王家の呪い
公爵家の皆様と話していると部屋の扉が叩かれた。
それに室内にいた全員が立ち上がる。
扉が開かれて、国王陛下と王妃様が入ってきた。
全員で礼を執って出迎える。
陛下と王妃様のそばには護衛だろうか、中年ほどの近衛騎士らしき男性が付き従っていた。
近衛騎士が壁際に控え、陛下と王妃様がソファーに腰掛け、わたし達も顔を上げて席に着く。
「この度は時間をお取りいただき、ありがとうございます」
公爵様が浅く頭を下げ、陛下がそれを手で制する。
「良い。そのように堅苦しくするでない。これは公爵家だけでなく我々にも関わること──……いや、我々こそがやるべきことなのだ」
「ええ、そうですわ」
陛下の言葉に王妃様が横で頷いた。
何のことだろうと疑問に感じながらも黙って聞いていると、陛下がこちらを向いた。
「リルファーデ子爵令嬢、まずは申し訳ないがこの書類にサインをして欲しい。これから話す内容を他言しないという誓約書だ」
壁際に控えていた近衛騎士が動いて、わたしに書類が差し出された。
それを手に取り、わたしはサッと中身を読む。
確かに陛下のおっしゃる通り、これから聞く内容を人に教えられないように縛る誓約書だった。
わたしはテーブルの隅に置かれていたペンを取り、それにパパパっとサインをして、近衛騎士に書類を返した。
魔法が発動して一瞬、わたしの体がふわっとした感覚に包まれ、すぐに消えた。
アルフリード様がちょっと驚いた顔をしている。
「そんなにあっさりサインをしてよろしいのですか?」
そうアルフリード様に問われて頷き返す。
「大丈夫です。仕事内容を秘密にするよう誓約もしていますし、それに一つ増えるだけですから」
職場で見聞きしたことは話せないし教えられない。
今更もう一つくらい誓約しても同じようなものだ。
わたしの言葉にアルフリード様がちょっと困ったような顔をして、でもそれ以上はもう何も言わなかった。
陛下が書類を確認して、近衛騎士に返す。
「どこから話すべきか……。そう、リルファーデ子爵令嬢には我が王家の呪い、そしてアルフリード=リュディガーの出生について、順を追って説明するべきだろう」
そこから陛下は長い話を語ってくれた。
ユースタリア王国の王族には呪いが存在する。
それは、ずっとずっと昔、まだ国が興る前の話だった。
人間と魔獣が争っていた戦乱の時代。
その当時、魔獣達の頂点にはドラゴンがいた。
ドラゴンは多くの魔獣を引き連れて人間の村を襲い、人々を殺し、村を荒らしていく。
このままでは人類は絶えてしまう。
それを防ぐために立ち上がった勇者達がいた。
数名の主要な勇者達に、大勢の魔法や剣を使える人々が付き従い、何度も彼らはドラゴン達と戦った。
その戦いは何年も続き、人間も魔獣も疲弊し、それでも互いに刃を収めることはなかった。
諦めた時、自分達の種が途絶えてしまうと分かっていたから。
そして、長く続いた戦争は終わりを告げた。
人間は多くの犠牲を生みながらも、なんとか魔獣を減らし、ドラゴンを討ち倒した。
勇者達の大半も大きな傷を負った。
だが、最後にドラゴンの息の根を止める時、ドラゴンは怒りの咆哮を上げた。
自分を殺す者を呪う、と。
誰もがその呪いに躊躇う中、一人の勇者が動き、ドラゴンの息の根を止め、戦争を終わりに導いた。
しかしドラゴンの言ったように呪いは発動した。
最後にドラゴンの息の根を止めた勇者はドラゴンとなってしまった。
けれども彼の精神は幸か不幸か人間のままだった。
他の勇者達は呪いを受けた彼を殺すことはなく、むしろ、自分達が出来なかったことを成した者として讃え、そして彼や勇者達はそれぞれ分かれて国を作り上げた。
ユースタリア王国は、その呪いを受けた勇者が成した国である。
「我が王家は代々その呪いを受け継いでいるのだ」
必ず王家の直系に呪いを持つ者が現れる。
逆を言えば、一人、呪いを持つ者が生まれれば、他の王族達には現れない。
その一人が死ねば、次に生まれてくる直系が呪いを引き継ぐ。
「その呪いも永遠ではない。段々と代を重ねる度に呪いは薄まっていく」
長いユースタリア王国の王家の歴史には、大勢の呪い持ちが存在した。
しかし初代国王以降の数代はともかく、ある時代には呪い持ちが生まれる度に密かに殺し、ある時代には一生を魔封じの塔で過ごさせるなど、色々あったという。
それは、過去の呪い持ちがあまりにも人間と姿が違っていたためだった。
初代はドラゴンになった。
代を重ねる度に薄くなるとは言え、それでも、呪いのかかった姿は人ならざる者に見えた。
そのため、いつしか呪いは王家の秘密となった。
「今はもう、殆どの貴族はその事実は知らない」
長い年月の間に歴史の闇に埋もれていった。
だが呪いが消えたわけではない。
「そして、今代の呪い持ちはアルフリードなのだ」
陛下の言葉にパッとアルフリード様を見る。
アルフリード様が僅かに身を引いた。
……え、待って、それってつまり……。
「アルフリード様って王族なんですか?!」
呪いは直系の王族に現れる。
そして今代の呪い持ちはアルフリード様。
「……ええ、そうです」
「アルフリードは正真正銘、私と王妃の子だ。私達の第四子であり、呪いが現れた故に公爵家に預けることとなった」
アルフリード様だけでなく陛下も頷いた。
……アルフリード様が王族?!
