【書籍2巻記念SS】義兄になる人の秘密
* * * * *
イシルディン=リルファーデは今、公爵邸にいる。
今日は姉の婚約者であるアルフリード=リュディガー公爵令息──……アルフリード義兄上に招かれて、姉と共に来たのだった。
だが、前回とは対応が違った。
前は応接室に通されたのに、今回通されたのはアルフリード義兄上の部屋である。
姉は何度も来ているようで、慣れた様子だ。
イシルディンが促されてソファーへ座ると、アルフリード義兄上が向かい側に座り、当たり前のようにその隣に姉が腰掛けた。
アルフリード義兄上の手が姉の腰に回る。
思わずジッと見ていれば、二人が不思議そうな顔をする。
……気にしたら負けな気がする。
何でもないと首を振った。
使用人が紅茶や菓子を用意して、部屋を出ていく。
アルフリード義兄上が紅茶を飲み、どうぞ、と勧められてイシルディンもティーカップに手を伸ばした。
公爵家だけあって、ここで出される紅茶は美味しい。
家で飲んでいるのは安いものなので味が違うのは当然だ。
「それで、重要なお話とは何でしょうか?」
ティーカップをソーサーに戻し、テーブルへ置く。
「まず、ミスティとのこれからの話なのですが、そろそろ婚約してから半年が経ちますので、婚姻に向けて準備をと考えています」
姉もアルフリード義兄上も成人しているし、婚約しており、婚姻を考えるのは普通のことである。
むしろこうしてきちんと考えて、準備を始めることを伝えてくれるのは嬉しい。
「そうですね。式の準備を考えると半年くらい必要ですから、準備を今から始めるといいと思います」
「反対しない、よね……?」
姉が恐る恐る訊いてくるので頷いた。
「しないよ。アルフリード義兄上も、リュディガー公爵家の皆様も、とても良い方々ばかりだから姉上を安心してお任せ出来るし」
姉がホッとした様子で胸を撫で下ろす。
「叔父さんから了承はもらってる?」
「もちろん! 昨日、返事が届いたよ。ただ、三日後にこっちに来るって」
「え、三日後? それじゃあ叔父さん、手紙を出してすぐにこっちに向かってるってこと?」
「そうみたい」
王都からリルファーデ子爵領までは馬車で数日かかる。
あまり近くはないが、それでも姉の婚約者と会うために忙しい中、時間を作って会いに来るのだろう。
……叔父さん、姉上に似てるからなあ。
たまに姉は叔父の子なのでは、と思うことがあるくらい姉と叔父は性格が似ている。
叔父のほうが頭は良いのだけれど、考えたことをすぐに行動に移したり、貴族らしからぬことをしたり、反応もわりとそっくりなのだ。
姉も叔父も、イシルディンを愛してくれている。
イシルディンも、なんだかんだ二人が好きだ。
借金を抱えた時、親戚は誰も助けてくれなかったが、叔父だけは両親を失ったイシルディン達を手助けし、奔走し、イシルディンが爵位を継ぐまで代理を引き受けてくれた。
しかし、と姉と顔を見合わせた。
叔父は姉と似ているが、姉が男だったらこうなのだろう、という感じの性格である。
……公爵家の方々に失礼なこと、しないかな。
少々不安が残る。
「とりあえず、叔父様は別に宿を取るそうよ。公爵家にご挨拶に来て、その後にイシルの顔を見に行くって」
「そっか、分かった」
「あ、それとね、もう一つ! 半年後にわたし達が結婚した後、今イシルがいるタウンハウスにアルと暮らせないかなって話をしてるの!」
確かに、二人が結婚して少ししたくらいに、イシルディンは領地へ戻り、叔父の下で子爵としての仕事を学ぶ予定である。
イシルディンがここを出た後、屋敷は引き払うつもりだった。
だが、正直あの屋敷を手放すのは惜しかった。
何度か両親と来た思い出もあるし、姉と過ごした思い出もあり、イシルディンにとっては第二の我が家だ。
「……ダメかな?」
姉の問いに笑う。
「いいと思うよ。むしろ、僕としてはあの屋敷を残してくれるのは嬉しいかな。沢山、思い出もあるし」
「では、婚姻後はそちらへ住まわせていただいても?」
「はい、どうぞ。恐らく、姉上とアルフリード義兄上が式の後に住んで、二、三ヶ月ほどしたら僕は領地へ戻ります。……ヴァンスとアニーはどうする?」
そこそこ年老いた二人の使用人はどうするか。
