㉔ 卒業の春
三月一日。
俺たちは高校を卒業した。
あの後。
島田に引っ張られて井関が消え、イチハシ・ワダのコンビもいつの間にか姿を消していて。
俺たち四人は、茫然と互いの顔を見合った。
「……とりあえず」
川野がため息まじりで口を切る。
「帰ろうか。ここにいてもしょーがないし。林、ここへ連れて来られた時の荷物とかは、二階か?」
ハッと我に返ったような顔になると、林はうなずき、階段を駆け上っていった。
「……ショーヘイ。怪我とかは、してないよね?」
さっき、井関に好きに殴らせていたのがさすがに気になったのだろう、早川が小声で訊いてきた。
「機会が出来たら、あのバカを一時的に引き付けて隙を作るってことだったけどさ。別に、あんなに殴らせなくても良かったんじゃない?」
俺は苦笑いをした。左頬の内側に違和感があって多少は痛むが、こんな程度は怪我の内には入らない。
「いいんだよ。これであの阿呆もちっとは気が済んだろーし。まともにやりやったらあんなヤツ、一発KOだろ? そしたらコッチが一方的に悪いことになっちまう。アイツが先に遠慮なく殴ったんだから、正当防衛が成立するし」
そう言うと早川は、ちょっと安心したように笑った。
(……それに)
本当のところはわからない。
そもそも、アイツが自覚してるかどうかも怪しい。
だが俺は、そうじゃないかと思っている。
さっき殴られて、確信したと言っても過言ではない。
井関が、異常に早川へ執着していた根っこには。
拗れに拗らせまくった、恋心があるんじゃないか、と。
自分のものにならないのなら、いっそ自分の手で破壊しつくしてしまいたい。
そんな昏い欲望があったんじゃないか、と。
何故なら。
俺にも、そんな気分がまったくないとは……言えない、から。
ハハハ、姫の騎士、失格だよな。
その日の宵。
林以外の俺たちは、早川先生に呼ばれて家へ行った。
ひと通りの事情を話し、改めて謝罪をした俺たちへ、早川先生は苦笑いをしながら、この件は今後とも気にしなくていいと言った。
「まずは、林くんが無事で良かった」
特別講師として部活で出会っただけではあるが、林も先生の、弟子というか生徒には違いない。
「それから何より。君たち二人が、たあ子……尊子を守ってくれたこと、礼を言わせてくれ。ありがとう。というか、君たちにその責を負わせてしまって非常に申し訳なかった。父親として不甲斐ない。許してくれとは言わないが、謝罪と礼は言わせてくれ」
頭を下げる早川先生へ、俺たちは慌てる。
頭を上げて下さい、と、おろおろするが、先生はなかなか頭を上げてくれなかった。
早川が、お願いだからもう謝らないでと、半泣きで頼んでようやく、先生は頭を上げた。
その後、しばらくお茶を飲んだりして、お互いに気持ちを落ち着けた。
「今日の午後、田中くんからメールが来た時……」
先生はゆっくり話し始めた。
「意味はよくわからないながら、何やらのっぴきならないことになってるのは察した。そこで俺は、この辺りの若い連中の裏事情に詳しい、島田くんに問い合わせたんだ」
「「「島田くん!?」」」
思わぬ名前を聞き、俺たちは異口同音に叫んだ。先生はやや可笑しそうに目許をゆるませる。
「君らも知っている『あの』島田くん、だよ。彼は今、ウチの若いのをまとめてる立場でもあるからね。彼からもある程度の話は聞いたし……井関くんのことは。四月からウチで引き受ける話も、内定していた。島田くんの下に付けて、仕事を覚えてもらうつもりだったんだよ。だが……」
早川先生はふっと、やるせなさそうなため息をついた。
「その前に、こんなことをしでかすとはね。久しぶりの自由だから、あの子が多少は羽目を外しても法律に触れない範囲なら黙認するつもりだったんだが、ネットを通じて悪さをされるとなかなか把握が難しいということが今回、身に沁みてよくわかった。いい機会だから井関くんは、しばらくネットの使える環境から遠ざかって、島田くんにじっくり揉んでもらうことにしたよ」
「ヤ、ヤッちゃん!」
早川が悲鳴じみた声を上げる。
「ヤッちゃんが勤めてる『津田興発』って、もしかして……」
「何やら勘違いしてるのかもしらんが」
早川先生はとぼけたような口調で答える。
「ウチは堅気の会社だよ。十年ばかり前から、過去にヤンチャしてた子たちを引き受けて仕事を教え、更生を促す活動をしてる。 島田くんは一番最初にウチへ来た子なんだよね。ある意味、俺の一番弟子でもある」
そこでふっと薄い笑みを、先生は口許に含んだ。
「彼は今回、本格的に後輩を指導する立場になったんだよ。……井関くんはきっと、いい働き手になるだろうね」
先生の静かな声。
何故か俺たちは、背筋がぞわぞわした。
島田はあの時、自分は『四天王最弱』だと自嘲気味に言っていたが。
もしかすると早川先生は、『四天王最強』の戦士なのかもしれない。
(じゃあ『魔王』は。津田興発の社長、かよ)
頭の隅で俺は、そんな馬鹿なことをチラッと思った。




