③ それは転換点
別に無視してもよかった。
夕方近い時刻の雨の中、ひと気のない神社に子供がひとりでいるのは確かに不自然だ。
不自然だが、だからと言ってわざわざ関わりに行く必要はない。
俺には『お使いの途中』という、大義名分?もある。
……でも。
あの背中の丸み。髪の毛のぼさっとした雰囲気。そして、少しくすんだデニム地のパーカー……。
(早川、じゃないのか?)
孤高の俺の推し・五年三組の早川 尊子。
見間違いであるはずない。
言うまでもないが、俺はあいつの筋金入りのファンだ。伊達にこの一カ月余り、あいつばっかり見てきた訳じゃない。
それでも声をかけていいのか迷った。
他人と関わり合うのを疎んでいるあいつだ、ここで声をかけるのは『余計なお世話』というヤツかもしれないと、ビビるというか怯むというか、そんな気分も起こった。
……でも。
うすら寒い陰気な神社でうずくまる、寂しそうな『推し』を放っておくのか?
そんなのファンじゃねえ!
あいつから直接、関わるなあっちいけと言われたんならまだしも、ここで見て見ぬふりでシカトとか、よくわからんが『男がすたる』ってヤツじゃないか? 田中祥平よお!
そんな感じに俺の中で気持ちが盛り上がり、意を決して神社へ向かう。
鳥居をくぐり、まっすぐ手水舎へ歩いてゆく。
足音と気配に気付いたのだろう、ショボショボと陰気くさい音を立てている石作りの水桶?の下にしゃがんでいた子供が、鋭く身を起こしてこちらを見た。
ドキン、とひとつ、胸で鼓動が跳ねる。
あいつの目は真っ赤で、ついさっきまで泣いていたであろうこと、そして左頬が若干赤くなって腫れていることが、一目で見て取れた。
「おい。どうしたんだよ、早川……こんなところで」
我ながら、もっと気の利いたこと言えんのかとあきれながら、俺は初めて(そう、よく考えたら初めてなんだ!)、あいつに話しかけた。
あいつ……早川は硬直したように身体を竦めたまま俺を見て、黙っていた。
(あいつ的にはほとんど知らない、多分名前も顔もろくに覚えていないであろう)クラスの男子に、学校以外の場所でいきなり話しかけられ、どうしていいのかわからなかったのかもしれない。
「あ、ああ、その、なんだ」
なんだか急に俺は、恥ずかしいようないたたまれないような気分になった。
「えっと。俺、ちょっと前にお前のクラスに転校してきた、田中祥平。(さすがにそれくらい知ってる、とぼそっと言われ、ちょっと焦った)あ、いやさ、俺、今ちょっと買い物の帰り。んでさァ、たまたまここ通りかかったんだけどさァ」
無意味に語尾へ『さァさァ』付けながら俺は、手に提げた黒いトートバックをそれとなく差し出し、続ける。
「お前……かさ、持ってねえみたいだし?」
近くに来て気付いたんだが、かさとかカバンとか、普通なら出かける時に持ってそうなものが一切、あいつの周りになかったんだ。
「もしかして。ここで雨宿り、とか?」
ンな訳あるか、と自分で自分へツッコミを入れつつ(だって今日は朝から雨だ)
「……えっと。もうすぐ暗くなってくるし、なんなら家まで送ろうか? あ、その、アレならこのかさ貸してもいいし……俺の家、すぐそこだからよ」
とかなんとか、俺がもぞもぞ言ってると
「家には帰らない」
と、怒ったような声で、切って捨てるようにあいつは言った。
「家には帰らない、けど。別に、田中くんはアタシのこと気にしないで、このまま自分ちへ帰ってくれたらいいし。行くあてはちゃんとあるから、もうちょっとして雨がおさまってきたら……」
その時。
いきなり空で鋭い稲光が走り、10秒経たないうちに
グッガガガッガー! ドガーン!
なんて、すさまじい音がした。
どうやら、ちょっと離れたところに雷が落ちたっぽい。
俺も驚いて固まったが、あいつはもっと驚いたのか、言葉の途中で口をつぐみ、青ざめて硬直した。
「……あー、びっくり。多分どっか落ちたな、コレ」
俺が間の抜けた声でつぶやくと、急にあいつがへにょっと座り込んだので、雷が落ちたのとおんなじくらい、ぎょっとした。
「な、なんだ、どーした?」
「う……」
「う?」
「う、うう、う、ええええ……」
今度は雷が落ちるより、俺は驚いた。
苔だらけの石の水桶へおでこをくっつけ、急にあいつは泣き始めたんだ。