「二人に訊いてみてくれる? もしイシルと領地へ戻るなら、それでいいと思うし、残ってくれたらそれはそれで嬉しいから」
「じゃあ帰ったら訊いておくよ」
一応、もし二人が領地へ帰るとなったら、公爵家から使用人を連れてくるそうなので、問題はないらしい。
イシルディンが頷くと静かになる。
いつもならよく喋る姉が妙に静かだ。
「実は、もう一つ重要なお話があります」
アルフリード義兄上の言葉に首を傾げた。
「えっと、まだ何かあるのでしょうか……?」
姉とアルフリード義兄上が同時に頷く。
そして、アルフリード義兄上が何か紙を取り出した。
それは魔法がかかった誓約書だった。
「これから、私の秘密をイシルディンに話します。ただ、王家や公爵家に関わることなので、先にこちらへ署名をしていただきたいのです。……もし、聞きたくないというのであればやめることも出来ます」
差し出された誓約書の内容を要約すると、アルフリード義兄上の出自や秘密に関することを他者へ話す、または教えるといった行為を禁止するものだった。
……誓約書を使うってことは、よほどのことなんだ。
「それは家族として知っておくべきことですか?」
「はい」
「姉上は知ってるの?」
「うん、知ってるよ」
いつも笑顔の姉が真面目な顔で頷いた。
息を吸い、そして、ペン立てからペンを取る。
誓約書に自分の名前を書いて差し出した。
魔法が発動し、体が淡く光った。
「イシルディン、このようなことをさせてしまい申し訳ありません」
「いえ、王家や公爵家に関することでとなれば、こうして誓約魔法をかけていただいたほうが僕自身も安心出来ます。何かあって、うっかり漏らしてしまう心配もありませんから」
ふ、とアルフリード義兄上が目元を和ませる
「さすが姉弟ですね」
どうやら姉も似たようなことを言っていたらしい。
誓約書を仕舞うとアルフリード義兄上が話し始めた。
「この国の王家には建国以来、呪いを持つ者が生まれます」
それはこの国の始まり、王家、そして確かに公爵家に関わる話であった。
* * * * *
「──……そして、今代のドラゴンの呪い持ちが私なのです」
全てを話し終えたアルフリードは、右腕の袖を捲った。
そして、意識して呪いを出現させる。
腕と顔に硬質な鱗が浮かび、恐らく、目も瞳孔が裂けているだろう。
左腕にミスティが手を添えてくれている。
「これがその呪いです」
向かい側に座るイシルディンの、ミスティと似た紫の瞳が大きく見開かれる。
それ以上先が見られず、目を伏せる。
怯えるか、気味悪がるか。
……出来たら受け入れてほしい……。
これから義理の兄弟となるのだから、嫌わないとまでいかなくとも、怖がらないでほしい。
「心配しないでください。呪いは触れても移ることはありません。この呪いは生まれつきのものですので……」
イシルディンが俯く。
……やはり、そう簡単には受け入れては……。
「……ぃ」
ぼそ、とイシルディンが何かを呟く。
そして、ぐわっと立ち上がると身を乗り出した。
「凄い、本当にドラゴンは存在したんですね!?」
テーブルへ両手をついて、身を乗り出したイシルディンにアルフリードはギョッとした。
慌てて、見せるために前へ出していた右腕を引っ込める。
もし変化した爪がイシルディンを傷付けたら大変だ。
けれども、イシルディンの目は真っ直ぐにアルフリードの顔を見つめていた。
「うわあ、鱗がかっこいいです! ドラゴンの鱗をこの目で見ることが出来るなんて凄い!! 目も縦に裂けるってことは、もしかして暗闇でも見えたりするのでしょうか!?」
怒涛の勢いはどこか既視感を覚える。
「え、ええ、まあ、人よりかは夜目は利きますが……」
「他には!? まさか、ドラゴンの翼があったり……!?」
「あ、いえ、それはありません……」
「そうなんですね……」
残念そうにイシルディンが肩を落とす。
横を見れば、ミスティが笑っていた。
それは「ね、言った通りでしょう?」という風だった。
イシルディンにドラゴンの呪いについて話したいと告げた時、ミスティはこう言った。
「大丈夫、イシルは怖がったりしないよ!」
その言葉を疑っていたわけではないが、怖がられない自信もなかったため、話している最中も口の中が渇くほど緊張した。
