夜会
あのお茶会から三週間近く経った。
あれからわたしは嫌がらせがなくなり、誰かに変に絡まれることもなく、毎日楽しく過ごしている。
でも今日は仕事はお休みだ。
王家主催の夜会に出ることになったのだ。
アルフリード様の婚約者となって、やはり、最低限の社交はした方が良いとお義母様達に言われて、せめて王家やリュディガー公爵家の主催するものには出ることにした。
ちなみにアルフリード様も王家主催の夜会には時々参加していたそうだ。
「この夜会には絶対に参加してください。……そこで、何故私の婚約が一度解消されたのか、その理由をお話しします」
と、アルフリード様に言われた。
夜会のためにわたしは朝から公爵家にお邪魔させてもらい、また、つま先から頭の天辺までピカピカに磨き上げられて、綺麗なドレスを着た。
今日のドレスは目の覚めるような青い色だった。
夜会用のものなので、普段の昼間に着るドレスよりも肩周りが開いている。
だが首から胸元にかけてはレースがあしらわれており、肌はあまり出ておらず、一見するとわたしに似合わない大人っぽすぎるドレスだが、フリルやリボンがたっぷり使われていて、わたしが着ても見た目と合わないということもない。
……そういえばドレスは青色が一番多いんだよね。
アルフリード様の瞳の色だから好きだし、別にいいのだけれど、もしアルフリード様が自分の色だからと選んでくれていたなら嬉しいと思う。
王城へ向かう馬車の中でアルフリード様に問う。
「どうしてこの夜会でのお話なんですか?」
「私の婚約解消については公爵家だけでなく、その、王家にも関わることですので……」
とのことだった。
よく分からないが王家に関わることならば、確かに勝手に話すことは出来ないのだろう。
………………んん?
「もしかして王族の方々とも会うことになります?!」
「ええ、そうですね」
アルフリード様は普通に頷くけれど、子爵家の、それも私みたいな社交界に全く出て来なかった人間が王族に会うなんてほぼないのに。
「あ、いやでも第三王子殿下にこの間お会いしてるし、そうでもないのかも……?」
わたしが首を傾げるとアルフリード様が「また会ったのですか?」と問うてくる。
それに頷き返した。
「はい、休憩時間に少しお話しました。お優しいですよね。あと、よく笑われる方だなあって」
「確かにケーニッヒ様は微笑んでいることが多いですね」
「私、王族の方々というともっと怖いと思っていたので意外でした」
何というか、厳しいというか、威厳があるというか、とにかく第三王子殿下の気さくな感じは想像とは正反対だったので最初は王族だと気付かなかった。
後になってアルフリード様に教えられて仰天した。
でも心の広い方で良かった。
「国王陛下や王太子殿下はもしかしたらミスティの思う王族に近いかもしれませんが、第三王子殿下は王妃様に似ておりますし、国王陛下もそれほど恐ろしい方ではありませんよ。王族として厳しい判断を下す必要もありますが、普段は穏やかな方々です」
「そうなんですね」
「今回は陛下と王妃様が同席される予定です」
……でもやっぱり緊張する!
いくら穏やかな方々と言われても国王陛下と王妃様と会うなんて、これで緊張しない方がおかしいだろう。
あわあわするわたしの頭をアルフリード様が撫でた。
「大丈夫ですよ。いつも通りのミスティでいてください。……それに王族の方々もあなたのことは知っております。反対されていれば婚約は出来ませんでした」
そう言われて、なるほど、と思う。
アルフリード様の前回の婚約はよく分からないが王家にも関わりのあることで。
もしかしたら公爵家ともなると婚約するのに王家の承認が前もって必要なのかもしれない。
そうしてアルフリード様の婚約者になれているということは、公爵家だけでなく、王家にも認められているということになる。
でも王家の方々も同席して話をするって、一体どういう理由なのだろうか。
「……そんなに大きな問題があったんですか? それ、わたしが聞いてもいいものなのでしょうか?」
そう訊くと、アルフリード様が一瞬グッと唇を噛んで、少し困ったような顔をする。
「私の婚約者ならば知る必要のあること、ですね」
「じゃあ聞かなくちゃいけませんね」
何にせよ、今日の夜会で王族の方々に会うのは避けられないらしい。
