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アリエラ=ボードウィンの微笑み

 







「アルフリード様、アリエラ、今日はわたしの我が儘を聞いてくれてありがとう!」




 嬉しそうな親友、ミスタリア=リルファーデの笑顔に、アリエラは微笑んだ。




「いいのよ、ミスリルとお茶したいと私も思っていたもの。……しかも公爵家に招いていただけるなんて光栄ですわ」




 前半はミスタリアに、後半は彼女の婚約者のアルフリード=リュディガー公爵子息に声をかけた。


 無表情のまま公爵子息が一つ頷く。




「ミスティの親友であるあなたとは、今後も良き関係を築きたいと考えています」


「私も同じように考えております」




 初めて紹介を受けた時から感じていたが、この公爵子息はアリエラとよく似ている。


 外見や性格がというわけではなく、ミスタリアをとても大事にしており、彼女のためなら何でもしたいと思う点が同じだった。


 感覚的に彼が同類または同志であると分かった。


 だからこそ、彼にならミスタリアを任せても良いと思えたのだ。


 ただ、ミスタリアとの時間が減ることを考えると手放しで喜べはしないが。


 同志ではあるが、ある意味では強敵ライバルでもあった。


 穏やかだけれど少しばかり冷たさ、もしくは棘のあるアリエラと公爵子息のやり取りにミスタリアは気付いていないようでニコニコと笑っている。


 ……きっと、婚約者と親友が仲良く出来そうで喜んでいるのでしょうね。


 実際は水面下で時折ミスタリアの取り合いをしているなんて考えもしないだろう。


 でも、それでいい。


 親友を困らせたくはないから。








* * * * *








 アリエラ=ボードウィンが彼女と出会ったのは約11年ほど前のことだ。


 当時、引っ込み思案で気が弱く、なかなか同年代の子供達と馴染めなかったアリエラを両親が心配し、友人であったリルファーデ子爵に相談をした。


 その際にやや歳は離れているが同じく女の子であるミスタリアがリルファーデ子爵家にいたため、歳下の子供とならばどうだろうかと二人を引き合わせることになった。


 当時アリエラは十一歳で、ミスタリアは八歳。


 初めて出会ったのはリルファーデ子爵家の領地にある邸で、応接室で待っていたアリエラとその両親の前に、勢いよく扉を開けて登場したのがミスタリアだった。




「遅れてごめんなさい!」




 男の子みたいな格好で現れたミスタリアにアリエラはかなり驚いたのを覚えている。


 幼少期のミスタリアは今よりも更に活発で、元気いっぱいな女の子であった。


 アリエラは数日リルファーデ子爵家に泊まってミスタリアと遊んだけれど、殆どはミスタリアの世話を焼いていたようなものだった。


 何せミスタリアは身体強化もあるせいかドレス姿でも駆け回るし、平民の男の子みたいな格好をしたかと思えば本当に平民の子供達と遊び出すし、そうでなくても騎士達相手に剣を振り回すことも多い。


 アリエラは後を追いかけながら、いつもミスタリアが怪我をしないかハラハラさせられていた。


 だけどそれがアリエラには丁度良かった。


 危ないことをしたら叱ったり注意をしたり、楽しそうにお喋りするミスタリアとなら安心して話すことが出来た。


 時々、ミスタリアの弟のイシルディンと、三人で遊んだこともあった。


 そしてミスタリアについて行くと色々な人と接する機会が増えて、引っ込み思案だったアリエラの性格も変わっていった。


 自分の意見を言えないと、とんでもない遊びに巻き込まれることもあったので自然と言いたいことが言えるようになり、気付けば今のように堂々と自分の意見を口に出来るようになっていた。


