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初の掃除機

 






 数日後、わたしは馬車に揺られていた。


 半休で午後がお休みなので、同じタイミングで休みを取ってくれたアルフリード様と一緒に工房へ行くことになった。


 何でも掃除機の試作品が出来たらしい。


 ……結構早くない?


 半年以上かかると思っていたのに。




「もう試作品が出来たって凄いですね」




 横に座っているアルフリード様が頷いた。




「そうですね、早めにとは言いましたが、予想以上に早くて私も驚いています」




 言いながら、アルフリード様の手がわたしの手にそっと重ねられた。


 表情は相変わらず無表情だけれど、今日のアルフリード様はかなりご機嫌だ。


 以前アルフリード様に買っていただいたドレスの一つを、わたしが着ていることが、とても嬉しいらしい。


 待ち合わせでドレス姿のわたしを見た時、空気がパッと明るくなっていたし、それからずっと目元が和やかに細められている。


 あんなに沢山ドレスを購入したのに、アルフリード様はきちんと自分が購入したものを覚えているようで、ドレス姿のわたしを見て。




「よくお似合いです。選んだ時にも思っていましたが、こうして着ていただけると非常に嬉しいです。まるで春が人となって訪れたようですね」




 と、褒めてくれた。


 今回のドレスはオレンジ色のもので、刺繍や小さな布で出来た色とりどりの小花がスカートに散りばめられており、華やかさがありつつ、明るい色で軽やかさも感じられる。


 わたしもこのドレスは可愛くて好きだ。


 小花に紫が混じっているからか、着ても違和感がなく、なんというか年齢相応という感じがする。


 アルフリード様はドレス姿のわたしを見てから、ずっと目尻を下げていて、それが言葉よりも雄弁にアルフリード様の気持ちを物語っていた。




「でも、わたしは使えないんですよね……」




 試作品が出来て嬉しいが、魔力内向型のわたしでは使えないだろうから残念だ。


 アルフリード様が苦笑する。




「まずは基本となる型を作り、それが完成してから今度は魔石を使用するタイプも試作してもらいましょう。内向者以外にも、魔力量の少ない者は多いですし、自分の魔力を使わずに使えるものも需要はありますよ」




 励ますように言われて頷き返す。




「そうですよね、まずはきちんと売れるものが出来上がってから改良していけばいいんですよね!」


「ええ、その通りです」




 ……いつか自分で掃除機を使いたいな。


 紫水の区画の掃除だとか、将来結婚した時にアルフリード様と暮らす場所の掃除だとか。


 前世みたいに一家に一台はあるのが当たり前みたいになって、掃除にかかる時間を短縮出来たりして、そうしたら世の奥様方の負担が減って。


 お掃除男子とか出てきたりして。


 みんなの家が綺麗になったらいいなと思う。








* * * * *









「ようこそお越しくださいました。皆、お二方がいらっしゃるのを今か今かと心待ちにしておりました。さあ、どうぞ中へ」




 工房に行くとわたし達はすぐに中へ通された。


 工房長のマーウッドさんがニコニコしながら、前回と同じ部屋へ案内してくれる。


 そこにはやはり前回と同じ顔ぶれが揃っていた。


 テーブルの上に置かれたものに目がいってしまう。




「わ、掃除機だ……!」




 少々不恰好な印象はあるものの、外見だけならわたしが描いた図によく似ている掃除機が置かれていた。


 平たい先端の吸い口に、長い筒の首がくの字に曲がっており胴体と繋がる部分は蛇腹になっていて、胴体は卵を横にしたみたいな可愛らしい丸みを帯びた形で色はシンプルに白だ。艶の感じからして陶器製らしい。


 声を上げたわたしに職人さん達が笑った。


 それは嬉しそうな笑みだった。




「こちらが試作品の掃除機です」




 マーウッドさんが説明しつつ見せてくれる。


 平たい吸い口を見れば、床との接地面に小さなブラシがついており、床と直に触れないようにしてあった。しかも頭部分はわたしの要望通り取り外しが出来る。


 首は真っ直ぐな筒を二本繋ぎ合わせており、内一本の頭に近い方は取り外しが出来て、くの字に曲がったすぐ手元には四段階に調整出来るツマミみたいなものがあり、これを回すことで吸引力を変えるそうだ。


 胴体部分につながる蛇腹は革製だからか茶色で、楕円形の卵型の胴体には小さな車輪が二つ。前にも内蔵されて見え難いけれど、もう一つ車輪が入っている。


 タイヤ部分には柔らかい不思議な素材が使われていた。


 触ってみるとゴムに近い。




「そちらは魔獣の一部を材料に使っております」


「魔獣? こんな不思議な感触の生き物がいるんですか?」


「はい、見た目は大きなトカゲのような魔獣でして、比較的大人しい部類のものなのですが、その魔獣の皮を鞣すとこのように弾力と厚みのある不思議な感触の革が出来上がるのです」