それならば何があっても動じないくらいの心持ちでいよう。
きっと、王家にとっても公爵家にとっても、そしてアルフリード様にとっても重要な話なのだろう。
わたしを見るアルフリード様の表情もどこか強張っていたから。
出来るだけわたしは笑顔でアルフリード様の手を取った。
* * * * *
王城の夜会はとても煌びやかなものだった。
公爵家の夜会も綺麗だったけれど、さすが王城と言うべきなのか、会場となる舞踏の間はそれだけでリルファーデ子爵家のタウンハウスが二つ入ってもまだ余りあるくらいだった。
真っ白な壁や天井にクリーム色の床はピカピカでまるで鏡のようで、壁には彫刻だけでなく絵画が飾られ、天井にまで絵が描かれている。
この夜会にはリュディガー公爵夫妻だけでなく、アルフリード様のお兄様ご夫妻も参加されるため、入場時は六人で入ることになって凄く目立った。
入場してすぐに公爵夫妻とお兄様ご夫妻は色々な人に囲まれて、わたし達はそれとなくその場を離れた。
わたしとアルフリード様は特に挨拶回りもなく、そして挨拶に訪れる人もいなかった。
訊くと、今日はメルディエル様達も仕事で来られないそうで、アルフリード様曰く「知り合いはほぼいない」らしい。
……アリエラも来てないしなあ。
アリエラはこういう場所があまり好きではない。
おじ様が好きなアリエラだけれど、交際を申し込んでくる相手はどうしても若い人ばかりになるため、こういう場にあまり出ることはなくなった。
何でも「身分が上だと断り難い」からだそうだ。
壁際に寄ってアルフリード様とお喋りをしつつ、飲み物を少し飲んで過ごす。
……本当は食事もしたいんだけどなあ。
思いきりコルセットを絞られたので身体強化を少しかけているが、やや苦しくて食事をする気にはなれなかった。
そのおかげでわたしの腰はかなり細く見える、気がする。
腰の細さは女性の美しさの条件の一つだ。
正直なんだそれと思う。
こんな苦しい思いをして腰を細くしても、毎日こんなものをつけていたら体を悪くしそうだ。
そうこうしているうちに王家の方々が入場してきて、わたし達は礼を執り、王族の方々へのご挨拶に参加することになった。
……まだわたし達はいい方だよね。
公爵家だから早くに挨拶を済ませられる。
挨拶が落ち着いた公爵夫妻とアルフリード様のお兄様ご夫妻と合流して、順番を待ち、王家へのご挨拶に向かう。
「ユースタリア王国の気高き太陽、国王陛下と輝く月、王妃殿下にご挨拶申し上げます」
公爵様の言葉に続いて頭を下げる。
「ああ、リュディガー公爵家の皆もよく来てくれた」
よく響く、落ち着いた男性の声がした。
リュディガー公爵ほど低い声音ではないが、それでも、とても威厳がある。
静かだけれど、ずっしりと感じる声だ。
それから面を上げるように言われて公爵夫妻、アルフリード様のお兄様夫妻、そしてわたし達の順にゆっくりと顔を上げる。
一瞬だけ見た国王陛下と王妃様はどちらも整った顔立ちをしていた。
あまりまじまじと見るのは失礼に当たるため、すぐに視線を落としたが、国王陛下はやや赤みがかった金髪で、王妃様は綺麗な金髪だった。
お義母様から聞いているので驚かなかったが、王妃様はなんと、お義父様、つまり公爵様のお姉様らしい。
確かに言われてみれば顔立ちは似ている気がする。
「──……それで、そちらが噂のご令嬢か?」
何気なく問われて意識が引き戻される。
「ええ、アルフリードの婚約者のミスタリア=リルファーデ子爵令嬢です」
公爵の紹介にもう一度礼を執った。
顔を上げれば国王陛下と王妃様と目が合う。
……う、ドキドキする……!
でもそれも一瞬のことだった。
王妃様の瞳を見たらふっと緊張が抜ける。
その青い瞳がアルフリード様に似ているような気がして、そう思うと、肩に入っていた力が抜けていった。
……そうだ、アルフリード様も言ってた。
王家の方々に承認してもらえなかったら、わたしはアルフリード様と婚約出来なかったはずだ。
それはつまり、多分だけど、王家の方々はわたしのことを知っているということで。
少なくともアルフリード様の婚約者であることは否定されていないのだ。
「国王陛下と王妃殿下にご挨拶をさせていただき光栄に存じます。リルファーデ子爵家の長女、ミスタリア=リルファーデと申します」
……良かった、噛まずに言えた!
