司祭の務め38
浄化を行った三日後。
私は、また馬車に揺られている。
御者席ではイーブンがのんびり手綱を握っていて、馬車は私、イリアス、それにフォーストンで出会った姉妹。馬車の外には、いつもの黒毛に乗ったリドルフィだ。
姉妹の名前は、姉の方がエマ、妹の方がリチェ。
リチェの方は初めて乗る馬車が物珍しくて楽しいらしい。気が付いたらしっかりイーブンにも懐いて、今はエマとイーブンに挟まれるようにして御者席に座っている。
フォーストンから王都は街道もしっかり整備されているので、特に問題もないだろうとリドルフィが許可した。もし何か出てきても、壮年マッチョがさっさと対処してくれるだろう。
前の方からあれは何?と訊く可愛い質問や、きゃっきゃと楽しそうな声が聞こえている。どうやらイーブンは、付き合いよくリチェの質問に応えてやっているようだった。考えてみると、イーブンは村にいた頃にはジョイスやリン相手の相手もしてくれていた。普段子どもと接点は少ないけれど、意外と子ども好きなのかもしれない。
エマはというと、自分の勤め先と妹の今後についての問題がまとめて片付いたからか、少し放心しているようだった。無理もない話だ。きっとフォーストンでは、かなり気を張って妹を守ってきていたのだろう。
あの後に、二人の事情を聞いた。
それは、今のこの世界ではとてもありふれた、悲しい話だった。
二人は商家の出身だった。数年前父親が商談の旅の途中で事故に遭い行方不明に。その後、必死に女手一つで二人を守っていた母親も、少し前にフォーストンで流行った流行り病で倒れ、過労もたたりそのまま亡くなってしまったのだという。戦乱期に両祖父母はすでに他界しており、父親も見つからず、子供二人では生きていけない。身寄りがなくなってしまった二人は、一年ほど前から孤児院にお世話になっていたのだそうだ。
先生と呼ばれている孤児院の経営者は戦乱期に子を亡くした方で、個人で子供たちの面倒を見ていたらしい。元々はご夫婦で身寄りのない子供たちを引き取り育てていたのだそうだ。しかし、二人の母親が亡くなったのと同じ流行り病で夫の方が亡くなり、以降は婦人一人での運営。しかも夫人自身ももうかなりのご高齢だ。あちこちから寄付を受けたりもしているがかなりギリギリの経営になってしまった。
それでも、婦人が愛情をもって子どもたちを保護していたことは、二人の身なりで分かる。
使い古されていても大事に使われてきたのが分かる衣服や、二人が何かして貰った時に素直にありがとうと言えること、何よりリチェのこの屈託のなさ。
育ち盛りが多くて食べ物こそ足りてなかったとは言え、出来うる限りのことをして貰っていたのだろう。聞けば初めて会った時に渡したお金も、二人はパンと野菜を買って帰り、先生にスープを作ってもらって、みんなで分け合ったのだという。
エマが頼み込んできたその日、まずはリドルフィが二人を送るついでにその先生と会って大体の事情を確認し、そのまま引き取る方向で話を付けて来てくれた。
そして、出発の今朝。
迎えに行った私とリドルフィを、孤児院の全員で出迎えて、二人を送り出してくれた。
忙しい中時間を確保してくれたらしい夫人は、私とリドルフィに二人のことを頼むと何度も頭を下げていた。子どもたちは昨夜二人を送り出すパーティをしてくれたそうだ。仲良く肩を寄せ合って生きてきたのがよくわかる、そんな別れだった。
そうそう、エマが言っていた乱暴な子、なのだが、多分あれはよくある気持ちの裏返しだったんじゃないかと思う。見送りの間ずっとそっぽを向いていた年長の男の子。リドルフィはその子にモーゲン村が載っている地図を渡していた。冒険者になるとのことだから、いつか村に遊びに来てくれるかもしれない。
そして、今、馬車の中は冷たい空気が流れている。
冷気の発生元はイリアスで、私はとても居心地が悪い。
エマとリチェを御者席に逃がすことに成功したことは、誰か褒めてくれてもいいと思う。
外で、のんびり口笛吹きながら馬上の人をやっているリドルフィが心底羨ましい。
「ねぇ、グレンダ」
姉妹を引き取ると話してからずっと口をきいてくれなかったエルフが、ぼそ、と、私を呼んだ。
私は寝たふりを諦めて目を開ける。一応まだできる限り体を休めろと言い渡されているので、馬車の中にマットを敷いてクッションを置き、それに凭れた楽な姿勢で乗っていたのだ。
「確かに、私はあなたの子ならおしめ替えてもいい、とは、言ったけどね」
「うん……」
「いきなり他所から子ども貰ってこい、なんて、言った覚えはないんだけども」
彼女の声は静かで冷ややかだ。言いたいことは分かるので、私はそーっと目を反らす。
一応、イリアスとイーブンの二人には今回の事情はしっかり説明したのだが、彼女はご不満のようだ。
話した後からずっとこの態度なので、同室の私としては中々辛かった……
「……二人はもうあそこまで育っているからおしめは替えなくても」
「そういう話をしてるのではないの、わかってるよね?」
「……」
「私は、あなたにいろんなものを諦めずに幸せになって欲しいって意味で言っていたんだって、ちゃんと理解してるんだよね?」
「……えぇ」
「じゃあ、なんでいきなり養子貰うことになってるの?」
「いや、養子じゃなくて食堂の見習い、なんだけども……」
「実質的に変わらないでしょ」
ぴしゃりと言い切られた。
「とりあえず自分のことは自分で面倒見させるのよ。グレンダ、あなた、自分で思ってるよりかなりまずい状態なんだからね? その背中」
ぷいと横を向いたエルフに、私はあぁ、案じてくれていたのかと今更に思い知る。
私は膝に掛けていた薄いストールを除けて馬車の中を膝で移動すると、そっぽを向いたままのイリアスに抱きついた。
「……ちょっ。何っ?」
「ありがとう」
ぎゅーっと抱きしめれば、一瞬固まっていたイリアスがぽそぽそと言う。
「……子どもの世話って大変だって聞くし。ただでさえ倒れた後なのに……」
「うん。わかった」
長い耳が赤く染まっている。こんな彼女を見たのは久しぶりかもしれない。
思わずくすくす笑ってしまえば、無理矢理引っぺがされた。そのままイリアスは馬車の後ろから顔を出してリドルフィを呼ぶ。
「ちょっと! リド、グレンダが全然寝てないよ! 交代して寝かしつけなさい」
「ん? おう、わかった」
イリアスは身軽に走っている馬車からひょいと飛び降り、本当にリドルフィと交代しにいってしまった。
どうせ、後ちょっとしたら浄化する場所に到着なのだけどね。
浄化中はイリアスかイーブンが馬車に残り、姉妹のことを見ていてくれる手筈になっている。
今回の魔素溜まりは小さいから、何事もなくあっという間に終わるはずだ。
その後は今日の宿泊地である街道沿いの街まで移動するだけ。今日は平和だ。
ふわ、と、欠伸が出た。
馬車に乗り込んできた壮年マッチョが苦笑いをしている。状況を察したのだろう。
私も肩を竦めてみせた。




