降りかかる絶望
この世界は、国の名前も、言語も技術も、何もかもが前と違う。
それでも、この『現代』と言えるほど進んだ世界には画期的ともいえる技術があった。
その一つが…『スキル分析および体力・魔力値の数値化』だ。
体力なんて何を測るかで結構色々と変わってくるし、それこそシャトルランとか諸々の運動を計って組み合わせて計算して、ようやっとそれらしい数値が出るようなイメージしかなかったけれど、この世界では走ることもなく魔術によって指標が出てくる。それも最高値と言われるような、その時点でのその人が出せる最大パフォーマンスを測定するのだ。…正直、たった一つの数値でその人の『体力』全てを決めるのはナンセンスな気がするけれど、まあHPはテレビでネタにされるくらいだし、精々「スポーツ選手の数値って軒並み100超えててスゴイヨネ~」って言われるぐらいのものだから。
…そう、100を越えたら一流であって1000越えとかありえない。いやドラゴン系ならワンチャンあるけどそれは彼らが『最強の魔獣』と言われる激ツヨ生命体だからであって人とはそもそも造りが違う。そして、そんなドラゴンであってもMPは精々が800前後だ。MPが1000をも超えるとか言ったらそれこそ『魔の申し子』として有名な<エルフ>族の大魔導士が持つ世界記録の話になってくる。
さて、ここであるステータスを見てみましょう。
<エルガン・ダークライト>
HP:5000/5000 MP:MAX/MAX
種族:ヒューマン
属性:虹
スキル:<大剣豪・丙><赤魔術・中><気魔術・上><緑化魔術・中><橙火魔術・上><青魔法・上><紫眼><紺魔術・上><黒魔法・中><神体化><身体強化・中>
加護:なし
特記:魂魄転生体。特典スキル<天啓>あり
MP:MAXってナニ!?
なんで概念になってるの!?そこは桁がおかしかろうとせめて数字化してこうよ!!
というかHPもスキルもおかしい……4桁HPとか見たことないし、スキルの数だって異常すぎる…というか内容もオカシイ…あのね?<剣豪>系のスキルなんて天下一的な武闘会とかにいるムサイおっさんでしか見たこと無いよ??テレビ越しでしか知らないし大体みんないい年してるよ??いや大がついてる剣豪スキルとかそもそも見たこと無いけどさ!!
何こいつドラゴンの生まれ変わり…?いやドラゴンとエルフの混血かなにか…??あれドラゴンとエルフって子供産めるっけ??いやそもそもドラゴンってエルフの天敵って本に書いてナカッタッケ…???
「ど……どちら様ですか…?(なんだコイツ、なんで自分から声掛けといてガッチガチに固まってんだ?)」
「あっ」
しまった。勢いで声掛けてたの忘れてた!!
え、えー…改めて。こちらイアン・フリーディヒ。しがないサイキッカー(笑)でございます。今世初の日本語音声をテレパスで受信して興奮し、マル被に接触してしまいました、どうぞ。……じゃないよどうしよう!!
口実、まるで考えてなかった。日本語のことだって言えるわけない。初対面で人の心が読めます、何て言ったら確実に引かれる。こんな…こんな時は……そうだ!
「あの、これ落としま…落とさなかった?」
僕はとっさに探ったズボンから自分のハンカチを取り出し見せた。そう、いわば落とし物作戦!!
あと、いくら初対面だからって8歳児が見た目同世代の子に敬語使ったらおかしいだろうから子供らしく言い直した。これなら疑われないハズ…!
「いや、俺のじゃありませんね…?」
ですよね。
「あれっ?ご、ゴメン勘違いだったみたい!」
よし!これで完璧でしょ!!
「いえいえ、俺は気にしてませんよ。…せっかく拾ったなら交番に届けてあげてください(なんだコイツ…オドオドしてる癖にうさんくさい奴だな……)」
それはこっちのセリフだよ!!!
