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⑤ 星に誓う

 俺は暗い自室の布団の中で、眠れないまま横になっていた。



 あの後。

 早川がパーカーのポケットに入れていた、角が擦れた小さなメモ帳に書かれていた番号に兄貴が電話すると、幸いすぐつながった。

 兄貴は、自分は五年三組の田中祥平の保護者であること、神社で早川さんがひとりでいたのを弟がたまたま見付けたこと、早川さんが叔父さんの家へ行くつもりだと言っていること……などを簡単に説明した。

 それだけであいつの叔父さんは、今のあいつの状況がある程度わかったらしい。

 彼は、たまたま今、出先から会社へ帰るところだからまず神社へ寄って姪をピックアップし、家へ連れて帰ると言ったのだそうだ。

 電話中、あいつは落ち着きのない目で俺や兄貴を見ていたが、叔父さんが神社へ来てくれると知った瞬間、身体からこわばりが抜けた。


「仕事の出先は割と近場で、車だから。すぐに叔父さん来てくれると思うよ」


 電話を切った後、兄貴がのんびりとした感じでそう言うと、早川は


「あ…、りがとうございます、お、世話に、なりました」


 と、ちょっとつっかえながら言って頭を下げた。

 いやに深く頭を下げているのは、涙ぐんでいるからかもしれない。

 ははは、いいよいいよと笑いながら兄貴は、持っていたコンビニ袋をガサガサさせた。

 帰り道で何の気なしにコンビニへ寄り、買ったグミとスナック菓子の小袋を出すと、俺と早川にわけてくれた。

 グミをもごもごやっているうち、早川も少し落ち着いてきたようだ。こわばった顔が少しゆるむ。

 グミが美味しかったのかほんのり笑んでいて、俺は、かすかに胸が痛くなった。



 しばらくして神社のそばに、社用車らしい白い車が止まった。

 運転席から急ぎ足で、かさもささずに真っ直ぐこちらへ近付いてきた人は、三十過ぎくらいのおじさんだった。


「……ヤッちゃん!」


 あいつは子供っぽい口調でその人を呼んだ。

 『ヤッちゃん』と呼ばれたそのおじさんは、まずは兄貴へ、次に俺へ、軽く会釈した。


「早川です。連絡ありがとうございました、田中さん。ウチの姪がお世話をかけまして。教えていただかなければ、場合によれば姪と行き違いになる可能性もありましたので、助かりました」


「いえ。雨も降ってますしね、早川さんもちょっとでも早いうちに叔父さんと合流出来た方が安心でしょうし。たまたまですけど、お役に立てて良かったです」


 兄貴が如才なくつるつる喋るのに、俺は意外でちょっと驚く。

 社会人になって2~3年で、家では口の重たかった兄貴もこれだけ喋れるようになるんだなと、俺はなんだか見当はずれな感動をしていた。


「たあ子。帰ろう」


 叔父さんに促され、早川は、幼い子供のような仕草でこくんとうなずく。

 そして、ふと思い出したように俺の方を見ると、あいつはちょっと恥ずかしそうに笑った。


「田中くん。ありがと」


 『ありがと』

 笑顔と一緒にもらったその短い言葉は、俺の心にズドンと響いた。



 あの後、兄貴は特に何も聞いてこなかった。

 気になるだろうが何も聞いてこないのは、あいつが訳アリ家庭の子で、俺がそれを知って同情しているらしい、くらいのことは、察しているからだろう。


 ウチはそもそも兄貴が小さい頃から、両親はガタガタしていたのだそうだ。

 それでも時々は夫婦仲が小康状態になり、その時に俺が生まれたらしい。

 つまり兄貴も、色々と鬱陶しいことを飲み込んで子供時代を過ごしてきた。

 だからか、この辺のことは普通の大人より勘が働く。

 あえてのようにいつも通りメシを作って食べ、順番に風呂に入ったり宿題したりして、寝る時間になった。

 俺は、テレビを見ながらおやつを食べている兄貴におやすみと言って、自室へ入った。



 布団の中で横になり、カーテン越しの街灯の光を見ていた。

 目がさえて眠れない。


 あいつは今日、叔父さんの家に泊まったのだろう。

 今更ながら俺は、あいつの腫れた左頬の赤みを思い出す。


 あいつが母子家庭らしいこと、母親がちょっとアレで、男出入りが激しいらしいことは、なんとなく噂で聞いている。

 今日あいつは母親か、母親の連れ込んだくだらない彼氏なんかに、ぶん殴られたのかもしれない。


「……くそお」


 苛立ちと怒り、特に、あいつの為に何も出来ない自分というガキに対して腹が立ち、眠気が完全に飛んでいた。


 叶うのならば、俺はあいつの叔父さんになりたい。

 あんなホッとした表情で見上げられ、全幅の信頼を寄せられたい。

 思うと苛立ちのあまり涙がにじんでくる。

 横になっているのもなんだかイライラしてきた。

 そっと起き上がり、カーテンを開けて外を見る。



 窓の向こうには街灯がぼんやり灯っている。

 いつの間にか雨が上がっていて、意外なくらい澄んだ夜空が広がっていた。

 窓を開けると、どことなく湿った夜風が俺の顔を撫ぜる。

 月は見えなかったが、星がぱらぱらと光っていた。


(頼りない、星だよなあ)


 でも星だ。

 ないよりは空が明るくなっているはず。


(ないよりはマシ……、そこから俺は始める!)


 吹けば飛ぶようなささやかな光でも、ないよりマシだと信じて。

 俺は……、推しを支える!

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― 新着の感想 ―
[一言] これが……推し活……!!
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