 それからは社交界でも物怖じせずにいられた。


 同年代の貴族の子息令嬢なんて、平民の男の子達を相手にするのに比べたら可愛いものだ。


 アリエラはミスタリアのおかげで強くなれた。


 ミスタリアのことは大好きだが、その元婚約者とアリエラは不仲だった。


 イルンストン伯爵令息は昔からミスタリアに対して冷たく、雑な態度を取り、婚約者として最低な男で、それがアリエラにとっては不愉快だった。


 イルンストン伯爵子息に婚約者であるミスタリアへの態度を改めるよう何度か言ったこともあった。


 向こうは多分、それでアリエラを嫌ったのだろう。


 関わることはあまりなかった。


 アリエラと元婚約者が不仲だとミスタリアも気付いていたようで、最初の紹介以降、二人が顔を合わせたことは数えるほどしかない。


 イルンストン伯爵子息もアリエラを避けていた。


 アリエラが歳下や同年代の男性を恋愛対象として見られなくなった理由の一つが、婚約者のミスタリアに対するイルンストン伯爵子息の行動でもある。


 歳下や同年代の子供よりも、歳上の大人の方がずっと優しくて、紳士的で、信用出来る。


 自分の矜持を保つために婚約者を見下し、婚約者としての責務も果たさないような男と結婚するのは嫌だし、ミスタリアの結婚相手なのも不満だった。


 そう思っていた頃、初めて王都に出て、祭りで迷子になってしまったことがあった。


 そこで泣いているアリエラに声をかけて、警備の騎士達の詰め所まで連れて行ってくれたのが初恋の男性だ。


 歳上の優しく、紳士的なその男性のことが忘れられず、アリエラは歳上が好きになった。




「君は笑っていた方が似合うよ。笑顔はね、その人に幸せを呼び寄せてくれるんだ」




 迷子のアリエラを詰め所までエスコートしながら男性はそう言った。




「こんな祭りの日に泣いて俯いていたらもったいない。さあ、顔を上げて。大丈夫、君はちゃんとご両親に会えるからね」


「……本当?」


「本当だよ」




 男性が立ち止まってアリエラと目を合わせた。




「絶対にご両親と会えるよ。だから泣かないで。君が泣いていると俺も悲しいな」




 男性がニッと笑った。




「それに俯いていたらご両親がいても気付かないかもしれない。きっとご両親も君を探してる。会った時に泣いていたら、君のご両親が心配してしまうからね」




「だから笑って」と男性が笑みを浮かべる。


 穏やかで優しい声に、人懐っこい笑顔に安心した。


 柔らかな茶色の髪と暗い緑の目をした人だった。


 貴族でも平民でもよくいる色合いだ。


 男性はアリエラが両親と再会出来るまでそばについていてくれて、でも、アリエラが両親と再会している間に姿を消してしまった。


 どこの誰なのかも分からない。


 両親はお礼をしたかったと残念そうにしていた。


 アリエラも、きちんと挨拶とお礼を言えなくて残念に思った。


 ……きちんとお礼を言いたかった。


 今でもアリエラはその男性が忘れられずにいる。


 その話はともかく、アリエラはミスタリアの元婚約者が大嫌いだったので、新たにミスタリアが婚約すると聞いて最初は心配した。


 しかし紹介された公爵子息は、イルンストン伯爵子息とは違ってミスタリアをとても大事にしてくれる。


 それに安堵したのは記憶に新しい。


 ミスタリアの新たな婚約者アルフリード=リュディガー公爵子息は社交界で『氷の貴公子』と呼ばれている。


 常に無表情で淡々としており、人を寄せつけず、告白してくる貴族の令嬢達を冷たく切り捨てる。


 そういう人なのだという噂だった。


 ……まあ、それは噂に過ぎなかったみたいだけれど。




「あ、アルフリード様、このクッキーすごく美味しいですよ!」




 ミスタリアが皿からクッキーを取り、横に座る婚約者に差し出した。


 それを公爵子息が見て、躊躇いなく口にした。




「……確かに美味しいですね」




 ミスタリアの手からクッキーを食べた公爵子息が僅かに目を細めた。


 それだけで冷たい雰囲気が一気に和らぎ、ミスタリアが嬉しそうに笑って「でしょ?」と言う。


 そうして公爵子息が別のクッキーを手に取った。




「こちらも美味しいですよ」




 それをミスタリアの口元に差し出した。


 ミスタリアがぱくっとかじりつく。


 暗い紫の瞳がキラキラ輝くのが見えた。




「……美味しい!」


「帰りにいくつか包ませますので、夜にでも食べてください」


「いいんですか? ありがとうございます!」




 人目も気にせず二人が身を寄せ合う。


 ……随分と席が近いと思ったら……。


 きっと公爵家ではこれが当たり前の光景なのだろう。


 そうでなければ、二人の椅子をわざわざ肘が触れそうなくらい近くに並べて置く理由はない。




「ボードウィン子爵令嬢もどうぞ」




 公爵子息に勧められてクッキーを食べる。


 確かにとても美味しい。




「美味しいですわ」


「そうだよね! 公爵家で出してもらったものってどれも美味しくて、わたし太っちゃいそう」


「ミスリルはもう少しふくよかになった方が健康的よ」




 ミスタリアは痩せているから。


 公爵子息がケーキをミスタリアの皿に移す。




「そうです、ミスティはもっと食べてください」


「ええ、太ったら困ります! せっかくアルフリード様にドレスを買っていただいたのに入らなくなります!」