そんな敬語ベラベラな子供がいるかッ!!というか同世代だよね?下手すりゃそっちが年上だよね!?MPが発現しているんだから11歳以上だよね、そうだよね!?…そうだよね?
(というかコイツ…やってることナンパだよな?さっき固まってたことと言い……( ゜д゜)ハッ!まさか俺のこと美少女かなんかだと勘違いしてんのか!?俺っ子趣味か!?)
ねぇよ。何をこねくり回したらそんなミラクル発想になるんだよ!!
「(うわぁ…イケメンの癖にスゲェどんくさい奴だな…まあ、勘違いはおいおい解くとして___隠れ蓑にはちょうどいいか。秘密結社を作るためにも表では優しい凡人でいねぇとな)…なんなら、交番まで一緒にいきましょうか?」
「……ん?」
そういえば、さっきまでは日本語を音で聞いた衝撃と声の主を探すのに必死だったせいで、内容入ってこなかったけど…
なんかコイツ…エルガン君、心の声ヤバくない?
秘密結社って……厨二病にも程があるでしょ…というか妄想じゃなくて実行派?ごっこ遊びタイプなの??
「どうかしましたか?」
「あっ、ううん!ええと___」
正直、普通なら絶対関わらない人種だ。僕は厨二病とかなったこと無いし…交番なんて一人で行けるし、そもそもハンカチ僕のだし。いくら転生仲間というか元日本人仲間そうでもそれを理由に仲良くだなんてなる必要ない訳だし、だいたい子供で敬語キャラとか距離感オカシイ変人臭いし身なりもやたらとボロボロしているし…うん、絶対オカシイ奴だね。
よし、逃げよう!
「別に1人で…「グラァアアアアアアアアアアアアアアアアウ!!」っ!?」
「危ねェ!!」
パリパリと、乾いた石が割れる音がした。見れば、石畳になっていた歩道には野獣の爪痕のような裂傷がある。そして、その割れ目の上には…狼のような火を纏う獣__『魔獣』が唸り声をあげていた。
魔獣。森や岩山の奥深くに住み屈強なその身にスキルを宿す……人の血に『酔う』獣の総称。
勇者の時代には草むらにも潜んでおり、道行く人が襲われていた。中には国を滅亡させた種さえいるという危険な存在。
それでも、人類の血さえ味わわなければ野生動物と変わらない。そんな思想のもとに発明された血の匂いに誘われ狂った魔獣を正気に戻したり遠ざけたりする魔術が付与された結界の数々、飛行系魔法の義務教育化、魔道具の発展による『モノレール』や地下道等のインフラ整備、何より勇者が伝説で契った女神キシンによる人類への援助により、魔獣の住処と人類の住処は未だかつてない程分け隔てられた時代となったのがこの現代だ。
まあだからって人類と魔獣とのエンカウントがない訳ではないんだけれど、現代では街を覆える大規模結界(例の正気に戻すヤツ付き)が貼られているのが当たり前で、そんな街中に現れた魔獣は…そりゃあコワイっちゃ怖いけれど、下手につつかなきゃ動物と変わらない、むしろ理性的でおとなしい___筈なのに。
「ァアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!」
___天を穿つほどの火柱が、魔獣を中心に立ち昇った。
「嘘だ…」
眼が、赤い……!街中で人に『酔う』なんてあり得ない!!!
「なんで…どうして…?怪我人だって、いないのに…」
「すでに人を喰った後なのかもな」
「!!」
火柱の圧に負けてへたり込んだ僕の前に、例の彼が、咄嗟に僕を助けた彼が悠然と一歩歩み出た。
人を喰った…そうだ、ステ!ステータスをみれば何かわかるかも!!
<H3169>狂化
HP:900/900 MP:793/888
種族:ファイヤー・フェンリル
属性:炎・火魔法
スキル:<ファイヤートルネード><煙火の鉤爪><フレイムバースト>
特記:<swaz n sÿir iri nyia ruuu_Ⅸ>
いやドラゴンかなんかかあああああああああい!!!
