お茶会(1)
お義母様とアルフリード様からマナーを習うこと二週間。
ついにお茶会の日が訪れた。
その日は半休をもらい、午前中は仕事をして、昼食を摂らずに仕事が終わってすぐにリュディガー公爵家に向かった。
アルフリード様が馬車を貸してくれて、でも、とてもわたしのことを心配してくれた。
「何か困った時は母に頼ってください。本当は私も行けたら良かったのですが……」
心からそう思っているようだったので笑ってしまった。
「今日はご令嬢だけのお茶会ですから、アルフリード様が急に行ったら他の人達が困ってしまいますよ」
「それはそうですが……」
「大丈夫です、どうしても困った時は申し訳ないですけど、お義母様を頼らせていただきますので」
そう言って、心配するアルフリード様を王城に置いて、わたしは一人で公爵家に行った。
その後は昼食を摂る暇もなく、慌ただしく入浴して肌や髪の手入れをしてもらい、ドレスを着て、お化粧をして、髪を整えてとお茶会への準備を行った。
午後の三時に相手の家に行かなければならないため、二時間少々で準備を終えてくれて、公爵家の皆さんには大変申し訳なかった。
けれど、おかげでわたしは婚約発表の日と同じく可愛らしいご令嬢になった。
馬車に乗って、相手の家に向かう中でやっと一息吐ける。
「お義母様、本日はよろしくお願いいたします」
今日のお義母様はいつにも増して美しい。
「ええ、任せなさい。何かあっても私がきちんと助けるわ。だからミスリルちゃんは堂々としているのよ」
「はい、分かりました」
わたしも今日はかなり華やかなドレスだ。
招待されたお茶会でこんなに華やかな衣装で良いのかと疑問になったけれど、お義母様曰く「第一印象が大事なの」ということらしい。
相手を一瞬でも怯ませられればいいそうだ。
「こういうのは先手必勝よ」
ちなみに、お義母様にはアルフリード様には秘密でと前置きしてあのお茶会の件を伝えてある。
……まあ、別にアルフリード様に言ってもいいんだけどね。
そうしたらきっとアルフリード様はとても怒ってくれるだろうが、女性同士の争いに男性が入ると余計拗れるのと、そこまで酷い嫌がらせではなかったので黙っている。
でもアルフリード様のお母様というだけあって、わたしがお茶会の話をしたら、お義母様はかなり怒ってくれた。
席もお菓子もお茶も用意せずに相手を招待するなんて、それこそ侮辱だと言っていた。
実際、そういう意味があったのだと思う。
わたしを笑いものにして、侮辱して、困らせて、嫌がらせをするつもりだったのだろう。
お義母様はわたしの対応について怒らなかった。
そのままお茶会に参加して、後から「招待されたのにお菓子もお茶も出なかった」と言うことも出来たと指摘はされたものの、相手の人数の方が多いから、結局言ったところで覆される可能性も高い。
「その時の彼女達の様子は見物だったでしょうね」
お義母様は笑ってそう言ってくれた。
でも今回はきちんと招待されているので、そこまで強気に出るつもりはない。
ちゃんと席とお菓子とお茶さえ出してくれるなら文句はない。
そうこうしているうちに相手の家へ着く。
お義母様とわたしを招待してくれたのはウェルズ侯爵家のバルバラ=ウェルズ侯爵令嬢だ。
名前を聞いても正直誰か分からない。
あの六人のご令嬢のうちの誰かではあるのだろうが、名乗られなかったので、分かるはずもない。
侯爵家のお屋敷に到着し、中へ通される。
お茶会はどうやら外で行われるようだ。
庭園に出て、やや大きな東屋に案内された。
そこには既にティータイムの準備が出来ており、殆どの招待客は揃っているようだった。
お義母様とわたしを見て、全員が席を立つ。
「リュディガー公爵夫人、リルファーデ子爵令嬢、ようこそお越しくださいました」
席を勧められて座る。
全員が着席すると、銀髪のご令嬢が微笑んだ。
「リュディガー公爵夫人にご出席いただけて本当に光栄です。……私はウェルズ侯爵家の長女バルバラ=ウェルズと申します。リルファーデ子爵令嬢には前回はご挨拶も出来ず申し訳ありませんでした」
前半はお義母様に、後半はわたしへ向けて言われる。
お義母様はニッコリ微笑んだだけだった。
「いいえ、お気になさらず。改めまして、リルファーデ子爵家の長女ミスタリア=リルファーデと申します。本日はお招きくださり、ありがとうございます」
「色々なお菓子をご用意したので、今日は是非楽しんでくださいませ」
「はい、お言葉に甘えさせていただきます」
前回とは随分と対応が違う。
……お義母様効果かな?
