遠き日の……(前)
「――兄ぃ、頑張れーー!!」
「おーー!」
少女が大きな声で応援すれば、その声が聞こえたらしく、少年は剣を掲げて応えてくれた。
年に数度ある合同訓練。
今回の会場は、神殿の訓練場だ。
普段は神殿の寄宿舎に住まう聖騎士候補しかいない訓練場だが、今日は似たような年齢の子供たちがいつもの三倍以上集まっている。
冒険者訓練場所属の子、騎士の家系の子、魔法学校の子、他、この街で武術を習っている子供たちが集められての合同訓練。そのフィナーレは年齢で三つに分けられた組での勝ち抜き戦だ。
別に、その順位で単位が貰えたり貰えなかったりなんてことはないのだが、出る以上は勝ちたくなるし、身内が出ていたら応援したくなるものだ。
自然、大いに盛り上がる。
司祭見習いの少女は、訓練場正面の壁際、教官たちも出入りする本部テント横の救護テント前にいた。
幸い今年はまだ大きな怪我人は出ていないが、この手の訓練は多かれ少なかれ誰かしら怪我をする。
武術を習う子供たちの訓練は、司祭見習いの子どもにとっても治癒魔法の訓練の場である。
「あなたも――の応援よね。ここで一緒に応援してもいい?」
「……?」
声をかけられてそちらを向けば、お人形みたいに綺麗な女の子がいた。
服装からすると魔法学校の子のようだ。
濃い紫色のケープを付けて、同じ色の帽子を被っている。その帽子からきらきら光る金髪が流れ出ていた。少女よりかなり年上。年長の部と年中の部のちょうど境目当たりの年頃だ。
誰?と思ったのがそのまま顔に出ていたのだろう。
相手はふんわり優しく笑う。
「私、――の婚約者なの」
「婚約者……!?」
貴族だと子供のうちから結婚相手が決まっていることがあるのは、知っていた。
でも、普段一緒に走り回ったりしている兄のような聖騎士見習いの少年と、婚約者なんて言葉が結びつかなくて思わず目を丸くする。
試合場の真ん中で刃をつぶした剣で戦っている少年と、目の前の少女を見比べる。
「えぇ。あなたのこと、知っているわ。――――でしょ?」
「うん」
「手紙によく書いてあるの。ちっちゃいのにいつも頑張っているって。今日もみんなの怪我治すのにここにいるのでしょう?」
「……」
知らないところで褒められていたことを教えられ、見習い少女は恥ずかしくなって俯いた。
自分よりかなり年下の少女が耳まで赤くなったのを見た金髪の少女は、かわいい、と笑って司祭見習いの頭を撫でる。
記憶が確かなら、戦闘訓練で来ている一番年下の子たちよりも二つほど年下らしい司祭見習いだ。まだ制服もサイズがあってなくて袖を何度か折っているし、小柄で顔つきも幼い。
ついつい構いたくなる、と書いていた婚約者の言葉がよくわかる小さな女の子だった。
「あ、ほら! 顔上げて。見てなきゃ…… って、あ、あぁぁぁっ」
「!!」
いいところまで攻めていたのに、二人が応援していた少年は後一歩というところで騎士見習いの少年に負けてしまった。
でも、いい試合だったからか、勝った方も負けた方もどちらも笑顔だ。
「――!」
金髪少女が許嫁の名を呼ぶ。
気が付いた少年がこちらに大きく手を振って、そのまま歩いてきた。
よく見たら彼もその対戦相手もあっちこっち血が出ている。
「痛くないの!?」
「え、あぁ、血が出てた」
「お互い、魔法も使っていたからなぁ」
少女が救護テントにいる教官を振り返れば、見習い司祭の先輩も出てきた。
怪我の度合いを見て、試合をしていた少年たちと同じ年代の先輩は、対戦相手の方へ少女を押し出す。
「私も治していいの?」
