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㉓ 『さいごのたたかい』Ⅲ

「う、うるひゃい!」


 後ろで誰かがわめく。

 さっき俺の裏拳をまともに食らっていたイチハシだ。ダラダラと鼻血を垂らしている。


「そもそもお前は、姫の彼氏に相応しくねー! ヘナチョコは黙ってろ!」


 鼻血を手の甲でぬぐいつつ、涙目でヤツはそう言う。

 いや、お前が言うか?

 少なくとも、両手が自由で一対一タイマンなら、お前より林の方がよっぽど強いと俺は思うぞ。


 腰をさすりながら、ワダもわめく。


「そうだよ! 我々が姫の彼氏として認められるのは、そこにいる田中祥平がギリギリだ! お付き②の川野だって、ファンクラブとしてはかなりオマケしないと認めらんねえってのに、なんで、なんでお前なんだよ!」


「うるっせ!」


 井関もわめく。


「お前ら、何をしょーもないこと言ってんだ! 二人がかりで、おまけにスタンガンまで貸してやって、わざわざ攻撃のタイミングまで教えてやったのによ! 一撃であっさり、のされやがって! いくらトーシロだからってお前ら使えなさすぎだろーが!」


「そんなの! 俺たちが田中や川野に敵う訳ないって、最初から言ってんじゃん!」


 イチハシはわめく。


「俺たちは『僧侶』と『魔法使い』なんだろーがよ! 物理攻撃要員は他に用意するんじゃなかったのかよ!」


「……うるさい!!」


 すさまじい声での一喝。

 肩で息をしている早川だ。


「あんたら……あんたらいい加減にしなよ!」


「まったくだ」


 俺も言う。


「ぼちぼち、俺の我慢も限界だ。言質は取れたようなもんだろ?“syaraku”さんよ」


「あー、もっと直接的なのが良かったんだけど。ま、ないよりはずっといいか」


 低い声でそう言うと、“syaraku”は鬱陶しそうにかつらを脱ぎ、マスクやサングラスと一緒に投げ捨てた。


「え? ええ?」

「……かわの?」

「てめ、syaraku……」


 三人がほぼ同時にもにょもにょ言う。“syaraku”こと川野は、お調子者っぽい普段とは全く違う、剣呑な笑みを浮かべた。


「“syaraku”だよ、俺は。昔から動画専用のユーザー名とかHN、“syaraku”なんだよね。だから……別に、嘘はついてねーんだけど?」


「ふざけやがって!」


 ぶち切れた井関が、スケボーで加速をつけながら迫る。川野はだるそうな雰囲気でコートのポケットから何か出し、スケボーの進行方向へバラっと撒く。

 それに乗り上げ、体勢が崩れるが、さすがにスケボーだけは上手いらしい井関、何とか転ばず止まる。


「あー、バッテリー。見つかったから返すね」


 完全に馬鹿にした薄笑いで、いけしゃあしゃあとそう言う川野へ、井関は気色ばむ。

 俺はぬっとヤツの前へ立ち、真正面から睨みつけた。


「ゴチャゴチャとしょーもないこと画策してねーで。俺たちが気に入らねーなら気に入らねーでかまわん。かかってこいや、自分の拳でよ!」



 意味のわからない吠え声を上げ、やたら大きく腕を振りかぶり、井関は俺を殴る。

 一発、二発、三発。

 形も何もあったもんじゃない無駄に力んだパンチだ、大して堪えはしないが、それでも顔面に三発、まともに食らったらそれなりのダメージだ。

 どうやら左頬の内側が切れたっぽい。嫌な味が口中ににじむ。


 井関はもう、肩で息をしている。

 今はどうだか知らないが、中学時代からジャンキーで有名だったコイツのこと。

 悪知恵は回るだろうが、基本的に体力なんざありゃしない。


「そんだけかよ」


 薄ら笑いで挑発。頭に血が上った井関は、さらに殴りかかってきた。