「そうなんですね!」




 魔獣の一部を魔道具の素材に使うのは知っていた。


 でも、てっきりそれ自体に魔法を付与するとか、何か細工をするとか、そういう感じで、こんな風に車輪とかに使うとは思ってもいなかった。


 確かにこの弾力と柔らかさなら床を傷める心配は少ないだろう。




「あ、掃除機を沢山作るとしたら、その魔獣を獲りすぎていなくなってしまう、みたいなことになりませんか?」




 わたしの問いにマーウッドさんが微笑んだ。




「その心配はございません。この魔獣は一年を通じて繁殖することが出来、一度の繁殖で十から二十ほど子を成します。もし必要があれば何匹か捕まえて専用に繁殖させることも可能です」




 しかしこの大きなトカゲみたいな魔獣は数がかなりいるので、よほど大量に狩らない限りは問題ないだろうということだった。


 ちなみにそれほど強くないらしい。


 しかも結構そこら辺にいるそうだ。


 肉はそれなりに美味しいけれど、この弾力のある皮は捨てられてしまうことが多い。


 皮なのに断熱性があまりなく、厚みがあるので重く、やや硬く、身につけるには適さず、他にも使い道がなかったようだ。




「従来の車輪は木製が主流ですが、それでは床を傷付けてしまうため、適度な弾力と柔らかさ、そして重みをかけても壊れ難いという点から選ばせていただきました」




 他にもいくつかの素材を試したが、これが一番床を傷め難くて、値段も安価で、軸に巻いて熱をかけて焼き付けるとしっかりくっつくから外れないのだとか。


 蛇腹部分は普通の革で、本体はやっぱり陶器だった。


 陶器は見た目は良いけれど重い。


 胴体にも持ち運ぶ用の取っ手があるけれど、実際に持たせてもらったらかなり重かった。


 前世の一般的な掃除機だってそこそこ重みがあったが、陶器製となるとこちらはより重くなる。


 女性がこれを持って階段を上がるとか、広い屋敷の中を移動するとか、そういったことを考えるとあまり現実的な重さではない。


 目の前でマーウッドさんが試作品を使って見せてくれた。


 ツマミを回すと掃除機に焼印された魔法が起動して、床に置いた紙を優しく吸い寄せる。


 これが一段目で、持ち手部分に魔力を流すところがあり、そこに魔力を通さない限り、ツマミを回しても魔法式は作動しない。


 二段目にすると紙が吸い口にぺったりくっついた。


 三段目にすると吸い付いた紙がクシャッとなる。


 この三段目にすると粉も容易に吸い込めた。


 ツマミを最初の位置に戻すと止まる。


 胴体部分の上部は開けられるようになっていて、ちょっとティーポットに近い感じだ。そこを開ければ中に革製の袋が入っていて、それに吸い込んだゴミが入るような仕組みになっていた。


 吸い込んだ空気は胴体の後ろから排出されている。




「あの、わたしもちょっと持ってみてもいいですか?」


「ええ、もちろんです」




 マーウッドさんから掃除機を借りる。


 起動しないと分かっているけれど、ツマミを動かしてみたり、吸い口を床に当てて動かしてみたり、ゴロゴロと掃除機を引き連れて部屋の中を歩いてみる。


 ……うーん……?


 見た目は結構良く感じたが、こうして試しに自分が触ってみると、思っていたのと違うのが分かった。


 つい首を傾げたわたしにアルフリード様が近寄ってくる。




「いかがですか?」




 アルフリード様を見上げる。


 わたしみたいな素人があれこれ言っていいのか。


 ここまで再現してもらっただけでも良しとするべきなのかもしれないし、でも、これだと多分、女性には色々と扱い難い。


 悩んでいると頭にアルフリード様の手が触れた。




「思ったこと、感じたことは隠さずに言って良いのですよ。妥協も必要ですが、それはどうしても改善出来ない場合であって、改善の余地があるものは直すべきですから」




 ……アルフリード様って凄いなあ。


 わたしの思ったことを見抜かれてる気がする。




「あの、いくつか気になるところがあるんですが……」




 それから、わたしは気になったことを伝えた。


 まず一つ目が重さだ。


 男性ならばあまり気にならないかもしれないが、女性がこれを家の中で持ち運ぶことを考えると、もう少し軽くないと扱いづらい。


 二つ目は長さ。


 工房にいるのが男性ばかりだからなのか、少し首の部分が長すぎてわたしが取っ手部分を持つと頭と首の接合部付近が少し床に当たってしまう。


 三つ目は首の接合部が外し難いこと。


 女性が外すにはきつそうだ。


 これも男性なら恐らく問題なく外せるくらい。


 身体強化なしで外そうとすると力が要るのだ。


 四つ目は吸い口部分のブラシ。


 床なら問題ないが絨毯だと傷めてしまうから、もう少し柔らかいブラシか摩擦の少ない布が良いだろう。




「音が殆どしないのは使用人には嬉しいと思います。あまりうるさくすると怒る人もいますし、貴族のお屋敷で働く人が使うにしても、自宅で使うにしても、騒音がないのは素晴らしいです!」