「うん、やってごらん」
許可を貰えば、ぱぁぁと表情が明るくなる。
治す相手に丁寧によろしくお願いします、と頭を下げて、まだ習いたての治癒魔法を唱える。
「あー、いいなぁ。俺も――――に治して欲しかった」
「僕じゃ不満ですか?」
「――の治癒に不満はないけどさ。あのちっこい手で痛いの痛いのとんでけーってされたら、なんかすごく癒されるだろ」
「僕の手で我慢なさい。で、治った後に愛しの――に優しく痛いの痛いのとんでけーってして貰えばいいよ」
「え、治っているなら痛くないじゃない」
話を振られた金髪少女にさくっと言い切られ、聖騎士見習いの少年は、がくりと首を垂れた。
その少年の腕を手に取り、司祭見習いの少年がてきぱきと治癒を施していく。
少女の方はと言うと、何故か治している最中の騎士見習いの少年にぐりぐりと頭を撫でられていた。
「おぉ、こんなちっこいのにえらいなぁ。ちゃんと治ってる!」
「だろ。うちの自慢のお姫様だ」
「……姫じゃないよ?!」
「うちに欲しいなぁ。俺も――兄ぃとか呼ばれたい。騎士団にこんな可愛いのがいたらみんな喜ぶ」
「それは無理だなぁ」
「無理ですねぇ」
金髪少女に頬に残っていた血を拭われながら、聖騎士見習いの少年と、司祭見習いの少年が笑う。
あっちを見てみろ、と視線で示す先。年少の部の決勝戦。
戦う前の一組の少年たちのうち片方が、戦う相手ではなく、なぜかこちらの騎士見習いの少年を睨んでいた。
その姿を見つけた司祭見習いの少女が手を振る。
「あ、――! がんばれーー!」
「……なるほど。ダメかー」
「うん。――と試合すると俺もたまに負けるしなー」
「マジか。むしろ、あいつごと貰って行きたいぐらいだな」
「ダメだよ。どっちも俺の大事な後輩だからね」
「どっちも可愛い、のよね?」
「攫っていったら、聖騎士見習い全部敵に回すことになりそうだよねー」
婚約者からの手紙には、妹みたいな少女と弟みたいな少年のことがいっぱい書いてあった。
毎日楽しく過ごしているのがよく分かる内容に、初めの頃は少し嫉妬もしたけれど、今日会ってみたらすぐに分かった。手紙に書いてあった少女は、けして自分の居場所を奪う者ではなくて、自分も一緒に大事にしたくなるような、そんな存在だった。
今も小さな両手を握りこぶしにして、目をキラキラさせて試合の応援をしている。
やがて、観戦していた皆から歓声が上がり、年少の部決勝の勝敗がついた。
勝った少年のところにぱたぱたと転がるように少女が走っていく……と思ったら、本当に躓いた。
走ってくるのを見て迎えに行った少年が、少女が転ぶ前に抱き上げる。
「な、可愛いだろ?……あれを守るためなら何とでも戦えそうだって思えるんだよな」
「そうねぇ。確かに」
「……そんな日がこないのが一番だろうけど、その時は俺も一緒に戦ってやるよ」
「あぁ、頼んだ。未来の騎士団長殿」
「まだなれるかわからねぇよ、未来の聖騎士殿」
わぁぁと歓声が上がり、最後まで残っていた年中の部も優勝者が決まったようだ。
ここで学び育った子供たちのほとんどは、将来、国内の騎士団や王宮魔導士団、そして冒険者ギルドに所属する。
特に優秀で、訓練試合とは言え決勝にまで残るような者たちは幹部候補だ。
だから二人の言葉もあながち間違っていない。
将来嘱望されている、そう自分たちでも知っているからこそ――……。
名前を伏せる意味はどこまであるんだろうと思いながら、懐古シーンはーーで通します。
年長組は卒業間際の10代後半。見習い少女はまだ7つほど。




