㉒ 『さいごのたたかい』Ⅱ
扉が開くタイミングで、俺は川野の腰へタックルをかます。
「うわわ!」
多少白々しい感じで川野は、悲鳴を上げながら中へ転がり込んだ。
俺は川野……いや今のところは“syaraku”だな、ヤツの胸倉をつかんで無理矢理立たせる(芝居をする)。
俺の後ろから早川が登場。
ずいっと前へ出る。
「勇者ゴーグルを自称する、おバカと話をしにきた。あんた言うところの『魔族の姫』だよ。出てきな」
建物内にザワッとした気配があったが、
「……はあん? これはこれは。ずいぶんと気が早いんだねえ、姫様は。招待は明日だったんですけどねえ」
という、余裕ぶった声が上から響いてきた。
そしてゆっくりと二階から、井関は、よろめきながら進む誰かと一緒に下りてくる。
「先輩!」
悲痛なその声は林のものだ。
粘着テープで両腕と胴をグルグル巻きにされてはいたが、とりあえず元気ではあるようだ。早川の顔に安堵の色が差す。
「ダメだ、来ちゃダメだ! せ、先輩は俺と別れた、俺はもうただの後輩なんだから、気にせずに放っておいてくれたら良かっ……」
言葉の途中で、林は井関に頭を張られた。
「キーキーうるせえ! 『囚われの王子』は黙ってろ。どうせお前は何にもできゃしねえんだしよ」
意味深そうにニチャアと笑うと、井関は階段の中ほどで止まり、俺たちを見下ろす。
「……で。何のお話ですかな、姫」
「まず、林くんを解放しなさいよ」
怒りをひそめた低い声で、早川が言う。
「それに、アタシやアタシの友達みんなに、余計なちょっかいかけるのやめて。大体あんた、五年以上も前に中一のチビ女にひっくり返されたこと、いつまで根に持ってこだわってんのさ? ダサすぎんだけど?」
「へっ」
井関は鼻で笑う。
「はっきり言おう。昔のことはもうどーでもいい。でもな。今現在、ナマイキなオンナを『わからせ』るのは、男にとって正義なんだよ。逆ハー状態でいい気になってるバカ女は、時期を見てキチンと躾けなきゃ、社会の害悪になるだけからねえ」
「アホくさ」
早川は鼻で笑って吐き捨てる。
「あんた、頭ン中沸いてんじゃない? そんなのただの犯罪行為じゃん」
「俺は『わからせ』るって言っただけだよ? お姫さん」
再び井関は、ニチャアと笑う。キモい。
「わかっていただけるまで手を変え品を変え、懇切丁寧に教えて差し上げるだけ。それの、ドコが犯罪?」
「少なくとも」
俺は口を開く。
「林の拉致監禁は、立派な犯罪だろーがよ!」
「ああ」
井関は嫌味ったらしく嗤う。
「なるほどね。ショーヘイ君のおっしゃる通り、確かに『監禁』の部分はちょっちヤバいかもね。でも俺ら『拉致』なんかしてねーんだよなァ。こいつは……」
頼りなげに立っている林の膝裏へ、井関は結構な重みのある蹴りを入れる。
林は声もあげられず、段を二、三落ちた後、へたり込む。
「自分の意思で、ここまで来たんだし。ウチのパーティメンバーが、姫さんのことで話があるって言ったら、ノコノコついて来たんだよね。んでまあ実際、俺らの知ってる範囲で姫さんの話はしたし、コイツもコイツなりに有意義な情報を色々手に入れたんだから、いわゆるwin-winっての? だから厳密には『拉致』には当たんねーんじゃね? ま、お話が弾み過ぎちゃって、昨日コイツがママのお家へ帰れなくなったのは、さすがに悪かったけど?」
まったく悪いと思っていない口調で井関はうそぶき、ゆっくりと階段を下りてくる。
「学園のアイドル様の、隠された秘密……、とかさ。特に、姫さんの小学生時代の忘れたい黒歴史、俺もつい最近知ったんだけどね。……『ユウさん』。覚えてるでしょ?」
早川は息を呑む。みるみるうちに顔色が悪くなった。
「姫は昔、『ユウさん』に色々と教わったそうじゃない?」
(……コイツ!)
俺は奥歯をギリギリ噛みしめた。早川の最大のトラウマを、知ってやがる!
「ナニを教わったのかなァ? 俺たちにも教えてよ。そしたらお返しに、俺たちがもっとイイコト教えてあげるしー。コッチのお勉強が進んだら、今よりずっといい女になるんじゃね? 魔族の姫は改心し、勇者のおかげで天使になるって訳。クエスト完了!」
その叫びと同時に、後ろで何かが動く気配。
俺は素早く“syaraku”の胸倉から手を放し、裏拳を放つ。ふぎゃ、とでもいう声。
続いてまわし蹴りを放つと、何かを手に持った男が悲鳴を上げて見事にすっ転んだ。
「おやあ、これってスタンガン?」
“syaraku”こと川野の、緊張感のない声。黒っぽいナニかを拾い上げる。
「うわー、俺、本物見たのは初めてだ―! ネットのカタログで見たのとおんなじ形してるねえ」
「syaraku! それを、イチハシかワダへ渡せ!」
焦った井関の声が響くが、syarakuはコテン、と、可愛らしく首を傾げる。
「イチハシ? ワダ?」
「ああ、もういい!」
井関は階段の脇に立てかけたスケボーへ手の伸ばすと、それをこいでsyarakuのそばへ来た。
「俺によこせ!」
「いいけど。これ、バッテリー入ってないよ」
「ンな訳ねーだろ! いいからよこせ!」
井関はsyarakuの手から強引にスタンガンをもぎ取ったが、一瞬後、スタンガンが異常に軽いことに気付いたのか、ヤツはスケボーを止める。
「な、なんでだよ、さっきまでちゃんと……」
うろたえる井関へ、syarakuは飄々と言う。
「そんなの俺知らね。あのさ、どーでもいいけど俺、明日の動画撮影の下見に来たんだけど? ナンだか取り込んでるね、やたらと物騒だし。喧嘩込みの、バイオレンス要素アリの素人エロ動画だっちゅうから楽しみで来たのによ、汗臭いヤローどものバイオレンス動画だけだったら、俺、降りるワ。約束の前金だけ、キリキリ払ってよね、勇者さん」
「バッカ野郎! 仕事もしてねーのに金なんざ払えるか! ガッツリのエロは本番だけに決まってんだろーが! テメーは大人しく、動画の撮影と編集をやってりゃあいいんだよ! そしたら最後に一回くらい、ナニを使わせてやる程度のボーナスはやる!」
ヒューウウ、とsyarakuは口笛を吹く。
マスク越しのくぐもった口笛には、奇妙な不気味さがある。
それなりにきついダメージを食らったであろうふたり――イチハシとワダ――が、よろよろと起き上がってきた。
「ナニって、何? 俺、期待しちゃっていい訳?」
井関は凶悪に笑む。
「期待しろ。セコハンだろうけどよ、ガキの頃以来、とんとご無沙汰の身体だ。新車に近い、新古車ってヤツさ。開発のし甲斐があるってもんよ」
「……ほーん。そうなんだ」
「「……いい加減にしろ!」」
俺の叫びと誰かの叫びがシンクロした。
階段の半ばで身をよじらせ、立ち上がった林の声だ。
「クズどもが! 先輩を……先輩を、何だと思ってるんだ!」