 吸引力に関しては弱がちょっと弱すぎるかな、というぐらいで予想よりも良い感じであった。


 掃除機のあのキュイーンガガガガーという音、人によっては凄く不快に感じることもあるため、静音仕様なのは嬉しい誤算だった。


 それに騒音が酷いと貴族の屋敷では採用されない。


 胴体後部から出る空気は魔法を使っているからか綺麗で、掃除機特有のあの何とも言えない臭いもしない。無臭だ。


 良い点もいくつかあって、それも伝えたが、職人さん達はわたしが返した掃除機を取り囲んで話し始めた。


 主に重量をいかに軽くするかと耐久性を持たせるかということで、首の長さや接合部の固さについては実際、女性に使ってみてもらい確かめることとなった。


 ちなみにそれに関してはアルフリード様の。




「いくつか種類を作って我が家の使用人達に使わせて意見を聞いてみればいい」




 という一声であっさり決まった。


 首の長さと接合部の固さについては、いくつかバリエーションを作り、それを試しに使ってみて最も好評だったものにするようだ。


 重さについては陶器製の他にも色々と試してみるそうだ。


 今の半分ほどの重さだと女性でも楽々持てるのだが、さすがに半分は無理でも、三分の二くらいまで軽くなったら大分違うと思う。


 職人さん達があれこれと話し合っている。


 アルフリード様はともかく、わたしは話についていけないのでそれを眺めた。


 ……なんか、なんだろう、ドキドキする。


 自分の欲しかったものが、まだ不完全とは言えど目の前にあるという事実に感動しているのかもしれない。




「でも、勝手に決めて良かったんですか?」




 アルフリード様にこっそり問いかける。




「使用人の皆さんの仕事が増えません?」




 アルフリード様が首を傾げた。




「そうですか? 見たところ、あれを使えば床を箒で掃くよりも効率が良さそうですし、掃除機が使えるようになれば使用人達のためにもなりますから、結果的にはそう負担にはならないと思いますよ」




 この掃除機を主に使うのは使用人だろう。


 だからこそ使用人に使ってもらい、欠点を洗い出した方が商品化した時に彼らが使いたがるし、購入してもらいやすくなる。


 こちらにとっては購入してもらう可能性が高くなり、購入者側からしたら使い勝手が良くなる。




「なるほど?」




 わたしが首を傾げつつ頷けば、アルフリード様が目を細めて、わたしの頭をまた撫でた。




「何より実際に使ってみなければ品物の良し悪しは伝わりません。もし使用人達が欲しいと言えば、我が家は購入するでしょう。そうすれば公爵家御用達の品と謳い文句がつけられますよ」




 ……アルフリード様、ちょっと早くない?


 まだ試作品第一号が出来たばかりなのに。


 だけど、前向きに考えてくれているのが嬉しい。


 そんなものと適当に扱わず、こうして工房を紹介してくれたり、製作に携わってくれたり、真面目に付き合ってくれるなんて。




「でも、アルフリード様のお家の名前を使ったら『婚約者が発案したものだから贔屓してる』とか言われませんかね?」


「そういう人には売らなければ良いのです」


「なるほど」




 そういうところは前世とは違う。


 前世では商品を売り出す時には販売側がどちらかというと低姿勢になって「どうぞ買ってください」と言う感じなのだ。


 だがアルフリード様は「文句を言うなら売らないし、買わなくて良い」というスタンスのようだ。


 ……強気な姿勢だなあ。


 前世では少し考えられなくて、ちょっと笑ってしまった。







 

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― 新着の感想 ―
[一言] 掃除機の試作機第一号。⸜(*ˊᗜˋ*)⸝ワーイ 異世界に、掃除機誕生。
[一言] 小さい頃、うちに初めて掃除機が来た時を思い出しました。 ごみを排除する動作に"吸う"という概念が私にはなかったので、ものすごく驚いたことを覚えています。 当時の掃除機は、本体の部分が今と違っ…
[一言]  ミスタリアが気にくわない人は購入しないのだろうけど、その人達が掃除をするかといったら…しないだろうなぁσ( ̄∇ ̄;)
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