 一発、二発、三発。

 だけど拳に、さっきの半分くらいの重みしかない。


「ショーヘイ! 林は保護したぞ!」


 川野の声。

 井関はハッとし、動きを止めた。


「リョーカイ!」


 返事をし、得意の正拳突きを奴の顎へ。

 本気の八掛けくらいの力を乗せて当てただけだが、井関は引っくり返ってしまった。


「……おい」


 不意に後ろから、怒りをひそめた低い声が聞こえてきた。


「お前ら何やってんだ?」


 振り向くと、そこにのそっと立っていたのは。

 体格のいい、二十代後半くらいの男。

 首筋にちらっと見えるのは、青黒いドラゴンのタトゥー。

 どこかしら凶悪さを増した風貌の……『あの』島田、だった。

 我々全員に、戦慄にも似た緊張が漲る。



 島田は無言で、大股で入ってくると、引っくり返って半分気を失っているらしい井関の身体を乱暴に起こすと、


「おい!」


 と言いつつ、軽く頬を張った。

 小さく呻きながら目を開けた井関は、島田の顔が間近にあるのに気付いた瞬間、


「ヒッ」


 と、情けない声を上げた。


「よう。お前さ、聞いたところによると、色々とツマンネーこと企んでるんだって?」


 異様に静かな声でそう問う島田を見上げ、井関は面白いくらいガクガク身体を震えさせた。


「ななな、何のことですか?」


「とぼけんなや。倉田や佐々木からも聞いてんだよ。『わからせ』がどーとかこーとか……」


「いいい、嫌だなあ、島田さん。あああ、遊びですよただの遊び。『わからせ』ごっこ、みたいな~」


 ハハハハハ、と井関は空笑いをするが、白々しいだけだ。


「そーかよ」


 島田は疲れたような口調で言うと、井関の腕をつかみ、引きずるようにして立たせた。


「どうやら、『わからせ』なきゃなんねーのはお前のようだな。俺はお前の親からも頼まれてんだ。息子を、真っ当とまで贅沢は言わんから、それなりに社会の中で生きていけるよう面倒見てやってくれってな。どうにか使えるよう、しっかり性根を叩き直してやる。覚悟しろ!」


「ヒイィ!」


 細い悲鳴を上げる井関の頭を一発張って黙らせ、俺たちの顔を見る。


「済まなかった」


 島田は真摯な態度で我々に頭を下げた。


「この馬鹿の悪行、コッチで気付くのが遅れて、お前らにとてつもない迷惑をかけてしまったな。コイツの世話は、俺が上から命じられてるんだがな。今更な言い訳だが、マサカ帰ってきた早々こんな問題を起こすとは俺らも思ってなかったんだ。コイツは今後……」


 島田はもう一度、井関の頭を張る。


「俺が、責任もって手綱を引く。それこそ……」


 島田は一瞬、凄味のある笑みを閃かせた。


「しっかり『わからせ』るから、安心してくれ」


 井関は断末魔の鶏かというような悲鳴を上げかけたが、島田に


「うるせえ!」


 と一喝され、沈黙した。


「……勇者のくせに、魔王の手下なんだ」


 茫然としていた早川がぽそっと呟くと、島田は不可解そうに眉を寄せた。


「は? 勇者? 魔王?」


「ああいえ、井関は勇者を自称してまして」


 川野が作り笑いを浮かべて言うと、島田は苦い顔になった。


「……へえ。勇者ねえ」


「やだな、だから遊びで……」


 ヘラヘラしてごまかそうとする井関の頭へ、三発目の平手。


「ケッ、三下の分際でナニ言ってやがる。それに、俺は魔王じゃないね。魔王様に仕える、四天王最弱ってヤツだよ」


 言い捨てると島田は井関を引っ張って……どこへともなく消えた。


 気付くとイチハシとワダも、いつの間にか消えていた。

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