安堵しているとエスコートのためにアルフリード様の腕に添えた手に、そっとアルフリード様が触れた。
それが褒めてくれているようで思わず笑顔になる。
国王陛下が「ふむ」と頷いた。
「どうやら聞いていた以上に仲が良いようだな」
「わたくし達の若い頃を思い出しますわね」
国王陛下と王妃様の言葉にわたしはつい若い頃の陛下と王妃様を思い浮かべた。
……きっと凄くお似合いだったんだろうなあ。
歳を取っても国王陛下も王妃様も整った外見をしており、若い頃は、それこそ誰もが振り返る美男美女だっただろう。
その後はまた公爵夫妻と国王夫妻は話をして、挨拶は終わった。
「……先に抜けましょう」
ご挨拶の後にホッとしているとアルフリード様にそう囁かれた。
一気に公爵家と王家が抜けると怪しまれるため、少しずつ下がっていく予定らしい。
わたし達は特に挨拶をする相手もいないので頷き返して、アルフリード様にエスコートしてもらいながら舞踏の間をこっそりと出た。
話が通っていたのか舞踏の間を出ると騎士がいて、その騎士に案内されて廊下を歩いて行く。
しばらく歩いて、ようやく着いた部屋は応接室の一つのようで、少しだけ休めそうだった。
「ああ、すっごく緊張しました!」
ソファーに座って胸に手を当てていると、アルフリード様がそっと背中をさすってくれた。
「そう怖い方々ではなかったでしょう?」
アルフリード様の言葉に頷いた。
「怖くないですけど、やっぱり王族の方々ってそういう雰囲気というか、威厳? が凄くあってドキドキしました。ご挨拶の時なんて一瞬心臓が口から飛び出るかと思いましたし……」
そう言えばアルフリード様が和やかに目を細めた。
アルフリード様は公爵家だから王族の方々と関わる機会も結構あるだろうけれど、子爵家のわたしにはそういう機会なんてなかったので緊張しっぱなしである。
「でも、王妃殿下の目を見たら緊張が少し解けました。綺麗な青い瞳がアルフリード様と似ていらして、なんだかホッとしたんです」
「王妃殿下は父の姉ですからね。お二方からすればミスティは甥の婚約者となります。……私達が似ているのは当然ですよ」
……ああ、そっか!!
お義父様のお姉様が王妃殿下だとは聞いていたけれど、考えてみればアルフリード様は王妃殿下の甥っ子なのだ。
国王陛下ともそれなりに関わりがあるだろう。
当たり前だがリュディガー公爵も国王陛下とは義理の兄弟ということになる。
……おお、なんか、すっごく、凄い!!
そんな家のご子息の婚約者になったのだ。
「なんというか、今、じわじわとアルフリード様と公爵家の皆様との関係を実感してきました……」
アルフリード様が小首を傾げた。
子爵令嬢のわたしからしたら王族の方々なんてそれこそ雲の上のような存在で、公爵家というだけでも身分差があるのに、更に王家とも関わりが出来るとは。
「だけどわたしは王家の方々とはそう関わりはないですよね?」
いきなり『甥っ子の婚約者だから仲良くしましょう』みたいなことはないだろう。
そもそも子爵家出身のわたしが王家の方々と親しくするというのは、身分的にもあまりなさそうだ。
「……王族とは関わりたくないですか?」
アルフリード様の問いに考える。
関わりたくないとは違う、と思う。
どちらかと言うと恐れ多い?
「そういうわけではないですけど、わたしは子爵家ですし、王家の方々と関わるのは少し大変そうだなあと思っただけです。わたし、普通のご令嬢としては至らないところだらけですし」
何故かアルフリード様がホッとした表情を見せた。
「大丈夫ですよ。あなたが結婚するのは公爵家の次男坊ですから。王族ではありません」
アルフリード様がもう一度「大丈夫です」と言う。
それはわたしへ言うというより、なんだか自分自身に言い聞かせているような感じがした。
「……アルフリード様?」
どうしたのか訊こうとしたのだが、タイミング悪く部屋の扉が叩かれて慌てて立ち上がった。
扉が開かれてアルフリード様のお兄様夫妻が入ってくる。
その後、公爵夫妻もやって来て、全員がどこか緊張した様子だったので結局アルフリード様に訊くことは出来なかった。
……どうしたんだろう?
心配になってそっと手を繋いだものの、アルフリード様の手は氷のように冷たかった。