恐らく、この場で最も立場が上なのはお義母様だ。
爵位的にも年齢的にも。
だからお義母様の連れて来たわたしに難癖をつけることも出来ないのだろう。
……まあ、でも、所詮おおっぴらにそう出来ないってだけなんだよね。
取り分けられたお菓子をお茶と共に楽しみつつ、ご令嬢達とのお喋りに興じる。
大半はわたしへの質問だったが。
どうやら、わたしとアルフリード様の婚約が気になるらしい。
と言うか多分アルフリード様の婚約者がわたしということが不満なのだろう。
「リルファーデ子爵令嬢とリュディガー公爵子息の出会いはどこでしたの?」
「宮廷魔法士団・紫水の区画です。わたしが使用人として働き始めたのが出会いでした」
「まあ、そうなのですね」
こういう質問は別にいいのだが。
「そういえば、リルファーデ子爵令嬢を社交界でお見かけすることがありませんでしたが、何かご事情が?」
わたしの家の事情を知っていて、あえて知らないふりをして訊いてくるウェルズ侯爵令嬢は確実に性格が悪い。
箔付けで王城で働くメイド達とわたしとでは事情が違う。
わたしは家が貧乏だから働いている。
それを、大勢の前で言えというのだから、普通であれば恥ずかしくて口ごもってしまうだろう。
でも、わたしはそんなことはない。
「ええ、実はわたし、社交界デビューをしていなくて……。三年前の不作と流行病で両親を亡くしてしまい、少々経済状況が厳しかったものですから」
「あら、では家のために働いていらっしゃるのね」
「貴族のご令嬢としては……ちょっとねえ?」
クスクスと笑うご令嬢達だが気にならない。
……何故かって?
隣に座るお義母様から怒りのオーラがにじみ出ていて、そちらの方がずっと気になるからだ。
お義母様、ニコニコしてるのに怖い。
黙っていたお義母様がティーカップとソーサーをテーブルに置く。
「そうなの、この子は確かに貴族のご令嬢らしさはあまりなくて。けれどとても働き者で、素直で明るくて性格も良くて、家や家族のために努力出来るところが素晴らしいのよね」
ほほほ、とお義母様が笑う。
一瞬空気が固まった。
お義母様の言葉はともすれば嫌味にも聞こえる。
わたしのことを働き者で、性格も良くて、家のために行動出来ると言った。
しかもご令嬢達の顔を見ながら。
これを聞いて、その仕草で、自分と比べられていると感じない者はいないと思う。
「そ、そうなのですね」
「家のためにというのは確かに素晴らしいですわ」
「リュディガー公爵夫人はリルファーデ子爵令嬢のことがお気に入りなのですね」
お義母様が頷いた。
「ええ、早くアルフリードと結婚して、名実共に娘となってもらいたいほどだわ」
「そんな、お義母様、恥ずかしいです……」
「まあ、恥ずかしがることなんてなくってよ。ミスリルちゃんはもう私の娘のようなものなのですから」
お義母様とわたしとで、うふふ、おほほ、と笑い合う。
他のご令嬢達の顔は強張っていた。
まさかここまでわたし達の仲が良いとは思わなかったのだろう。
ウェルズ侯爵令嬢も微笑みが固まっている。
これ以上わたしをつつくと公爵夫人の不興を買う。
それを感じ取ったのか、ご令嬢達が何とか笑みを浮かべつつも、互いに目を見合わせていた。
「婚約者のうちから仲が良くて羨ましいですわ」
「ええ、本当に」
「これならリルファーデ子爵令嬢もご結婚が楽しみでしょう」
それにわたしは笑顔で頷いた。
「はい、結婚後もお義母様と仲良くしていきたいと思っております。先ほども申し上げましたが、母が亡くなっておりますので、お義母様のことは第二の母のように感じているのです」
これは本当だ。
婚約発表の時もそうだけれど、マナーを教えてくれた時も、今日も、お義母様はわたしにとても良くしてくれる。
マナーの時はやや厳しかったが、それもわたしを思ってのことだと知っているから全然つらくなかったし、着ていくドレスについても事前に選んでくれたりして、わたしの至らないところを助けてくれる。
