⑪ 姫、爆誕!
小学校までは私服だったけど、中学校からは制服になる。
ま、大抵の中学はそうだろうな。
俺たちの通うことになる市立中学も、ご多分に漏れず制服がある。
でまあ、制服ってのは大抵、男子はブレザーにスラックス、女子はブレザーにプリーツスカートがマジョリティだと思うけど、ウチの中学もそうだった。
最近はLGBTQって概念が浸透してきたからか、男子だろうと女子だろうとスラックスでもスカートでもどっちでも着用可、なんて学校があるそうだけど、ウチの中学はそこまで開けていない。
「スカートかぁ、はきたくないなぁ」
あいつは一度だけ、ボソッとそう言ったことがある。
そういえば小学生時代、スカートをはいているあいつを見たことがない。
短パンさえ、体操服以外では見たことがない。
卒業式もパンツスーツっぽい服だったから、徹底しているともいえる。
髪も、散髪がいきとどいてなかった小五の一学期はともかく、いつもベリーショートで、女っぽさを極力感じさせないスタイルだった。
それが似合っていたし、むしろあいつらしい魅力になっていたから(仮想美少年?として、女子の一部にファンがいたとかいないとか、そんな話も聞いたことがある)、俺も大して気にしていなかったが。
これって、意外と根の深い『闇』なんじゃないかと遅まきながら気付いた。
多分、性自認の問題じゃない。
実は記憶の底に引っかかってることがある。
小五の、あの雨の神社でのことだ。
あの時あいつは、近付いてくる俺の兄貴に対し、異様に緊張していた。
まあ、クラスメートの家族それも大人に、あの状況を知られるのは面倒くさいかもしれない。
でも……なんとなく。
それだけじゃない、気がしたんだよな。
『大人の男』に対する、怖れ……そんなニュアンスのある緊張感、みたいな気が、何故かしたんだ。
(ひょっとして……母親の彼氏に。エッチないたずらをされた、とか?)
自室でつらつら考え、そう思い至った瞬間。
身体中の血が逆流するような怒りが突き上げた。
あり得る。
クズの母親がひっかけてくるクズ男だ、オンナだったらガキでもババアでも関係なしにちょっかい出す、そんな可能性が濃厚だ!
あの時の『頬の腫れ』は、ヒステリー起こした母親が殴ったという話はチラッと聞いたが。その時、愛人の男もその場にいたらしい。
女の、少ない稼ぎをあてにしてフラフラしているヒモみたいな男だったそうだから、暇を持て余し、愛人の娘に手を出そうとしたのかもしれない。
その男的にはどこまで本気だったのかわからないが、それを知ったバカ母が嫉妬に狂い、自分の娘を殴った、と……。
(……地獄じゃん)
でもあり得る。
これまでの話から考えても、十分あり得る。
(くっそう!!)
なんで日本は『仇討ち』とか『目には目を、歯には歯を』とかが認められてないんだ!
小学生の女の子に手を出すようなゲスのクズ男、四の五の言わさずナニをぶった切ってやりゃいいし、自分の娘に手を上げるようなバカ母の手なんか、腐り落ちてしまえばいい!
ゼイゼイと肩で息をしながら俺は、虚空をにらんで思った。
(……俺は絶対。絶対にそんな目で、あいつを見ない!)
何も知らないガキだった俺は。
ものすごく真面目に真剣に、そう心に誓った。
入学式。
あいつは制服姿で不本意そうに、早川先生こと叔父の早川泰夫氏と一緒に中学校の校門をくぐってきた。
黒いタイツをしっかり身に着け、スカートをやや短めにはいている。
着慣れてなくて固そうな紺のブレザーも、やけにピンとしたブラウスの襟から覗く紺のリボンが、ちょっと恥ずかしそうに傾いているのも、なんだか初々しい。
(か…かわいい!)
いつもの男の子みたいなさっぱりした服装もいいが、紺のブレザーにプリーツスカートという女の子らしい姿に、俺はドキドキした。
推しの新しい魅力、発見だ!
「かわいい! 制服、よく似合ってるじゃん!」
こういう時、川野は臆面もなくこういうことが言えるんだよな、くそ。
あいつは嫌そうに顔をしかめた。
「そう? 褒めてくれたお礼は言うけど、アタシはあんまり嬉しくない。スカート嫌いなんだよね、動きにくいし」
叔父さんが複雑そうに苦笑いしたのが、妙に俺の印象に残った。
入学式は滞りなく済んだ。
今回俺たちは、みんな別々のクラスに振り分けられた。
まあ、六年生の時に一緒のクラスで、今回も一緒の奴は少ない。
この中学へは近くの小学校3校から生徒が集まるから、知らない奴の方がむしろ多い。
あいつがクラスでハブられないか、ちょっと心配だが……ハブられたくらいで気にするような奴でもないから、大丈夫だろう。
しばらくは放課後、待ち合わせて三人で一緒に帰ろうと決めていた。
クラブ活動をどうするかとかも、詰めなきゃならないしな。
俺が待ち合わせの場所へ行くと、先に来ていた早川の周りに、なんだか柄の良くなさそうな雰囲気の男の上級生が数人、いた。
「よう。お前だろ? 古武術やってるとか何とかで、ショーガッコウでイキリ散らかしてたってオンナ」
そんな声が聞こえてきて、俺は慌てて駆け出す。
「イキリ散らかす?」
『鼻で笑う』ってのをリアルでやりながらそう答える早川の態度に、そいつらはムカッとした様子だ。
「イキリ散らかしてるのは、おにーさんたちの方じゃないの?」
「なんだとッ」
簡単に挑発された『おにーさん』が、あいつの胸倉へ腕を伸ばした次の瞬間。
『おにーさん』はあっさり、地面に寝ていた。
何が起こったのかわからなかったのだろう、転がされた『おにーさん』を含め、柄の悪い先輩たちはポカンとしていた。
「ハヤカワー!」
俺の声へ、早川は人の悪い顔でニヤッとした。
「このおに―さんたち、アタシがイキリ散らかしてるから気に入らないんだってさ。そんなこと言われても困るんだけど、それならそれなりに『イキリ散らかし』ちゃおうかなーって、思うんだよね。一緒にやんない? ショーヘイもヒロも」
いつの間にか俺の後ろにいた川野が、右手を胸に当てて芝居がかった礼をする。
「ははッ、姫の思し召しのままに」
この、半分遊びみたいな一件が、俺たちの中学時代を方向付けてしまった。
『姫』がこの瞬間、爆誕してしまったのだ。




