⑮ 冬だ、クソ寒い。Ⅱ
今まで通りの『ショーヘイ』を演じつつ、ゆっくりと一年が過ぎる。
俺たちは三年生になった。
『寸詰まり』気味だった俺もそれが解消され、伸びるべき高さまで背が伸びた感触がある。
なんとなく、無理に頭を抑えられたせいで伸び損ねた雰囲気だったプロポーションが、この一年で急に10㎝ばかりするすると背が伸び、不思議とすっきりしてきた。
俺は……大人になってしまったのかもしれない。
二年生の秋。
文化祭でもう一度、俺と早川は演武を披露した。
あいつの息遣いをすぐそばで感じながら、俺は内心、泣きそうだった。
こんなすぐそばにいるというのに。
汗がかかるほどお互いの身体が近付く、瞬間さえあるのに。
俺と早川の心の距離は、地球と月くらい離れているのを嫌というほど感じる。
早川は今、恋をしている。
二年の夏休み。
早川のバイト先であるゲームセンターの常連だったウチの高校の後輩のひとりに、抜群にゲームが上手い奴がいた。
そいつはとてつもない数のメダルを稼いでいたが、あまり執着心がないのか、一緒に遊んでいた相客に乞われると惜しげもなくメダルをわけていたのだそう。
その行為自体は明確に違反というほどでもないが、ちょっと目に余ったので(本人は無自覚っぽかったが、どうも相客たちはメダル目当てに、お人よしのそいつへ付きまとっている雰囲気だった)、店員として早川は、後輩であるその客へこっそり注意した。
後輩の男は驚いたが、素直に頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「いえ、ウチが迷惑っていうか。お客さんが、みんなからカモにされているのがちょっと……」
早川が言うと、そいつはカラリと笑った。
「あー、カモっちゃカモでしょうけど。オレ、楽しくゲームが出来ればけっこうそれで満足しちゃうんで、メダルそんなにいらないんです。自分が使う分以外は、みんなとわけて楽しめたらいいんで。あ、でも。営業妨害になっちゃうんなら、もうやめるようにします」
あまりにもあっさり、あまりにも真っ白。
早川はその瞬間、この男の、あまりにも浮世離れた感覚に心を射抜かれた……ようだ、本人は認めていないが。
ある日の部活の後、俺と川野の前であいつは、こんなお客さんがいてねえ、その人ウチの後輩らしいんだけど、最近、店へ来なくなって……などともぞもぞ言っていた。
遠くを見るように語るあいつの瞳は、今までとは明らかに違う色をしていた。
俺も川野もそれに気付いていたが、あいつだけは今ひとつ、自分の心の変化に気付いていない様子だった。
ただ、この淡い恋……恋のようなものが、成就するとは思えなかった。
このままなし崩しに消えてゆくんだろうなと、俺も川野も無言のうちに思っていた。
……だが。
文化祭の後、入会希望の一年生として、ウチの部室のドアを叩く者が現れたんだ。
ゲームセンターで無双していた、『ウチの高校の後輩』こと林 邦彦。
頬を染め、熱いまなざしで紅一点の会長を見つめるそいつの瞳は、嫌になるくらい真っ直ぐで。
ふたりが先輩と後輩以上になるのには、二ヶ月もあれば十分だった。
クリスマスを過ぎる頃には、ふたりは『付き合っている』と言える状況になっていた。
そして再び一年が過ぎ。
林の首には、『付き合って一周年』記念を兼ねた、純毛の真白なマフラーが巻き付くようになっていた。
一年生のクリスマスに、俺たちに贈ってくれたマフラーと同じデザインではあったが、アクリル混の俺たちのマフラーとは違う。
友達と彼氏の差を、嫌というほど感じた……クソ。




