㉗ 卒業の春Ⅳ
三月一日。
俺たちは高校を卒業した。
俺は来月から、首都近郊の町にある工場で働くことになっている。
当然引っ越さなくてはならないが、会社には個室の社員寮があるので、そちらへ入れてもらえることになっている。
川野は自宅から通える専門学校へ進学。
早川は木工細工の工房で勤めることになっていて、工房のある関西圏へ。
卒業後の進路がそれぞれ別になるので、もう今までのようにいつもいつもつるんではいられない。
進路が決まった時からそれは覚悟していたし、むしろその方がいいと思っていた。
俺たちは……いや。
俺は。
学生時代から卒業しなくちゃならない、色々な意味で。
十歳の頃からの強い思いを、そう簡単に忘れたり出来ないだろうが。
それでも。
生々しい恋慕が、セピア色の写真みたいな『いい思い出』に変化するまで。
本当の意味であいつを『推し』として、幸せな彼女の姿を笑って見ていられるようになるまで。
俺は、この町から離れる。
だってあいつの隣には、『ゾンビになっても離れない』覚悟を決めている、彼氏がいるんだ。
これからのあいつは、林が守る。
ボディーガードとしては頼りないが、精神的な支えとして頑張ってくれるだろう。
もう、俺の出る幕はない。
だから俺は、しばらくこの町へは帰ってこない。
兄貴にすら言っていないが、元々そのつもりでいるし……SNSのアカウントも、しばらくしたら変えるつもりでいる。
格好悪い片思い野郎の、これが最後の意地ってやつだ。
「ショーヘイ」
式の後、たらたらと正門へ向かって歩いていると、早川が声をかけてきた。
立ち止まって振り返る。
「あっちへ行くのはいつ頃?」
「んー、はっきりは決めてないし決まってないけど、三月の最後の週のいつか……だろうなあ。それまでは引っ越しの準備で忙しくなるな。詳しい日時は向こうの都合もあるし、まだ未定だ。早川だってそうだろ?」
「うん、そうなんだけど……」
いつになく、なんだか煮え切らない。
「寂しいじゃん」
ポツンとそんなことを言う。俺は思わず苦笑いをもらす。
「まあ、寂しいのは寂しいけどよ。いつまでも子供じゃいられないんだし、別に今生の別れって訳でもなし。新しい環境で頑張っていこうや、お互いに。あ……」
俺は正門の外で待っている、林へ向かって軽く手を上げる。
「林が迎えに来てる。行けよ」
早川は複雑な笑みを浮かべた後、軽く目を伏せた。
「ショーヘイ。今までありがとう。アタシがここまで生きてこれたのは、半分以上はヤッちゃんのお蔭だけど、残りは。小五の頃から、ショーヘイが近くにいてくれたお蔭だって、今更ながらわかった。ヒロは友達だけど、ショーヘイはアタシのお兄ちゃんみたいに思ってた。ずっと……甘えてて、ごめん」
「謝んな」
俺はもう一度苦笑いし、林のいる方向へ顎をしゃくった。
「行けよ。彼氏さんを待たせるな」
「よう」
いつかのクソ寒い日のように、川野がヘッドロックをかましてきた。
「最後のやせ我慢、お疲れさん」
「うるせ。大きなお世話だ」
甘い、何かの花の香りが、風に乗ってどこからともなく流れてきた。
一瞬、鼻の奥がツンと痛んだが……上書きをするように優しい香りが、鼻腔を満たしてくれた。
季節はもう、完全に移り変わっている。
冬は終わった。前へ進もう。
【了】