HPとMPおかしいよどれだけパワフレしてるのさ!!というか特記ナニ!?
何あれ何語!?あんな長文スキルあるの!?というか…えっ?魔獣の方がスキル名カッコイイのなんで??
とにかくヤバい。あんなの勝てない。立ち向かったら全員死んじゃう。
「に、逃げっ…「心配するな」」
振り返ったエルガンは、勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
「すぐに済む」
その顔は、その姿には、確かに強者の片鱗があった。
(いやっふううううううううううううううい無双してやるぜええええええええええええええ!!)
その副音声なかったらね!!!
*
結論から言うと、激強フェンリルは秒殺された。
マジであっという間だった。思わず天を仰いで、ふと気づく。あ、ここ意外と家の近所だ。
「ふっ…他愛もない(あれ、誰も見てねェな…流石に人来るかと思ったのに)」
この時間じゃもうみんな仕事だよ。住宅街でもそこそこ奥の方だし。…もうウチ帰ろっかなぁ。
「(あ、でも勘違い君がいるな…よし、強者ムーヴでもしとくか!)このフェンリル…まさかな」
ボソッと、明らかに浅はかな理由で呟いた台詞に、僕は呆れた目を向けた。
もう十分俺TUEEEEしてたじゃん…バカなの?チートならチートらしくこう、自然体でいようよ。後で自分の首絞めるよ?
というかなんでこんなバカにこんな力があるのかな…神様あげる特典間違えてない?
あ、いや特典は<天啓>とかいう意味分かんないけどなんとなくラック系な奴だ。使い方とか想像もつかないけどバフとかは微妙にかからなそうなスキル…の、ような…?
えっじゃあこのステis何?バグ???それともガチの天才ってこと?…うわぁ何それ
「…羨ましい」
最強転生、チート無双…憧れなかったと言えばウソになる。
僕だって男だ。それも前世じゃうだつの上がらないサラリーマンだったんだ…そりゃ運よく結婚は出来たが、おかげで毎日300円…微妙に足りない社食代しか貰えない日々が続いていたし…そりゃあ異世界行ってハーレム築いて俺スゲエエエとかしたくなる。飯テロ系の能力とか欲しかったよ。前世なかった料理スキルとか貰って今風なモテる男になりつつ戦闘諸々こなせるような凄腕ガンマンになりたかった!!銃無かったらアーチャーでも可!勿論複合魔法も剣技も出来るし、何よりサバイバル術とか諸々エグイ感じのハイスペックになれれば、そうすれば……
…叔母さんにだって、さり気なく楽をさせられたかもしれないのに。
(それにしても…)
とりあえずと戻ってきた帰り道。家に近づけば近づくほど、妙に煙臭くなっていた。まだ魔煙草の匂いが残っているのかな…あれ。
(これ、煙草の匂いじゃ無いよね?…ボヤ騒ぎ?)
それはマズい。自然と体が速足になる。消火器ならこの世界でも子供が使える仕様になっていたはずだし、急いで消火…ダメでも急いで通報しなきゃ…!
そうして角を曲がった先には___焼け焦げ崩れた、ウチがあった。
違う。焼け崩れたんじゃない。
だって…家周りの道まで抉れている。まるで、野獣の爪痕のような形に。
「なん、で…どうして___」
___すでに人を喰った後なのかもな
ヒュイ…ッと、喉が妙な音を立てた。いやだ。違う、そんなはず無い。
瓦礫を這い登る。煙へ駆け寄る。少しだけ残った壁の向こうは元々僕らのリビングだった。その壁を伝って、回り込む。一気に開けた、その先に…
「お…」
血塗れの服と、
「叔母さんッ!!」
抉れた腹と、
「おばさ…」
首からもげた、『頭』があった___
「…っ…ぅ、うあああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
________どうして、僕は無力なんだ
人工言語の部分はHymmnosを参考にした言語を作らせていただきました。