⑬ 修羅の時代。
嫌な予感は当たるもんだ。
まず、どこからなのか知らないが、ずいぶん早く今回の件が、早川先生の耳へ届いた。
例の、ウチの中学の先輩たちに絡まれた件は
『先生方が過剰防衛と言ったのもわかる。自覚ないかもしれんが、お前たちの実力はすでに中学生のレベルじゃないからな。ただまあ、ああいうタイプの子は最初になめられてしまうと鬱陶しいことになりがちだから、ガツンとこちらの実力を思い知らせるのは、ベストとは言わんがベターな対処だったかもしれん』
的に、ギリギリ先生は認めてくれた。
だが今回の井関に絡まれた件は、特に早川が怒られた。
「相手は口で嫌味を言ってきただけだろう! 先に手を出すとはどういうことだ!」
お前は破門だという先生へ、早川は青ざめる。
「ごめんなさい! でもあいつ、ショーヘイやヒロをアタシの子分だとか、失礼なこと言うんだよ! トモダチを子分扱いされて、黙ってられなくて……」
「黙ってられないんなら口で言い返せ。口より先に手を出してどうする!」
ド正論に、早川は沈黙してうなだれる。
ふっと息をつき、早川先生は哀しそうに顔を曇らせた。
「俺は……一番大事なことを、お前たちに教えられなかったみたいだな」
俺たちはぎょっとして、先生の顔を見た。
「ここが俺の限界だな。形は教えられても心は教えられなかった。これ以上、俺はお前たちの指導は出来ない」
「先生!」
俺の焦った声に、早川先生は苦笑いを返す。
「かと言ってここで放り出すのも無責任だ、お前たちが望む限り基礎の指導は続ける。だが、武術を嗜む者として自分はどうあるべきか……自分で考えながら、今後鍛錬をしなさい」
良くも悪くも俺たちは。
早川先生の『お幸せな小さい弟子』でいていい、時代が終わってしまったらしい。
また。
こんなこともある。
『逆ハーヒロイン』・早川尊子が、ジャンキーで有名な北中の三年・井関を腕一本で捻り上げた、らしい。
その後、この辺りのワルどもがリスペクトしているあの島田(島田は『あの』呼びされる、知る人ぞ知る怖いおにいさんだったらしい)が、井関の不始末を詫びて逆ハートリオに頭を下げた、らしい。
中間テストが終わって蒸し暑くなってきた頃だ。
そんな感じの、物騒でやや誇張されたうわさ話がまことしやかに、校内で流れ始めた。
俺たちは喧嘩以外(その喧嘩だっていつも相手が売ってきたんだ!)何もしてない良い子ちゃんなのにもかかわらず、すっかり筋金入りの不良ということになってしまった。
不本意だがどうすることも出来ない。
校内ならば『ヤナギやクドウ』のグループに属する不良どもが睨みつけてくる(情けないことに睨みつけてくるだけだが)し、学校から一歩外へ出ると、散発的にヨソの中学の不良が喧嘩を吹っかけてくる。
もう、そんな空気が出来上がってしまっていた。
こうなってくるといろんな意味で危ないので、早川ひとりで外を歩かせられない。
あいつはメチャ強いけど、華奢でかわいい女の子でもあるからな。
万が一、盛りのついたヤローどもが集団で襲ってきたら。
単純な怪我だけで済まない、可能性がある……嫌な話だけど。
「あー、メンド。なんでアタシ女なんだろ? 男に生まれた方が気が楽だったよ」
忌々しそうに早川はボヤく。
確かにまあ、男の方が貞操方面に対する気遣いは減るが。
正直、皆無とも言い切れない。
早川がもし、このままの顔で男だったとしても。
十分、ヤバい。
この世にはオトコもオンナもカンケーないって性欲魔人が結構いるらしい、俺も兄貴から話で聞いただけだが。
相手の性別がオトコだろうがオンナだろうが、有無を言わさず物陰へ連れ込み、イタシまくる奴ってのがマジでいるらしい。
ドコの地獄の話ですか? それ。
しかしリアルにあることなんだそうだ。ひええ!
そんな話を中学生に聞かせるなよと言いたくなるが、兄貴はマジで早川のことを心配しているからこそ、俺にそういう汚くて生々しい話をしたみたいだ。
「早川さん守ってやれよ」
兄貴の言葉へ、俺はしっかりとうなずいた。
学校内はまあいいとして。
登下校時や休みの日の買い物なんかには、俺と川野、あるいはそのどちらかが付き合うという、暗黙の了解が自然発生的に出来た。
実際、夏休みに大きなショッピングモールへ服を買いに行った時、井関の後輩らしい北中の不良に絡まれた。
まあ、撃退したが。
中二の終わり頃には俺たち三人、市内の中学の不良たちの間で知らない者のない有名人に成り上がって(成り下がって?)いた。
『逆ハートリオ』というおちょくった呼び名はいつの間にか、『姫』と、『姫を守るお付き①②』に変わっていた。
どっちも大して変わらんが、リスペクトの度合いが違うのだそうだ、知らんけど。
やがて、中学を出た後フラフラしていた井関が、ドラックの売人まがいの商売に手を出し、捕まったらしいという話が聞こえてきた。
少年院だか鑑別所だかへ放り込まれたとか、ドラックから更生する為にそういう施設へ親が入れたとか、いろんな噂が流れてきた。
が、くわしいことはわからない。
ただ、井関がいなくなったという噂と前後して、俺たちの周辺が静かになったのは確かだ。
どうやら井関は、俺たちにコケにされたあの日の復讐をしようと企んでいたらしく、裏でねちっこく後輩たちを操っていたらしいんだ。
そのためには金が必要で、今回危ない橋を渡ったとか何とか、そんな噂も聞こえてきたが、真相はわからない。
ただ、俺たちの周辺は中三の夏前には静かになってきて……なんだかんだあったとはいえ、無事に公立の工科高校へ、三人一緒に進学できた。
下から数えた方が早い底辺校だが、最底辺ではない。
一応、就職に強いという実績のある学校でもある。
修羅だった中学時代は終わり、大人しい?高校時代へと突入し……今に至る、という訳だ。