だが、それは本当に杞憂だったようだ。
「え、え、本当にドラゴンなんですよね? うわ、うわあ、かっこいい! アルフリード義兄上がドラゴン!?」
「そうだよ、アルはドラゴンなんだよ! カッコイイよね!? この鱗の整い具合とか、触るとちょっと硬くてツヤツヤだけど、肌っぽくて触り心地も好いんだよ!!」
「何それ羨ましい!!」
身長は違うけれど、顔立ちがそれなりに似た姉弟が同じように興奮しながら騒いでいる。
アルフリードはそれに束の間、呆気に取られた。
ミスティの時ですら予想外だったのに、その弟のイシルディンまで、怖がるどころか子供のようにキラキラと目を輝かせて見つめてくるのだ。
よく似た二対の紫の瞳がアルフリードへ振り返る。
「アル、イシルディンに触らせてあげて!」
「アルフリード義兄上、腕を触らせてください!」
「お願いします!」と二つの声が元気に重なった。
「っ……」
思わずアルフリードは俯いた。
そして、堪え切れずに吹き出した。
突然声を上げて笑い出したアルフリードに、ミスティとイシルディンがきょとんとした顔をする。
それがそっくりだったので余計に笑いが止まらない。
……ああ、本当に大丈夫だった……!
なんて可愛い姉弟なのだろう、と思う。
きっと周りの人々に大事に愛されて育ったのだと分かる。
二人が不思議そうに顔を見合わせている。
「す、すみません、つい……」
まだ湧き上がる笑いを抑えて謝罪する。
「イシルディンは私のことが……いえ、ドラゴンの呪いが怖くないのですね」
「驚きはしました。でも、怖くはありません」
イシルディンが笑う。
「僕、小さな頃は人見知りで、いつも屋敷の中だけで遊んでいたんです。姉上がよく一緒に遊んでくれたり、連れ出してくれたりしましたが、夜寝る前に姉上が色々な話をしてくれて、その中にドラゴンの話があったんです」
ミスティの話した物語の中では、ドラゴンは強く、優しく、そして魅力的な存在だったらしい。
しかも姉のミスティが蛇や蜥蜴などが好きで、イシルディンにも見せたりしていたこともあり、イシルディンも蛇や蜥蜴などの生き物が好きなのだとか。
だからドラゴンの呪いと聞いた時、昔話や物語の中だけの存在ではないと分かって、むしろ嬉しかったのだと言う。
「何より、アルフリード義兄上がドラゴンだったとしたら、きっと、姉上が話してくれた物語の中のドラゴンみたいに優しいんだろうなと思ったので」
その言葉がアルフリードは嬉しかった。
「……ありがとうございます」
呪いを受け入れてもらえて良かった。
そう、胸を撫で下ろしているとミスティが「あ!」と声を上げた。
「ずっと気になっていたんだけど、どうして二人とも、丁寧な言葉遣いのままなの?」
……言われてみれば……。
顔を戻せば、イシルディンと目が合った。
「アルフリード義兄上は公爵家の方だから……」
「ミスティの弟君に嫌われたくありませんから」
同時に口を開いてしまい、互いに目を瞬かせた。
そして、苦笑が漏れる。
「良い機会なので、言葉遣いを崩しましょうか」
アルフリードの言葉にイシルディンは頷いてくれた。
「確かに、もう既に義兄と呼んでいるのに、いつまでも他人行儀なのも変かもしれませんね」
「これからは普通に話そう」
「うん、僕のことはイシルでいいよ、アルフリード義兄上」
横でミスティが嬉しそうに笑っている。
「分かった、イシル」
可愛い婚約者に、可愛い義弟。
……父上達もきっと喜んでくれる。
父も、母も、兄夫婦も、ミスティだけでなくイシルディンのことをも可愛がっているので、アルフリードの呪いについて受け入れてくれたことを話したら、安心するだろう。
「良かったね、アル、イシル」
笑みを浮かべるミスティを抱き寄せ、額へ口付ける。
「ミスティも勇気をくれて、ありがとう」
「どういたしまして!」
愛する人がいて、呪いを拒絶しないでくれて。
愛する人の家族もアルフリードを受け入れてくれる。
毎日が明るく、楽しく、心安らかに過ぎる。
ずっと夢見た幸せが、ここにあった。
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