第一章『出会いは依頼』
春に僕の人生を変える壮絶な出来事が起こった。
それは悲しく儚い一時の思い出になった。
そしてこれから始まるのは一人の人間の血と涙の夏の物語。
頬からいくつもの汗が流れる。
今日は今年で一番の猛暑らしい。
僕の歳は18歳。普通なら高校に行っている歳なんだけどある事情で高校は中退。
今、僕は町でも知る人は少ない神社に向かっていた。
木のおかげで影があるため周りよりも涼しく影からは出たくない気分だがそう言う訳にもいかなかった。
「確かこの辺りだと思うんだけどな」
誰も居ない古びた神社に目を向けながら呟いた。
神社の近くには大きな松の木が立っていた。
僕が産まれる何百年も前からあったであろう松の木は今は蝉に泣き場所を与える存在になっている。
ふと、松の木の横の木々に目がいく。
「視つけた」そこには何もない木漏れ日のある涼しげな場所に普通の人にはそう見えるはずだ。
でも、僕は普通じゃない…
立ち止まり目の前の『歪み』に触れる。
そう、世界の『歪み』に。
『歪み』とは神様であったり、悪魔であったり、妖怪であったり、幻獣であったりと多種多様の世界にとっての異質な者の入り口。
それは人を幸福にするものもあれば、不幸にするものもある。
その『歪み』を無くすのが僕の仕事。
「これだけ小さければこれで大丈夫かな」
事務所支給品の変な柄の御札を『歪み』の地面に貼り付ける。
「よし。終わり」
普段よりも大きな音量で言い、ポケットから仕事用の携帯を取り出す。
ダイヤルをして3コール目
「…あ、もしもし……仕事してましたか?『歪み』を発見したんで一応、閉じときましたから、リストに追加しといてください。……依頼の迷子の猫?僕達の仕事は『歪み』を無くすことでしょ。…………それだけじゃ食って生けない?知りません!!…寝るなこら!……お願いします」
仕事用なので通話料は取られないからかなりの長電話。
携帯をしまいつつ神社の石段を下っていく。
そういえば仕事場の看板は探偵事務所だったかもしれない。
やれやれ就職するとこ間違えたかな。
階段を下り終え停めておいた自転車にまたがり、いざ!発し-
「新宮君?新宮君だよね?」
かん高い声が僕の競輪選手すら恐るスタートの邪魔をする。
嘘ですけどね。
聞き覚えのある声に振り向くとそこには制服を着た腰まであるようなロングヘヤーの女性がコチラに微笑みかけていた。
「こんなとこで何してるの?」
もう一度言おう。
僕は高校中退……
ここで「野火 陽華」について話したいと思う。
彼女は僕が去年まで通っていた高校の三年生で本来なら僕と同級生だ。
確か部活動はしておらず二年の時は一緒に図書委員をしていた記憶がある。
成績はかなり良く期末テストでは全教科学年10位以内だったと思う。
そんな優等生が僕の目の前に立っていた。
「お久しぶりですね野火さん。学校はどうしたんですか?」野火さんの質問を無視してコチラが質問してみる。
「今日はテストだったから午前中までだったの。それよりも、ここで何してたの?」
再び同じことを聞いてくる。
どうしようかな。できれば言いたくないしな。
「野火さんこそこんなところで何してるんですか?」っと誤魔化してみる。
「私の帰り道はこっちなの。いい加減、私の質問に答えてよ」
野火さんは少し声を荒げて言った。
言うしかなさそうなので仕方なく自分の懐から名刺を取りだし、手渡す。
「中々探偵事務所。新宮君、探偵しているの?」
だから、嫌なんだよ…
「まぁ、探偵と言うよりも何でも屋みたいなものです」
「それでもすごいよ。驚いたな~。もう将来の道決まってるなんて尊敬するわ」
そんな輝いた眼で見られると心が痛い。
僕だってしたくて就いた職じゃないのに。
「それだったら一つ相談していい?」
いまだに輝いた眼で見て話してくる。
…大体分かる。これはめんどくさい事件を持ってこようとしている。
そんな感情を顔にだしてみようとしたがうまくできなかったのか、察してくれなかったのか、話を進めてくる成績優秀者。
「最近ね、目が悪いのか分からないんだけど時々視野がぶれることがあるの」
「ぶれるって空間が吸い込まれた様に見えてる?」
「うん。よくわかったね」
ほらね。やっぱり事件が起こった。
空間が吸い込まれた様に見えるのは『歪み』が視えていると同じことだから。
まぁ、それが仕事だから真面目にやるべきだよね。
思いながら彼女に、これまた事務所支給品の特製お守りをプレゼント。
「なにこれ…。こんなので治るの?」
「こんなのとは失礼な。普通に買えば一万円は超える品物ですよ」
テレフォンショッピングぽく言ってみた。
野火さんは「嘘ぉー!」とか驚嘆の声を出していた。
「で、何時から視えるようになったんですか?」
少しだけ腰を入れて仕事をしてみる。
「え~と。5日前ぐらいかな」
5日前か…。ぎりぎりだったと思う。もう少し遅ければ『歪み』の事件に巻き込まれていたかもしれない。
「うん、わかった。ありがとう。そのお守りを絶対に肌身離さず持っていたら、大丈夫だと思うよ」
自分の仕事を減らす為にも詳しく説明をしておく。
「じゃあ一応信じとくね。あっ!料金は幾らぐらい?」
「効果が現れてから請求するよ」
話が長引いて体内温度が高くなってきたので早めに話を終わらそうとしてみる。
「そう?だったら携帯の番号教えて-
「バイバイ野火さん!」
自転車にまたがり強くサドルを蹴り一気にスピードに乗る。
人との関係を深く持つなんてまっぴら御免だ。
「新宮君ー!」
大声で後ろから叫んでくる。
暑いのに元気な人だ…。
「これから私のことは陽華って呼んでねー!」
聞き間違えがなければそう聞こえた。
なんでだろう?僕は親しくなるようなことをしただろうか。
中学二年のように話してきた女子がみんな自分に好意を寄せていると思っている状態に入り込んだ。
まぁ、冗談ですけどね。
そんなことを考えていると自転車が自分の働く事務所に到着した。
事務所は二階建てになっており一階のガレージに自転車を停め、錆びきっている階段を上り始めた所で思い出した。
野火 陽華には双子の妹がいたんだった。
誤字が酷かったので直させてもらいました。
すいません。