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⑯ 厄介、再び

 この二人が付き合い始めた頃、つまり今から一年ほど前。

 神経質なくらい『節度のある交際』だったので、同じ部活の俺と川野にはバレていたが、あいつの『(自称)ファンクラブ』の目すらかいくぐり、半年くらいはこっそり付き合っていられた。

 早川はまた、林と付き合っていることを俺たちにも言わなかったので、俺たちもあえて突っ込まず知らん顔していた。

 川野はどういうつもりで知らん顔していたのかわからないが、俺の場合は『見たくないから見ないふりをしていた』というヘタレな理由だ。


 あいつが『付き合っている』と言わない限り、誰とも『付き合っている』ことにはならない。


 そんなガキっぽい言い訳を自分にしていた。

 ああそうさ、馬鹿な思い込み・馬鹿な逃避だ。

 わかってる、笑いたければ笑え!


 ってな感じに、誰に対して(多分、自分に対してだな……)なのかわからないがキレつつ、鬱々と過ごしていた。

 鬱々しつつも、それなりに平和な日々だったんだよ、今思えば。


 まあ、さすがに三年生になって以降は俺も、早川周辺のプライベート方面にだけモヤモヤしていられない事情がある。

 就職活動が本格化してくる時期だからな。


 卒業後、自活していく必要が同窓生の誰よりも切実な俺(これ以上兄貴に迷惑はかけられない。兄貴も兄貴でそろそろ、結婚を視野に入れた将来設計をしなきゃならないんだから。俺は高校卒業後、まずは会社の寮なりなんなりに入り、兄貴の家から出るつもりでいる)は、周りが引くくらい真面目に就活に励み、なんとか条件のいい会社の内定を取った。



 進路が定まり、ようやくホッとした頃。

 高校で最後の文化祭が始まった。

 今回、俺と早川は裏方へ回り、組手の演武は林と川野が披露することになった。

 ヘナチョコなりに真面目な林は、このところようやく型が様になるようになってきた。

 カッコいいとか迫力があるとは言えないが、初々しくも一生懸命、ひとつひとつの所作が誠実だ。

 余裕のある川野へ向かっていく林の演武は常に真っ直ぐで、見ていて気持ちがいい。


(……『心』。武術を嗜む者としての、『心』)


 もしかすると、すでに林の方が俺より上の境地にいるのかもしれない。

 会場の隅で運営を担当しつつ、二人の演武をじっくり見ながら俺は、ふとそんなことを思った。


 言い訳ばかりの卑怯な俺と、愚直なまでに真っ直ぐで誠実な林。

 少なくとも今のところは、本気で戦えば俺が勝つに決まっている。

 ……でも。

 俗に言う『試合に勝って勝負で負ける』という状況。

 今までよく意味のわからなかった、そんな状況になるのではないかという、ひやりとした感覚が胸をかすめた。

 自分の中で何かがひとつ、納得というか諦めるというか……、悔しいけれどそんな感触があった。



 しかし。

 その文化祭が一種のきっかけになって、早川と林が付き合っていることがじわじわと周囲にバレ始めた。

 別に特別な何かがあった訳ではない。

 強いて言えば演武の後、早川が川野よりも先に林へタオルを渡したこと、林へねぎらいの言葉をかける顔が、とろけるような笑顔だったこと……、くらい。

 ほんの一瞬の気配り、刹那の笑顔、そしてほんの少しの、甘やかなムード。

 だがファンクラブの野郎どもが、それを見落とすはずはなかった。

 半分遊びみたいだったファンクラブという組織が、以降、一気に剣呑になった。


 連中は密かに早川を付け回すようになり……ついに林とデートしている早川を見つけ、写真まで撮りやがった。

 林は、『二年生の分際で先輩である学園のアイドルへ手を出した痴れ者』と決めつけられ、ファンクラブの過激派?から目の敵にされるようになったのが、二学期終了間際の十二月。

 事ここに至り、早川は林と付き合っていることを公然と認めた。

 例の純毛で純白のマフラーを林へ贈り、常に林のそばにいるようになった。


 ある程度は林のことを認めていた俺だったが、こうして毎日のように目の前でイチャイチャされると正直、辛い。



 だけど今まで、『友達』という安全圏というか枷を壊さなかったのは、俺だ。

 あいつへの思いが、推しだのなんだのいうきれいごとでなく、俺なりに純粋だとはいえありふれた恋心だと気付いた瞬間フリーズし、もたもた『今までの関係』を続けたのも俺だ。

 そう、俺だ、俺なんだ。

 早川にとって俺が、完全に恋愛の対象外だからと告らず逃げ回ったツケを今、まとめて払わされている。

 それはわかっている。

 わかっていても……辛いものは辛い。



 その日もクソ寒かった。

 俺はひとりで、たらたらと高校(がっこう)の最寄り駅へと歩いていた。

 最近、川野はバイト先のコンビニで知り合ったというおねえさんと『よろしくやっている』のだそうだ。


 まあ、俺と違って川野は元々モテる。

 中学時代は悪名(笑)のせいでいまひとつだったが、それでも。

 バレンタインにチョコを持って告りに来る女の子が一人二人、いたのは知っている。

 高校生になってからは学年が上がるにつれ、川野はじわじわとモテ始めた。

 が、ヤツは、学校内で彼女は作らないことにしているらしい。

 行きつけの店やらバイト先やらで女の子を引っ掛け(引っ掛けられ?)、色々と楽しい思いをしているとかなんとか。

 まったく、俺の周りはリア充だらけだ。

 きっと俺は前世で、とんでもなく悪いことをしたに違いない……。


「よう、寸詰まり。ああ、背丈の寸詰まりは一応カイショーされたっぽいけど、(ツラ)見る限り精神の寸詰まりは変わってねーのな、『田中ショーヘイ』さんよお」


 いきなり後ろから、聞き覚えのある、嫌な声が響いてきた。

 瞬間的に身構え、俺はゆっくり振り向く。


 ゴーグルにヘルメット、肘と膝のプロテクター。

 かなり使い込んだ、プールデッキと呼ばれるタイプのスケボーを小脇に抱えた、痩せて顔色の悪い若い男。

 男はゴーグルを外す。


「……井関」


 どうやら厄介が、スケートボーダーの姿をして約五年ぶりに現れたようだ。  

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