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⑳ 君が誰を好きだとしても、俺は君だけのナイトでありたいⅢ

「大馬鹿野郎!」


 気付くと俺は叫んでいた。

 早川は一瞬、ポカンとした顔をして俺を見た。


「お前は大馬鹿だ! 林の為に別れる? 林をアタシから解放する? 好きな女にそんなこと言われたら、フツー切れるぞ! 少なくとも俺が林だったら、ブチ切れまくる! そんなこと言われて、はいありがとうございとさっさと離れるような、意気地なしのクズなのかよ、お前の彼氏は!」


「ショーヘイ!」


 川野の制する声が聞こえるが、俺は無視する。


「相手の気持ち一切わかんねえのに、テメーで勝手に決めつけて、話、進めんじゃねえ! お前が半分やけくそになって、井関の好き勝手にさせたお蔭で助かって、林が喜ぶとホントに思ってんのかよ! そんな……そこまで見くびられたら、逆に林が可哀相だ!」


 ボタボタと涙が、壊れた蛇口のように両目からあふれてくる。

 ああ、畜生。鬱陶しい!

 袖口で涙をぬぐう。


「だ、だって……」


 早川が涙声で何か言おうとしたが、


「だってもへったくれもあるか!」


 と、俺は叩きつぶした。

 そして一度大きく息を吐いて整え、出来るだけ感情を抑え、言葉を搾る。


「早川。お前はきれいだ、きれいなんだ。初めて会った瞬間から今の今まで、ずーっときれいだ。見た目の話してんじゃねーぞ。お前という存在自体がきれいだって、少なくとも俺は、ずーっとそう思ってる」


 え? と早川はつぶやく。

 俺が急に脈絡のない話を始めたので、混乱したのだろう。


「もしお前が薄汚れてんなら。この世の人間は大抵みんな、真っ黒けだよ。そもそも小学生のお前が、大人の男に敵う訳ねえだろ? 汚いのはそのクズ男と、自分の娘も守れねーバカ母だろーが。断じてお前じゃねえ!」


「……ショーヘイ」


「だから……」


 声がひっくり返る。涙がまた噴き出してくる。


「だから、たとえお前自身でも。お前を、粗末にするのはやめてくれ。どんなことがあったって、お前はきっときれいなままだろうけど。でも、それでも。頼むから、頼むから自分で自分を粗末に扱うようなことはやめてくれ。わざと自分を貶めるようなこと、絶対にしないでくれ。頼む……頼むよ、お願いだ」


「……俺からもお願いだ」


 川野の声が静かに響く。


「自分を、大事に扱ってくれ。早川尊子を大切に思う者みんなの、総意だと思って。俺たちもそうだし早川先生もそう。林だって、絶対そう思ってる」


 早川はしばらく、茫然と俺たちの顔を見ていた。

 そして、泣き笑いのような感じにちょっとだけ顔を歪めた後、


「うん……」


 と小さくうなずいた。



 予想だにしない、ドラマチックな展開になった朝だ。

 その後、俺たちはお互い、なんとなくシマラナイ笑いを浮かべた。


 俺としては、言った内容に嘘はまったくないが、冷静さを取り戻すと照れくさくてたまらない。

 聞いていて同意した川野も、思わぬことを言われた早川も、ちょっと冷静になった今、身の置き所に困るような気分だろう。

 それでも、ややあって我々は表情を引き締めた。


「……とにかく。勇者気取りのあのウザい厨二病患者、何とかするのが先だよな」


 俺が言うと、川野も早川もうなずく。


「別に明日まで待つ必要なんかねえよな、林のことも気になるし。川野、お前のバイト先の後輩たちって、スペックはどうよ?」


「まあ普通、だな。喧嘩の経験はなくもないし、腕っぷしも強い方だろう。でも、アイツらがエントリーすることで井関の味方を減らすのが第一の目的で頼んだみたいなもんだから、戦力として期待してる訳じゃねえんだ。アイツらは北中出身だから、井関も特に怪しまなかったみたいだし。『僧侶』と『魔法使い』がどんな連中かわからんのが気になるけど、所詮は井関のツレだろうから、倉田や佐々木とレベル的には変わんねーんじゃないかって予測はつく」


