⑰ 厄介、再びⅡ
「……なんか用かよ」
吐き捨てる口調で言ってやると、井関は嫌な感じにヘラッと笑った。
「別にィ。基本お前に用はないな。久々に会ったから挨拶してやっただけだよ~、ショーヘイくぅん」
「お前にショーヘイ呼びしていいって許可、出してねーんだけど?」
冷たく言い、ジロッとヤツの顔を見る。
「へっ、許可? 呼ぶのに許可とかお前ナニサマ? どんな呼び方しようが俺の勝手だろーがよ」
まあいいや、と投げやりっぽく井関は言うと、スケボーを足元に置く。
「またな」
ゴウン、とスケボーをこぐと、あっという間に井関は俺の前を行き過ぎた。
(『またな』……だと? どういう意味だ?)
嫌な予感しかない。
気になったので家に帰った後、川野へ『帰り道で井関に会った。なんか企んでるっぽい?』と、LINEを送った。
意外にも素早く既読がつき、電話があった。
「ショーヘイ、今しゃべって大丈夫か?」
「おう。何だよ」
なんだが嫌な緊張が、川野の声から漂ってくる。
「井関は最近、シャバへ戻ってきたらしいんだけど……」
「へ? あいつマジでどっかにぶっこまれてたのかよ?」
話半分で聞いていた『ヤバい山を踏んで捕まった』とかという噂、本当だったのかと俺はあきれ半分で驚く。
「ああ、らしい。それでまた……ひと暴れってのか。因縁の俺たち、有体に言うとたあ子ちゃんを的に、やらかすつもりだ」
「はああ?」
おいおい、中学生の頃の因縁、まだ引きずってやがるのかよ! あいつ今幾つだ?
二十歳過ぎてまだ厨二なのかよ、恥ずかしいヤツ!
「そうなんだけどよお。シャバから隔絶された環境で何年もいたせいか、おつむの中身が中学生のまんまなんじゃね?」
川野はそこで、ひとつ息をついた。
「困ったのは、おつむの中身は中学生だけど行動力は二十歳ってのか悪知恵は回るってのか。……写メ送るワ」
スマホヘ画像が送られてきた。
スクリーンショットされたSNS上のメッセージ……伝言とか宣伝とか、そういうヤツっぽい映像だ。
ゴーグル小僧@kitatyu
【タイトル】 パーティメンバー大募集!
お久しぶり! ゴーグル小僧です。
あー、ホントに久々! 長い間不自由な場所にいたんだ~( ノД`)シクシク…
せっかくだし、近々一緒に楽しみませんか?
戦士・武闘家・賢者に僧侶に魔法使い!
パーティ組んで遊びましょう!
勝者には上玉、それも「初物」を食べる権利が与えられる、カモ!?
(ノ・ω・)ノオオオォォォ- イエエェェ!
連絡は以下の……
やたら軽い、一見するとゲームのメンバーを募集しているかのような文面。
しかし……。
「おい、ゴーグル小僧@kitatyu……って」
一気に血の気が引く。
「……ああ。中学時代からの、井関のHNだ。この名前で市内の中学のバカどもを唆していたよな。コレ、単純にゲームメンバーを募集してるとは思えねえ。あの頃だってこれに近いような文面で、バカどもを操っていたし」
これはかなり後になって知ったんだが。
井関は、自分の通う中学の後輩以外の奴を唆す場合、こうしてまずはSNSを通じてツナギを取り、ゲーム感覚で喧嘩要員を集めていたんだそうだ。
『成功報酬は○○ゴールド』と表現した現金をチラつかせ、けしかけていたらしい。
仮にツッコまれてもこれはゲームの話だとシラを切れるよう、掲示板には具体的な内容を一切書かないこのやり方、ガキにしてはよく考えられている。
まあ、実際に満額の『ゴールド』を手に入れられた奴はいなかったようだが。
だって雇われた『パーティメンバー』の皆さん、全員、俺たちが返り討ちにしてきたからな。
「今回の報酬は『ゴールド』じゃなくて。『初物』それも上玉。つまり……」
「……マジかよ」
本気で眩暈がしてきた。
上玉、つまり早川自身が『報酬』ってことかよ!
「あんの…クソバカ! ぶっ殺してやる!」
グラグラする視界の中、俺は怒鳴った。
「落ち着け!」
電話の向こうから、負けじと川野が怒鳴る。
「アチラさんがその気なら、こっちもそれなりに遣り様があるってもんだよ。いいか、ショーヘイ。頭を冷やして……聞いてくれ」
俺は電話を、一度逆の手で持ち直した。
手汗がひどい。
部屋着のスウェットパンツで手汗をぬぐい、大きく息をつく。
「……ああ。わかった。聞かせてくれ」
翌朝。
電話とメールで川野と長く話を詰め、その後もあれこれ考えているせいか目が冴えてしまい、ろくに眠れないままいつもの起床時間になった。
寝不足にしてはテンションが高い。
顔を洗って朝飯を詰め込み、学校へ向かう。
学校の最寄り駅で川野と会う。
川野も目が赤い。
「仕込みは順調だ。『戦士』と『武闘家』はゲットした。『賢者』枠も取れそうだな」
「俺は計画通り、正面突破の陽動でいいのか?」
「おう。派手に暴れてくれよな」
川野はニヤッと、妙に嬉しそうに笑った……が。急に表情が陰る。
「おい、あれ……」
川野があごをしゃくる先へ、俺は目をやる。
青ざめて引きつった顔の早川が、学校と逆方向へ向かい、早足で歩いていくのが見えた。