でも同時に納得する部分もあった。
こうして全員が並ぶと、アルフリード様は陛下と王妃様に似ている部分がある。
瞳や髪の色、線の細さは王妃様に似ているけれど、目元は陛下とよく似ていて、確かに親子と言われても違和感はない。
それからハッとする。
「アルフリード様、死なないですよね?!」
慌ててアルフリード様の手を掴む。
「え?」
アルフリード様が目を瞬かせた。
「だって『呪い』って!! 寿命が縮むとか病気にかかるとか、そういう良くないことがあるのは呪いですよね?!」
アルフリード様がわたしより早死にするなんて絶対に嫌だし、弱っていく姿も、出来るなら見たくない。
アルフリード様がそっとわたしの手に触れた。
「そういう類のものではありません。呪いと言っても私の場合、寿命が短くなったり病になるといったものではないのです」
そう言われてホッとする。
「良かった……」
アルフリード様が健康ならそれでいい。
安堵していると陛下が話を続ける。
「何代か前から、呪いの出た者は公爵家に預けるのが習わしとなり、今回もそれに倣い、王妃の実家であるリュディガー公爵家にアルフリードを預けた」
「そうして我が家でアルフリードを育てたんだ」
そこから先は公爵様が話してくれた。
アルフリード様は七歳まで呪いを知らずに育ち、七歳の誕生日を迎えて呪いと出生について明かされると、その後は呪いを抑えるための教育を受けた。
その内容は詳しくは語られなかったが、呪いは気が昂ぶると現れてしまうそうなので、きっと、子供にとってはつらいものだったのだろうということだけは想像が出来た。
感情的なのが当たり前の子供がそれを抑える訓練する。
簡単な内容ではなかったはずだ。
今のアルフリード様を見れば分かる。
無表情なのも、淡々とした口調も、きっと、その呪いを抑える教育の結果なのだ。
ギュッと繋いだ手を握れば、大丈夫だと言うように優しく握り返される。
……でも完全に感情がないわけじゃない。
わたしが嫌がらせを受けていた時には怒ってくれて、たまに困ったような顔をして、目元を和らげて笑ったり、わたしを好きだと思ってくれたり、お義母様と仲良くしすぎて妬いてくれたり。
表に出難いだけなのだろう。
「その呪いを、今日はミスタリア嬢に見てもらうための場でもある。……アルフリード」
公爵様の言葉にアルフリード様が頷いた。
「ミスティ、全てを受け入れてくれとは言いません。ただ、嫌がらないでくれたらと思います」
アルフリード様がわたしの手を離し、手袋を外しながら立ち上がる。
青い瞳が閉じられた。
それから、アルフリード様の体に変化が訪れた。
白い肌の表面に鱗のようなものが現れて、硬質化し、両手の爪が黒く変化して鋭く尖り、ゆっくりと開かれた青い瞳の中央には黒い瞳孔が縦に裂けていた。
ジッと見下ろされてわたしは驚いた。
「……やはり、醜いで──」
「カッコイイ!!」
思わず立ち上がっていた。
「え?」
驚くアルフリード様に抱き着いた。
そうして頬に手を伸ばせば、ヘビやトカゲのようなひんやりした、けれどそれよりもやや硬い感触があった。
ぽかんと開いた口には牙もちょっと見える。
まじまじと覗き込んだ青い瞳は、間近で目が合うと、瞳孔が少し膨らんでわたしを見る。
……うわあ、青い瞳に黒い瞳孔ってなんかミステリアス! しかも鱗の感触が気持ちいい!