「多分、だけど」


 ややためらった後、早川が口を開く。


「ファンクラブの中の過激な子……イチハシくんとワダくんが、この件に噛んでる気がする。『僧侶』や『魔法使い』かどうかまではわかんないけど」


「なんでそう思う?」


 俺が問うと、早川があきらめたような苦い笑いを浮かべて言った。


「今朝早く、ウチのポストに『招待状』を入れて逃げていったのが、あのふたりっぽいから。少なくともウチの制服だったし、後姿の雰囲気からそうじゃないかなって」


「……井関の野郎、ファンクラブの連中とまでツナギを取ってるのかよ。みんながみんな奴の駒じゃねえだろうけど。そこそこ数がいたとしたら、メンドいな」


「それは……さすがにないと思う」


 考えながら川野が言う。


「アイツのアジトはそれほど大きい訳じゃないし、あんまり兵隊の数が多いとうまく統率が取れなくなるからな。それに、『わからせ』に参加できる人間なんて、せいぜい数人だろう。秘密を守る意味からも、あまり人数が多いのも問題だ。今回の『パーティメンバー』くらいが限度だろうよ」


 ふふ、と早川は嗤う。


「たった4~5人で世界を救う、選ばれし勇者の御一行様、ってこと?」


「あきれ果てた厨二だな。いっそ小学校からやり直した方がいいんじゃね?」


「いやあ、そりゃ小学生に失礼かもよ? 最近の小学生の方が、もっとしっかりしてるし現実を見てるって」


「あー……かもな」


 俺がため息まじりに川野に同意すると、誰からともなく乾いた笑いが出てくる。

 まったく、こんなバカなことはもうこれっきりで勘弁してほしい。

 あの男の望み通り、これを『さいごのたたかい』にしてやる!



 その後いくつか詰め、俺たちはそれぞれ、いったん家へ帰ることにした。

 早川を送っていった後、俺と川野は言葉も少なく途中まで一緒に帰る。

 これからのことを考えると、やはり多少は緊張する。


 学校の方へもそれぞれ、専用メールで欠席届を出しておいた。

 チマチマ鬱陶しいが、届を出さないと後々面倒だからな。


 時計を見ると午前11時前だった。

 意外と時間が経っているものだ。

 昼飯代わりに買い置きのカップ麺をすすり、俺は時間まで仮眠をとることにする。

 さすがに……疲れた。

 昨夜だってろくに寝てないからな。



 うたた寝の中で、俺は、夏休みの合宿の夢を見た。

 雰囲気的に、高一の時の合宿だなと思う。

 ひと通りのメニューをこなした後、休憩がてらみんなでしゃべっている。


 普段はほとんど関わってこないが、さすがに合宿は『顧問』として仕事をしなくてはならないのだろう。

 俺の担任でもある社会科教師が一緒にいて、色々しゃべった記憶がある。

 何かの拍子に、日本の武士道の話から逸れ、西洋の騎士道の話になり……こんな話を聞いたっけ。


 騎士(ナイト)たる者は、優れた戦闘能力や勇気、正直さや高潔さ、礼儀正しさなどを持たなくてはならないとされていた。(ここは日本の武士道に近いだろう)

 だが時代が経つにつれ、そこへ貴婦人(レディ)に対する献身的な愛情、というロマンス要素が加わり、クローズアップされてきたらしい。

 騎士(ナイト)貴婦人(レディ)を崇拝し、保護し、心の中だけで愛する。

 肉欲を伴わない、心だけの至上の愛。

 それが騎士と貴婦人の(ロマンス)だと……。


(うへえ。ヤれもしない女に『至上の愛』を捧げるのか? 騎士ってのはドMなんだな!)


 あの頃の俺はまだガキで、のん気にそんな感想を持ったっけ……。



 スマホで仕掛けたタイマーが鳴った。

 半分眠って半分起きた状態だからか、夢がまだ、自分の感覚として濃く残っている。


(たとえ……(はやかわ)が誰を好きだとしても。俺は君だけの、ナイトでありたい)


 不毛でドMな愛だろうが。

 俺にとって、これは至上の愛だ。 

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[一言] それでこそ男だぜ( ˘ω˘ )
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