「その時はまた買えばいいでしょう。ドレスよりもミスティの健康の方がずっと大事ですよ」




 それにミスタリアが照れたような、困ったような、でも嬉しそうな、色々な感情の混じった顔をする。


 その表情は初めて見る。


 公爵子息と婚約してから、ミスタリアは今まで見たことのない表情を見せるようになった。


 ……そう、女の子らしくなったのよね。


 相変わらず貴族のご令嬢らしくないところも多いけれど、恋する女の子らしくなった。


 イチャイチャする二人を黙って眺める。


 今回のお茶会は公爵子息とミスタリアのお茶会に、あくまでアリエラが招待された格好なので邪魔をするつもりはない。


 それに幸せそうなミスタリアが見られるので、これはこれで悪くはない。


 アリエラは静かに微笑んだ。


 公爵子息は無表情だけれど、ミスタリアが大事で仕方がないというのが感じられる。


 そしてミスタリアも同じくらい公爵子息を大事に思っているようだ。


 公爵子息がミスタリアの頭を撫でる。


 二人が微笑み合って──公爵子息は無表情なものの目元が和んでいるので恐らくだが──会話が途切れたタイミングで口を開く。




「ミスリルが公爵家でもとても大切にしていただいていると分かって良かったわ」




 ミスタリアがこちらを向く。




「うん、わたしもビックリするくらい良くしてもらってるの。こんなに幸せでいいのかなって思う」


「いいに決まってるじゃない。むしろ今までが酷過ぎたんだから、幸せになって当然だし、私はずっとミスタリアにはあなたを大事にしてくれる人と結婚して欲しいと思ってたわ」




 婚約者に冷たく当たられ、両親を喪い、婚約破棄までされたミスタリア。


 これからは、これまでの不幸以上に幸せになるべきだと思う。




「ありがとう。わたしもね、アリエラにも幸せになって欲しいって思ってるよ!」




 アリエラは笑みを深めた。




「あら、私はもう幸せよ? だって可愛くて優しくて、私のことを好いてくれる大事な親友がいるんだもの。それだけで充分だわ」




 ミスタリアが笑う。




「そう言ってもらえて嬉しい」




 ミスタリアの良いところの一つが強要しないことだ。


 自分は婚約者が出来て幸せだから、アリエラも同じように結婚相手を探すべきだとは言わない。


 現在二十一歳のアリエラは貴族の令嬢としてはやや行き遅れ気味だが、既に姉二人は結婚しており、長女とその夫が領地の経営に携わっている。


 次女も他家に嫁いでおり、三女のアリエラは急いで結婚する理由がない。


 理由があって親戚筋から引き取った弟も宮廷魔法士団・琥珀に入団したので将来の心配はない。


 姉二人が、そして両親が恋愛結婚だったこともあってアリエラに政略結婚を強要することもなく、自由にさせてくれているのは貴族としてはかなり珍しい。


 ただ、なかなか結婚に興味を示さないアリエラのことを両親は少し心配しているようだ。


 いざとなれば、どこかの貴族の家に女家庭教師ガヴァネスとして入るくらいの教養はあるし、そうでなくともミスタリアのように王城で働いたり自領で長女夫妻を支えて生きたりする道もある。




「ボードウィン子爵令嬢は結婚したいとは思わないのですか」




 公爵子息の言葉にアリエラは頷いた。




「ええ、今のところは」


「理由をお訊きしても?」




 アリエラは微笑んだ。




「今でも充分幸せだからですわ」




 公爵子息が僅かに眉を下げた。




「そうですか。……あなたならば、望めば良縁などいくらでも結べるのではと思ったのですが」




 それはアリエラの容姿のことを言っているのだろう。


 アリエラは子爵令嬢にしてはかなり容姿が整っており、美しく、女性的な体型で、微笑む姿は貴族のご令嬢らしかった。


 事実、二十一歳という年齢になっても縁談が舞い込んで来ている。


 アリエラはそれらを全て跳ね除けていた。




「いつか、結婚したいと思える方が現れたらするかもしれませんわね」




 初恋の人をずっと探しているなんて。


 口に出すのは少し恥ずかしい。


 アリエラは笑みを深めて言葉を続けた。




「それまでは独身貴族を楽しむつもりですわ」




 いつか初恋の人と再会する日のために、出来るだけ笑顔を絶やさない。


 再会した時に笑顔で「ありがとう」と言うために。


 そして家族や親友を安心させるために。


 アリエラ=ボードウィンは今日も微笑む。






 

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― 新着の感想 ―
[一言] お相手はジョエルさんでしょうか? 思わず小説を読み返してそれっぽい人を探してしまいました笑
[気になる点] 「アリエラの初恋の人は誰なのか」考えながら読み返していたら、気になる事があったので質問させていただきます。 「アリエラが初めて王都に出た時に、初恋の人と出会った。」と書いてありましたが…
[一言] アリエラの初恋の相手、見つかって欲しいのは勿論なんですが。 その時、独身で恋人無しならいいんだけど。そんないい人がシングルって事はなさそうな気がするし、だからこそシングルかもしれない。 とり…
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