「アルフリード様、わたし、ヘビとかトカゲとか鱗のある生き物が好きなんです! 鱗の感触、すっごくいいですね! それにほら、この爪、猛禽類みたいで格好良いですよ!!」
アルフリード様の手を取って自分の手と重ねる。
線の細いアルフリード様は普段は儚げというか、透明感のある美青年なのだけれど、今の呪いの現れたアルフリード様はちょっとダークな雰囲気があって、これはこれでなかなかに格好良い。
「……恐ろしく、ないのですか……?」
アルフリード様の言葉に笑う。
「全然! だってアルフリード様はアルフリード様ですから! 呪いにはビックリしましたけど、アルフリード様の命に関わらないもので良かったです!!」
言いながら、第三王子殿下の顔が浮かんだ。
どうしてこの国の歴史やドラゴンについての話をしたのか不思議だったけれど、今ならその理由が分かる。
第三王子殿下も知っていたんだ。
知っていて、わたしがドラゴンのことをどう思うのか訊いたんだ。
ああ、でも、良かったと思う。
「アルフリード様は怖くないです」
呪いがアルフリード様の命を奪うものではなくて。
この呪いで良かったわけではないけれど、呪いを受けた者の命を奪ったり、不健康にするものでなくて安心した。
「それとも、アルフリード様はこの爪でわたしを傷付けるつもりですか?」
「っ、そんな気は欠片もありません!」
「ですよね」
アルフリード様はわたしを傷付けない。
それどころか守ってくれる。
分かっているから怖くない。
アルフリード様の手をしっかりと握る。
「ですが、この爪があなたを傷付けてしまうことがあるかもしれない。……僕がいくら気を付けても呪いが消えるわけじゃない」
それはアルフリード様の本心なのだろう。
俯いた顔に手を添えて、上げさせる。
「アルフリード様、忘れてませんか?」
訊けば、アルフリード様の目が瞬いた。
「わたし、馬車に轢かれても傷一つ負わないくらい頑丈なんですよ?」
アルフリード様の瞳孔が縦に縮む。
それが何だか凄く新鮮に感じた。
「アルフリード様、わたしは馬車に轢かれても平気なくらい頑丈で、身体強化すると破壊神みたいになっちゃうような女で、他に魔法は全く使えません。しかも刺繍も楽器も苦手です。見た目はチビだし、胸はないし、多分この先もあんまり成長しないと思います」
既に弟に身長だって抜かれている。
お義母様達のような妖艶な女性でもない。
スラッとした体型だけど背は低いし、子供っぽいし、お淑やかとは言い難いし、身体強化するとそれこそわたしこそが魔獣じゃないかと思う時もある。
「それでも、婚約者でいてくれますか?」
まっすぐにアルフリード様を見る。
青い瞳の瞳孔がキュッと細くなり、少しだけ緩むと、その瞳からぽたりと雫が落ちた。
「私が婚約者でも良いのですか……?」
アルフリード様の問いに苦笑した。
「それはむしろ、わたしの方が訊きたいくらいです。わたしはアルフリード様がいい。アルフリード様だから婚約したし、結婚したいんです」
だから、アルフリード様の告白を受け入れた。
だから、ミスティと呼ぶことを許した。
アルフリード様じゃなきゃ、嫌だ。
アルフリード様の薄い唇が囁くように言う。
「私も……、私も、ミスティがいいです。婚約者はあなたが良くて、私が結婚したいのも、ミスティです。……僕もあなたがいい」
それに頷き返す。
「アルフリード様、アルフリード様のその呪い、わたしにとっては個性みたいなものなんです。その呪いも、アルフリード様の一部だから受け入れたいし、平気だし、格好良いと感じるんです」
もしアルフリード様以外の人だったら、わたしは受け入れられたとしても、ここまで踏み込むことはなかっただろう。
「アルフリード様も、アルフリード様の呪いも全部、愛します!!」
だから怖がらなくても大丈夫。
笑顔で言えば、またアルフリード様の瞳から涙がこぼれていって、わたしは慌ててハンカチを押し当てた。
アルフリード様は「すみません……」と言っていたけれど、その姿に少しだけキュンとしてしまった。
涙を拭いていると、こほん、と咳払いがした。
「予想とは少々違ったが、二人の間にある愛はどうやら真実のもので間違いないようだな」
……あ、他にも人がいるんだった!
アルフリード様も思い出したのか少し顔が赤い。
陛下の言葉に王妃様が目を潤ませている。
「良かったわ……」
「良かったわね、アルフリード……」
そんな呟きが重なった。
見れば王妃様だけでなく、お義母様まで目を潤ませていて、反応がそっくりなのが面白かった。
公爵様も、アルフリード様のお兄様ご夫妻も、陛下も、とても安堵したような表情を浮かべていた。
……ああ、そっか。
アルフリード様がどうして前の婚約者と婚約を解消したのか気付く。
前の婚約者の公爵令嬢はきっと、呪いを受け入れられなかったのだ。
アルフリード様だって、呪いをわたしに伝えることを悩んだだろうし、伝えないという道もあっただろう。
それでも、こうして誠実に対応してくれた。
真実を教えてくれた。
「アルフリード様」
声をかければアルフリード様に見下ろされる。
「大好きです!!」
青い瞳の黒い瞳孔がキュッと縮まる。
それが分かりやすくて可愛かった。