……お母様が生きていたら、こんな風にお茶会にも出席出来ていたのかもしれない。
お義母様がお母様の代わりというわけではないものの、母という存在はとても心強い。
「まあ、嬉しいことを言ってくれるわね……!」
横にいたお義母様がギュッと手を握ってくれる。
それを笑顔で握り返した。
向かいに座るウェルズ侯爵令嬢が強くティーカップの取っ手を握っているのが視界に映る。
しかし目が合うと優しく微笑まれる。
……うーん、凄いなあ。
嫌いに思っている相手に、それを感じさせない笑顔で接せられるのは素直に凄いと思う。
わたしだったら多分関わらないようにしてる。
「ですが、リルファーデ子爵令嬢も大変でしたね。婚約破棄をされて。普通ならば、家同士で結んだ婚約を破棄するなんてそうありませんもの」
めげずに今度はわたしの婚約破棄について話題にし始めた。
「ええ、あれには驚きました。まさか婚約破棄を言い渡されるとは思っておりませんでしたので」
「何でも衆人環視の中でイルンストン伯爵子息に理由を言われたとか。あら、えっと、何だったかしら?」
わたしの口から言わせたいらしい。
……そういうことなら。
わたしの口から言おうではないか。
「わたしは女性としての魅力がないそうです」
他のご令嬢達が「まあ……」「なんてこと……」と口を押さえたり、扇子で口元を隠したりした。
貴族のご令嬢でなくとも、女性が、魅力がないと言われるのは嫌なことである。
だけど実際、わたしは昔から貴族のご令嬢らしさがあまりなかったので、そう言われても仕方がない。
それらしく振る舞ったところで、イルンストン伯爵子息から見たら何の意味もなかったということなのだろう。
「確かにリルファーデ子爵令嬢は細身でいらっしゃいますが、そこまで言うことなのかしら?」
ウェルズ侯爵令嬢がわたしの胸元を見た。
他のご令嬢達の視線も釣られる。
女性同士であってもかなり不躾なものだった。
「そうなのです、わたしは胸が全くなくて……」
逆にウェルズ侯爵令嬢の胸元を見る。
コルセットで押し上げているにしても、豊満な胸は女性らしいと言える。
「でもアルフリード様は気にしないとおっしゃってくださいましたし、わたしはわたしらしくあればいいと思っております」
今度は周りから胸をまじまじと見られたウェルズ侯爵令嬢の顔が赤くなった。
パッと胸元を隠すように両手で覆ったことで、他のご令嬢達も慌てて視線を外す。
……自分がされて嫌なことはしちゃダメだよ。
わたしは自分がツルペタ断崖絶壁だって理解しているし、納得しているから気にしないけど、他の人だったらかなり怒っているところだろう。
シンとお茶会に沈黙が落ちる。
こほん、とウェルズ侯爵令嬢が小さく咳払いをした。
「そうですわ、婚約のお祝いにリルファーデ子爵令嬢にだけ特別なお菓子をご用意いたしましたの」
……お、今度は何だろう?
特別なお菓子というのだから食べ物なのだろう。
わたしだけに用意したと言っているから、他の人に被害が及ばないのはいいことだ。
基本的にわたしは好き嫌いがない。
それこそ、よほど不味くて食べられないようなものでなければ、大体何でも食べられる自信がある。
ウェルズ侯爵令嬢が使用人のメイドに声をかけた。
そうしてメイドが心得た様子でお菓子を持ってきた。
お皿が見えないように、銀盆とカバーで隠されているところにまた少し悪意が感じ取れた。
あえて直前まで見えないようにしているのだろう。
それだけ見た目も問題があるのだろうか。
でもあんまり酷い見た目のものだったら、さすがに他のご令嬢達が嫌がるからそういうものはないのではと考えてみる。
銀盆がわたしの前に置かれる。
「気に入っていただけたら嬉しいわ」
そして目の前でカバーが外された。
 




