① 冬だ、クソ寒い。
冬だ。
くそ寒い。
マフラーに顎を埋め、俺は、長い長いため息をつく。
ここのところ、考えても仕方ないあれこれが頭の中をぐるぐる回り続けている。
そもそも俺は頭がよろしくない。
よろしければ、偏差値で下から数えた方が早い工科高校でタラタラやってないってもんよ。
そんな俺がぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅ、よろしくない頭で色々考えても無駄なことはわかってる。
わかっていても考えるのはやめられない。
……ちくしょう。はあ。
「よお。朝っぱらからしけた面してんなァ」
がし、と後ろからヘッドロックをかましてくるのは、小中学校時代からの悪友・川野だ。
ヤツの首にも、俺のと同じデザインの色違い――俺のは青で、ヤツのは黄色――のマフラーが、巻き付いている。
別にヤツとおんなじデザインのマフラーなんざ、巻きたくもないが。
これを編んでくれた人間も、同じデザインの色違いを大事に巻いているんだからしょうがない。
一昨年のクリスマス、あいつが俺と川野のために、わざわざ編んでくれたのだ。
俺用に青、川野用に黄。そして自分用に赤の毛糸で編んだ、同じデザインのマフラー。
『柄じゃ無いってわかってるけど。ふたりにクリスマスプレゼント贈りたくて』
顔を赤くしてそう言うあいつが可愛くて、俺はドキドキした。
なんか信号機みたいだな、と、無神経なことを言った川野を、俺はあわてて軽く殴り、黙らせる。
だけどあいつは、ハハハと笑い飛ばした。
『信号機、いいじゃん。だって3人はそれこそ信号機みたいに、いつも並んで一緒にいるんだし』
そんなこと言われたら……使わないわけにはいかないだろ?
「……うるせーよ。俺の顔は元々こんなんだ」
ぼそっと俺が言うと
「いやあ、それはわかってるけど」
なんて、マジメくさった顔でヤツは言いやがる。……よし。殴ろう。
「待て待て、殴るな」
不穏な気配を察したか、ヤツは俺から離れるとヘラッと笑う。
「お前がご機嫌斜めなのはわかってるよ、俺だって正直アレにいい気はしないからよぉ。俺よりあいつと付き合いの長いお前が、もやもやするのもわかる。……でもな」
川野は妙にきりっとした、男前っぽい顔になって言う。
「あいつが決めたことなんだ、見守るしかねえ。そうだろ?」
「……わかってる」
わかってるよ、チクショーめが。
俺と川野と……あいつ。
中学時代はこの辺で、ちょっとは知られた不良仲間だった。
(さすがに高校生になってからは大人しくしてる。退学になるとまずいからな)
華奢で細っこくて顔も可愛らしいあいつだが、実はぎょっとするほど喧嘩が強い。
見た目で舐めてかかった他校の不良を、一瞬でぶっ飛ばしたことが何度もある。
いつしかあいつは、周辺の中学のワルどもから『姫』と呼ばれるようになっていて、いつもつるんでる俺と川野はそれぞれ『姫のお付き①』『姫のお付き②』と呼ばれるようになっていた。
なんだかディスられてるっぽいが、連中の言うには半分以上、リスペクトなんだそうだ。
まあ、そんなくだらないことは中学で卒業した。
俺たちは(それなりに)マジメに学校へ通い、底辺なりにちゃんと単位も取って、三年生になった。
バカやって暴れることはなくなったけど、相変わらずつるんでいた。
元々女子の少ない工科高校だ、とびぬけて可愛いあいつは入学するやいなや、あっという間に神格化されたアイドルへと祭り上げられた。
俺たちは相変わらず、『姫のお付き①』『姫のお付き②』。
他のヤローどもの羨望と嫉妬の目は鬱陶しいが、俺たちがにらみを利かせているお蔭で『姫』の貞操は守られてきたと言っても過言ではない。
だけどそれももう、必要ないみたいだな。
……はあ。
校門をくぐり、寄り添って登校してくるリア充カップル。
赤いマフラーの『姫』の隣に、純白のマフラーを巻いた下級生の男。
ふたりのマフラーは、同じデザインの色違いだ。
眩しいくらいの幸せオーラ。
俺と川野は目をそらす。
「しっかし……あんなヘナチョコのどこが良いんだろうなァ?」
川野がぼそっと言う。
それは俺もそう思うが、ひとつ言えるのは。
あいつの周りに今まで、『白マフラー』のような男はいなかったということだ。
『白マフラー』はヘナチョコで喧嘩も弱いだろうことが、一目でわかるモヤシ野郎だ。
けど馬鹿みたいに真面目でまっすぐ。制服を着崩すことすらしない。
おまけに成績に関しては馬鹿ではない(むしろすごくいい)。
工科高校の生徒としては異色で、異色すぎるせいか、イジメまではいかないが若干、ハブられてた。
というか、持て余されていた。
なんでこんな底辺の工科高校へ流れてきたのか、よくわからない奴なのだ。
少なくとももう一、二はランクが上の学校へ、楽に行けただろう。
聞くところによると奴は、卒業後すぐ親父が社長をやってる町工場を継ぐ予定で、そのために工科へ来た……らしい。
家庭の事情というやつならしょーがない。
あの男も工科へ来るのは、ひょっとすると不本意だったのかもしれない。
そこは多少同情もするし、頑張ってくれとも思う。
……しかしな。
それとこれは話が別だ!
『姫』に手を出すのは認められねえんだよ!
「……おい。お前、顔こえーよ」
川野に声をかけられ、俺はむっとした顔で奴をにらむ。
「うるせー、俺の顔は元からこんなんだ」
「おんなじことしか言えねーのかよ」
あきれ顔の川野のむこうずねへ、軽く蹴りを入れておいた。
「おーい!」
俺たちに気付いたあいつが手を振る。
「おはよう」
「おう」
「おはよ」
『木で鼻をくくったような』という慣用句の実例です、という感じで俺たちは返事をするが、あいつはにこにこしたまま寄ってくる。
その後ろにいる『白マフラー』は、さすがに緊張した面持ちで寄ってきて
「おはようございます、先輩方」
と挨拶して腰を折る。
もうちょっと、こう、チャラかったりゴーマンだったりしたら即『指導』してやれるのによ。こいつはいつも礼儀正しいんだよなァ。
「それじゃ、こいつを送ってくるから、ちょっと待ってて」
幸せそうに上気した顔で、あいつは言う。
『開校以来のアイドル』である我らが『姫』をものにしたこの男、当然ながら風当たりが強い。
同学年の連中は、こいつの蛮勇?をリスペクトして『敬して遠ざける』程度で済んでいる。
が、俺たちの学年の『姫』ファンからは、いつ襲われてもおかしくない。
そもそもウチの学校へ来るような奴、柄のよろしくないのが多いからな。
目立たないように痛めつけるくらい、朝飯前でやってのける。
あいつはそれを懸念して、ボディーガードを兼ねていつもそばにいるようになった。
お蔭で余計ヘイトを稼いでいるが、これはもうどうしようもないだろう。
どうせ俺たちはもうすぐ卒業だから、そこまでの辛抱だ。
腹立つが、『姫』が幸せならば最終的に『お付き』の俺らは黙って祝福するしかない。
腹立つけどな!
……と。
俺を含めて皆、単純に思っていたんだ。




