ。……ってちょっと、あなた痩せたっ!?」
窓から店主が居るのを確認し、準備中の札の下がった店のドアをノックしたら、顔を出したアメリアにぐいと店に引き込まれた。
「え、あぁ、そういえばそうかもね」
「そうかもね、じゃないよ! うわ、頬もこけてるし! ちょっとそこ座って!」
問答無用の強引さでカウンター席に座らされた。
どうやらディナー営業のための仕込みも、一段落したところだったようだ。彼女の飲みかけらしい珈琲カップが横に置いてある。その前には本日のメニューを書いていた途中の黒板。アメリアの独特な癖字が並んでいた。
店内は先日と同じスパイスのいい香り。またスープカレーを仕込んでいたのかもしれない。
「ほら、これでも食べて! お茶はシロップ全部入れちゃいなさい!」
「ま、待って、こんな時間にそんな食べられないし、お茶も甘ったるいのはつらいって!」
「本当に何やってきたのよ。また旦那や他の連中にこき使われてきたんでしょう!?」
「ちょっと仕事してきただけだって。あと、リドは旦那じゃないよ」
目の前にどんどんと置かれた揚げ菓子と、アイスティーのグラス、それにシロップに気圧される。
心配してくれているのはよく分かるが、いきなり皿いっぱい盛られた揚げ菓子を出されても食べるのは無理だ。
とりあえず、気持ちを貰うつもりでアイスティーにシロップを少しだけ垂らして口を付ける。
柑橘系の味つけがされたシロップだったようで、爽やかな甘さになった。
美味しいけど、ピッチャーいっぱいに入っているこれだけの量のシロップを入れたら、それはアイスティーじゃなくてシロップの原液を飲んでいるのに近くなりそうなので遠慮させてもらう。
「本当に……前も言ったけど! そんな数日で一気に痩せるようなことしてたらダメだって。体壊れるわよ! ほら、一つでもいいから食べて。その間に渡すスパイス出してくるから」
「うん。ありがとう」
まったくもう、とこぼしながら店の奥に入っていくアメリアを見送って、私は揚げ菓子を一つ手に取る。
型抜きしてある小麦粉の生地を油で揚げて粉砂糖をまぶしたもののようだ。
お茶用に出してくれたシロップ同様、口に入れるとふわっと柑橘類の風味が広がる。たくさんは無理だけど美味しい。
なるほど、こういう食べ方もあるのかと頭の中のメモに書きこんだ。
「はい、これね。袋にそれぞれ名前書いてあるし、メモに使い方と効能とかあれこれ書いてあるわ。今回はお試しだからこの量だけど今後も使うならもっと仕入れてくるって。時間があるなら今この場で一緒に作っていく?」
「わかった。色々ありがとう。ごめん、待ち合わせしているから作る時間まではないの」
「そうだろうと思った。そしたらレシピも一緒に入れておくわ」
それに、その顔は早く帰って休んだ方が良いよ、としみじみ頷かれる。
そんなに痩せたように見えるのかね。確かに少しスカートが緩いけれども。ここでダイエットになったと喜んだらあちこちに怒られるんだろうなぁ。
私がお茶を飲んでいる横で、アメリアはテキパキとスパイスやメモを袋にまとめてくれた。
おまけに焼き菓子もいくつか紙に包んで入れてくれている。……後でリチェたちにあげたら喜ぶかな。
私がお茶を飲み切ったタイミングを見計らって、はい、と、それを渡してくれた。
「ほら、どうせ時間ないところを寄ってくれたんでしょ? 行って。しばらくは旅せずに店やってるつもりだから、時間できた時にでも来て。いや、私がそっちに行く方が早いか。今度行くわ」
渡したその手で私の背を押して店の外へと押しやる。私は慌てて席を立って押されるに任せて彼女の店から出た。
「ごめん。うん、その方がありがたいかも。待ってる。…………って、スパイスとか色々お代!」
「そんなのいいから。それよりちゃんと休みなさい。今日は働かずにしっかり寝るのよ」
「明日、リドがこっちに来るらしいからお代持たせとくわ。……わかった」
相変わらずな様子につい笑ってしまったら、アメリアも笑ってくれた。
お金についてはやっぱり大事なことだと思うのでちゃんとしたい。頼めばリドルフィも快くやってくれるはずだ。
店の時計をちらっと見たら確かに結構時間が経っている。
市場で予定していたものを買ったら待ち合わせギリギリだろう。
「それじゃぁ、お言葉に甘えていくね。アメリア、ありがとう」
「こっちこそ寄ってくれてありがとう。またね」
店の前で見送ってくれる料理の師匠に、私は何度か振り返って手を振る。
さぁ、後は市場だ。良いものが見つかると良いのだけども。
おばちゃん、やっと村に帰れるよ……!




