司祭の務め30
辺りに散らばるすでに倒された小蛇の死骸や、絶命こそしていないものの剣戟などを受けのたうつ小蛇を、ジークハルトが叩き崩していく。
光を帯びた戦棍の一撃するたびに、黒い蛇が黒い霧のようにほどけて実体を失っていった。
小蛇を倒しながら大きく遠巻きに回り込む形で走っていたオーガスタが、リドルフィが投げた蛇の尾側にたどり着き、飛んだ。そのまま器用に蛇の胴体の上を走っていく。
イリアスは風の魔法を使っているらしい。常よりも更に身軽に瓦礫や蛇の頭などを踏みつけながら、飛び跳ねるようにして軽やかに位置を変え、頭の一つを翻弄していた。
リドルフィは具現した光の壁のギリギリの場所で、魔素溜まりの方を睨んでいる。おそらく向こうに残っている魔物の確認をしていたのだろう。ほんの一瞬で踵を返し、全員の位置を確認した後、また頭部の方へと走り出した。
「光よ、戦う者に力を。ライナスを守れ、守護盾っ!!」
前衛たちの中で唯一、立ち位置をあまり変えていないフルプレートの重騎士に、三つの頭が同時に牙をむいた。それを見て、とっさに私は呪文を唱える。
危ういタイミングで展開したシールドが、今まさに彼に噛み付こうとしていた大きな頭二つを弾き飛ばす。
多分、介入しなくてもライナスは耐えたかもしれない。でも、一つならまだしも三つでは完全に防ぎきれなかったはずだ。
大きく弾いた方のうちの一つに、尾側からリドルフィが遠距離で斬撃を与え、意識を自分に向けさせた。
対象が二つになったライナスは盾を構え直す。
オーガスタが、エルノたちの方へと向いて鎌首を揚げている頭へと双剣を構えて走っている。最後大きく飛んで着地しながら両手の二つの剣を揃え、蛇の脳天目掛けて振り下ろす。
死角からの、骨の継ぎ目を正確に狙った攻撃に、数度痙攣を起こしそのままその頭は地に落ちた。
「……大きいのが、いきますっ!!」
エルノの声に、前衛たちがばっと一斉に反応した。
ある者はその場から飛びのき、ある者は盾を構え、ある者は防御呪文を唱える。
「星芒の魔導士、ロドヴィックが命ずる。
轟け、雷鳴よ!
走れ、稲妻よ!
敵を打ち破り、その響きをもって大地を揺らせっ!!」
いつの間にか頭上に集まってきていた黒い雲から、縦に一閃……!!
何も見えないほどの光に埋め尽くされた。
その衝撃で吹き飛ばされないように私は慌てて突き立てた錫杖に縋りながら、ぎゅうと目を瞑る。
半拍遅れて轟音が鳴り響いた。地面が激しく揺れる。
ほんの一呼吸分かそこらで治まった光に、きつく瞑ってもなお焼き付きを起こしたかのような目を何度も瞬いて視界を取り戻す。
蛇の胴体半ば、その縦幅だけでもリドルフィの身長ほどあった一番太い場所が、雷で大きく抉れていた。
千切れきれていない頭側と尾側、苦しんでどちらも激しくのたうち回っている。
一番防御の薄いイリアスは、防御魔法を使ったジークハルトの背に庇われていた。
とっさに飛びのいたオーガスタはそのままエルノ、ロドヴィックの方へ退避し、ライナスは盾で、リドルフィは大剣で衝撃を受け防御していた。
被雷地点から一番離れていたイーブンはいち早く衝撃から立ち直ったようで、高く積みあがった瓦礫の上で弓を構えている。エルノが守護盾を使ったおかげでエルノとロドヴィックも問題ない。
全員の無事を確認している最中に、ドガンっ!!!と鈍い音がした。
何かが私のいる場所の下に飛んでくる。
慌てて覗き込めば茶色の塊が見えた。
「ウルガっ!!!?」
本体の頭の一つに槍を突き立てていた獣人が、魔法の衝撃で大きく動いた頭に振り投げられるようにして、壁に叩きつけられていた。
「エルノ! 光壁の維持をおねがいっ!」
「わかりましたっ!」
私は、慌てて崩れかけの階段を転げ落ちるようにして駆け下りる。
背後で戦いは続いている。先ほどのロドヴィックの魔法で大きく傷つけられた蛇の胴体がのたうち、残った五つの頭があちこちを威嚇し、己を傷つける者に噛み付こうと暴れ回っている。
「ウルガっ! ウルガっ!!」
叩きつけられたところから下に、ぼたと落ちた姿勢で動かない獣人の名を呼ぶ。
ばらばらと彼の上に崩れた細かな瓦礫が降り落ちていた。
あちこちに躓きながら辿り着いた私は、ウルガに降り落ちる石つぶてを慌てて払いのける。
厚い毛皮が砂と石でざりざりになっている。その奥、血がにじんでいるのが見えた。少ない量ではない、すぐに治癒を施さねばまずい。
「ウルガっ!!!」
ぴく、と耳が動いた。
数秒遅れて、がらがらと音を立てて、自身の上に積もった石や瓦礫を落としながら獣人が顔を上げる。
私は傍らに膝をついて、彼をじっと観察する。
やがて目の焦点があったのを確認すれば錫杖を地面に置き、毛むくじゃらの手を取った。
