⑩ 殺人計画(永遠の未遂)
そんな訳で残りの小学校時代は基本、平和で長閑だった。
六年生からは川野も同じクラスになったので、自然とつるむようにもなった。
クラス内で俺たち三人は、『武術オタクの三バカトリオ』とでもいう感じに認識されているらしく、余計なちょっかいを入れられることもなくなった。
(要するに、遠巻きにされてるということなのだろうが)
そして新学期に入った頃から、あいつは『休み時間の読書』をやめた。
「アタシさ。実は母親殺しを企んでたんだ」
ある日のある時、あいつはそんな物騒なことを『昨日つまみ食いして怒られてね』的な軽さのノリで、俺と川野の前で言った。
「あの人は好きな男の人が出来る度に、出奔?っていうの? 家から出ててっさ、帰ってこなくなるんだよね。それならそれで、生活費だけはちゃんとしてくれてたらアタシも割り切って、好きにしなよって思うんだけど。それさえ忘れて男とイチャイチャしててさ。一回、お金がなくなってご飯食べられなくなって、メチャクチャ困った時があったんだよね。間が悪いってのかヤッちゃんがちょうど長期の出張に出てて頼れなくて……あの時はマジで、死んじゃうんじゃないかって思った」
俺と川野は物も言えず、黙って話を聞いていた。
「まあ、完全に飢える前にヤッちゃんが帰ってきてくれたお蔭で、なんとかなったんだけど。ヤッちゃんの家でようやく安心して暮らし始めた頃に、恋人に捨てられたあの人が帰ってきてさ。アタシと一緒に暮らしたいって、涙、涙で泣き落とすんだよね。ヤッちゃんは突っぱねたけど、アタシの親権はあの人が持ってるし色々とややこしいらしいんだよね、その辺。アタシは一応、素直にあの人のところに戻ることにしたんだけど。その時、隙をついてあの人を殺そうって決めたんだ……完全犯罪で」
「……それで?」
なんとなくしわがれた声で、川野が促すと、あいつは苦笑いをした。
「そのために、人間の急所はどこだとか身近に生えてる毒草だとか、色々と勉強し始めて。ヤッちゃんから古武術を習い始めたのも護身の意味より、急所を突いてひと思いに殺せるかもしれないって下心の方が大きかったんだよね……もう今はそんなこと、考えてないけど。アタシ程度の腕で、急所一撃で人間の息の根を止めるとか無理だってわかったし」
淡々と早川は言う。
無理じゃなかったら今頃、ホントに殺ってたのか?……殺ってただろうなァ。
本気だったって、今、話を聞いてるだけの俺にもじわじわと伝わってくる。
ウチの親も大概だったけど、あいつの母親はもっとひどい。
自分の子供を、一体何だと思ってるんだ。
そんな扱いをされ続けたら、ぶっ殺してやりたいって思ったとしても当然だ。
「けど、もういいんだ」
あいつは吹っ切れたように笑う。
「ヤッちゃんがあの人やら役所やらに掛け合ってくれたから、アタシは正式にヤッちゃんの養子になれたし」
あの雨の日のことがきっかけになり、早川が正式に叔父さんの養子になったことは、しばらくしてから聞いていた。
だが、こんな壮絶な裏事情があったとはさすがに思っていなかった。
相変わらず淡々と、早川は続ける。
「親権がどうとかも、ヤッちゃんが親になれば解決だしね……ヤッちゃんには迷惑かけちゃうけど。高校出て18歳になったら自活するつもりだから、それまでの間だけはヤッちゃんに頼ることにしたんだ。でもそうなってくると、下手に人殺しなんかしてバレたら、ヤッちゃんにとんでもない迷惑かけちゃうじゃん。あんなバカ女殺して捕まっちゃうのも、人生の無駄だって思うようになったしね」
「……そうだな」
俺はそろっと同意した。
「しょーもない親になんか、関わらない方がいい。親は親で勝手にやってたらいいし、コッチはコッチで好きに生きればいいんだよ」
ウチの親たちの『新しい家庭』がそれぞれ、ちょっとゴタゴタしているらしいことを、俺は、兄貴がかけている電話をたまたま聞いて知った。
今になって俺を引き取りたいとかなんとか、父親か母親かが寝ぼけたことを言ってるらしい。
兄貴が殺気すら感じる声音で断っていたから、さすがにもう言ってこないだろうが。
「あー……まあ。親にもよるだろうけど。でも親なんてどこの親でも基本、勝手なもんだからなァ」
妙に実感のこもった感じに、川野が遠い目をして言ったのが印象に残った。
コイツは家のこととかほとんど語らないが、コイツもコイツで色々と、鬱陶しいことを抱えているようだ。
その話をして以来、俺たち三人のきずなは深まった気がする。
早川は俺たちを心から信用してくれたようだし、俺と川野はお互いを芯から認め合うというか、同等の、本当の意味での友達というか、そんな空気感が生まれた。
そして俺たちは小学校を卒業し、中学校へ進学した。