「まだ動いてはダメよ。一気に治すからね! 骨が折れていたら正しい位置に戻る時に痛むかもしれない。耐えて。」
ぐっ、と返事らしい唸り声が返ってきた。
通常なら、痛みを伴わないように少し時間をかけて治癒を施すが、今はそんな暇はない。
背を向けている向こうでは今も激しく戦っている音が響き続けている。
私は口早に詠唱する。略式ではない、長ったらしい呪文を正確に、けれど早口言葉のように一気にまくしたてる。
「……光よ、この者を照らせ。
神樹よ、この者に生きる力を。戦う力を。
正しき者、ウルガに光の加護を」
私の手を中心にして、ぶわっと光が一気に広がり、ウルガを包む。
離されないように両手で掴んでいるウルガの手がびく、びくっと何度も震える。
何カ所も折れていたのが無理に戻っていったのだろう。
相当痛いはずだ。ごめん、ごめんっと私は心の中で謝る。
本当は。
痛みを伴わずに一気に治す術も、私、には、ある。
けれど、今それを使うわけにいかない。
せめて、全ての傷が正しく治るように、そして少しでも早く痛みが引くように祈る。
不意に、頭上が陰った。
「シャァァァァァっっ!!!」
間近から聞こえた威嚇音に私が振り返るより早く、ウルガが反応した。
彼の手を掴んでいた両手ごと、彼の逆の手で捕まえられて強く引かれる。
私は、ぼすっと勢いよく砂まみれの毛皮につっこんだ。
その直後、背後でズドン、と、大きな音が響いた。砂煙がたつ。
「すまん、ギリギリになった」
聞き慣れた太い声。ひょいとローブの首根を掴むようにして毛皮の上から起こされた。
振り返れば、そこにいたのは返り血を浴びたまま獰猛に笑う男で。
その足元に切り落とされた大きな首の頭が転がっている。
リドルフィは持っていた槍を、無造作にウルガに投げ渡す。
それをしっかりと受け取ったウルガは、のそりと立ち上がった。
「……大丈夫?」
最後までしっかり治癒しきれたか確認しそびれた私に、狼の獣人は頷いて見せた。
「もう戦える。助かった。」
そう言って、その言葉を裏付けるように、その場で二、三度飛び跳ね具合を確かめると走り出した。
リドルフィが後で見てやれ、と言いながら、ウルガを見守る私を有無言わさずに抱き上げる。
そのまま瓦礫を、どすどす踏んで駆け上がっていく。
全体を見渡せ、容易に敵も近づかない場所。
先ほどまで私がいた半分崩れている二階につくと、下ろす時だけは丁寧で。
「あと少しだ。」
革の固い手袋の親指で、私の頬を一度撫でると二階の高さからひらり身を躍らせる。
そのまま戦場の真ん中へと走っていく男を思わず私は目で追った。
残る首は三つ。小型の蛇も随分減っている。
私は顔を上げる。心配そうなエルノと視線があった。
「エルノ、ありがとう! 引き取るよ!」
言ってから……錫杖を手にしようとして下の地面に置いて来てしまったことに気が付いた。
目を閉じイメージし、両手を重ね合わせる。
ずる、と、スライドさせた両手の間に使い慣れた錫杖が再具現化した。
それを右手で掴み、とん、と床を叩く。
左手を沿えて、詠唱する。
エルノと私二人分の力を受けて、ほんの少しの間だけ壁の光度が増す。
大丈夫だと、逆側の瓦礫の上に頷いて見せれば、エルノが維持から手を引いたらしく光の加減が元に戻った。
向こう側でエルノが片膝をつく。
桁違いの強さで光の祝福を受けた私ですら、構築すればかなりの力を吸い取られる光壁だ。
維持だけでもエルノにはかなり負担がかかったに違いない。
エルノも心配だったが、彼がいるのは私と同じ魔物からはすぐに襲われない場所だ。エルノ自身も実力者。過負荷への対処の仕方もちゃんと知っているだろう。
私は、また中心地の方へと視線を向ける。
時折、地表に、だだだっと音を立てて矢が降る。
瓦礫の上から上へと移動を繰り返しながら、イーブンが皆の戦闘の邪魔にならないよう小型の蛇を片っ端から打ち抜き、縫い留めている。
ウルガがイリアス、オーガスタと連携して残った頭のうちの一つと戦っていた。
どこか庇う風もなく、刃の長い槍を自在に振り回し、身軽なエルフと双剣使いが翻弄する蛇を的確に突いている。こちらも大丈夫そうだ。
別の頭にはライナスが真正面から対峙し、ジークハルトがサポートに入っている。
ライナスが食い止めている間にロドヴィックの魔法が降り注ぐ。
先ほどのような大魔法ではないが、確実に蛇の体力をそいでいっている。
最後の一つは、リドルフィが神聖魔法で光を宿した大剣を今まさに振り下ろすところだった。
その太さ、硬さをものともせずに、一気に斬り落とす。
落ちた首が地響きをあげ、砂埃を舞い上げた。
バトルシーン執筆中のBGMは某冒険中に魔物を食べまくるお話のメインテーマ曲でした。




