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揃いの指輪

* * * * *







 リュディガー公爵家にご挨拶に向かってから、更に五日後、アルフリード様のところに指輪が届いた。


 朝、食堂へ行ったらアルフリード様がいた。


 早くに来てわたしを待ってくれていたらしい。




「これを早く届けたかったのです」




 そう言って、小さな箱を開けて見せてくれた。


 この間一緒に選んだ指輪だった。




「もう調整が済んだんですね」


「ええ、急いでくれたようです」




 アルフリード様が言いながら、箱から指輪を取り出した。


「左手を」と言われて左手を差し出せば、薬指にアルフリード様がその指輪を通してくれる。


 わたしの指にぴったりと通されたそれは凄く綺麗で、わたしは思わず窓から差し込む光に翳して眺めた。


 そうしてアルフリード様がもう一つ箱を取り出した。




「アルフリード様、わたしにさせてください」




 アルフリード様が僅かに目を丸くした後、頷いた。


 差し出された箱からアルフリード様の分の指輪を取り、目の前に出された左手をそっと握る。


 わたしよりも大きな手の、筋張って長い指を見る。


 ゆっくりと慎重に薬指に指輪を通した。




「ありがとうございます」




 顔を上げると青い瞳が和やかに細められている。


 二人で左手を並べて見下ろした。




「やっぱりお揃いの指輪、いいですね!」


「ええ、揃いのものにして良かったです」




 これなら離れていても寂しくない。


 指輪を見れば、アルフリード様との繋がりを感じられるし、婚約者になったのだなという実感が湧いてくる。


 ……わたしが婚約指輪かあ。


 イルンストン伯爵子息と婚約破棄した時、もう無理かもしれないなと思っていたけれど、アルフリード様のおかげでこうして婚約指輪をはめる機会が得られたことがとても嬉しかった。


 相手がアルフリード様というのも重要だ。


 好きな人と婚約することがこんなに嬉しくて幸せなことなのだと知ることが出来た。




「ありがとうございます、アルフリード様」




 アルフリード様はまるで幸運の神様だ。


 いつもわたしに幸せを運んで来てくれる。








* * * * *








 ミスタリア嬢の願いで選んだ指輪。


 同じ意匠と宝石を使用した、揃いの指輪だ。


 仕事中ふと集中が途切れた時に、ついそれを眺めてしまう。


 アルフリードのものは金の台座に紫の宝石が並んでおり、中央に他よりやや大きい同色の宝石が鎮座しており、台座は蔦を模している。派手さや華美さはあまりないが、シンプルながらも品の良いものだった。


 これならば普段使いにも良く、夜会や茶会につけて出かけても恥ずかしいというほど地味でもない。


 それに目端の利く者が多い貴族達ならば、アルフリードとミスタリア嬢の指輪が揃いのものだと気付くだろう。


 そっと指輪に触れる。


 ……確かに、繋がっている気がする。


 ミスタリア嬢の言う通り、何となく彼女がそばにいてくれているような、そんな気持ちになる。


 なるほど、彼女が揃いのものをと望むわけだ。


 これはなかなかにクセになる感覚だ。




「アルフリード君、それってもしかしなくても婚約指輪〜? ミスリルちゃんのとよく似てるよね〜?」




 メルディエル士団長の言葉にアルフリードは頷く。




「はい、先日一緒に選んで購入しました」


「一緒に? いいね〜、デートしたの?」


「ミスタリア嬢が我が家に挨拶に来てくださったので、その後にです」


「ああ、そういうことか〜。懐かしい。僕も妻と結婚する時に、妻の実家に挨拶に行ったけど緊張したな〜」




 それにアルフリードは一度目を瞬かせた。


 ……この人でも緊張することなんてあるのか。




「メルディエル士団長でも緊張するんですね」




 ウェルツ副士団長が代弁してくれた。




「そりゃあするよ! 妻の家族だよ? もし反対されて結婚出来なかったらって思うと、出された紅茶の味も分からないくらいだったんだから〜」




 ……ミスタリア嬢もそうだったのだろうか?


 考えてみて、いや、そうでもなさそうだなと思う。


 出された紅茶も「凄くいい香りですね」と言っていたし、共に出された菓子も「こんな美味しいお菓子初めてです!」と感激しながら食べていた。


 と言うよりも、何を見ても目を輝かせていた。


 彼女が帰った後、母と義姉あねが「あんなに喜んでくれて良い子ね」「あれはお世辞ではなかったですわね」と話していて、父にも「また連れて来なさい」とも言われ、どうやらミスタリア嬢は無事、我が家の者達に好かれたようだ。


 ミスタリア嬢の素直さは貴族では珍しい。


 アルフリードが好ましいと思ったように、公爵家の皆もそう感じてくれたのは嬉しかった。


 ただ兄は「騎士に欲しいな」と言っていて、アルフリードは第三王子に言った言葉をまた繰り返すことになった。




「ミスリルちゃんはどうだった〜? やっぱり公爵家へご挨拶ってなると緊張してたでしょ〜?」




 思い出して目を細めた。




「最初は少し緊張していたみたいでしたが、それほどではなかったと思います。出した紅茶や菓子もしっかり食べていましたし、兄と木剣で試合をして、どちらかと言うと楽しんでいた風でした」




 メルディエル士団長が顔を上げた。


 ウェルツ副士団長も手を止めて、二人が互いに顔を見合わせた。




「え、アルフリード君のお兄さんって近衛のアーノルド様だよね?」


「ええ、そのはずですが……」




 視線を向けられてアルフリードも頷いた。




「はい、兄は近衛騎士に所属しております」


「そのお兄さんとミスリルちゃんが試合したの? え、何それ面白そう〜! どっちが勝ったの?!」




 よほど気になるのかメルディエル士団長が椅子から立ち上がり、身を乗り出した。




「ミスタリア嬢の木剣が折れてしまい、引き分けでした。ですが、もしも兄が彼女の剣を受けていれば、負けたのは兄でしょう」


「……そんなにミスリルちゃん、強かったの?」


「強いと言いますか、あれは、そう、身体強化による暴力と申しましょうか。……訓練用に固められた地面が木剣で抉れるほどの力だったと言えば想像がつくかと」




 メルディエル士団長とウェルツ副士団長が一瞬、押し黙った。


 恐らく想像したのだろう。


 あの細身で小柄な彼女から、そんな力が出るとは思いもよらないが、それが事実なのである。


 正直に言うと、ドラゴンの呪いでアルフリードが暴れたとしても、彼女ならば押さえつけられる気がする。




「あれを正面から受けたら腕が折れたかもしれません。いえ、それで済めば良い方だと思います」




 騎士三名をあっと言う間に叩き伏せたことが噂になっているが、彼女の本気を見た後では、あれは彼女にとって戦いですらなかったのだろうと分かる。


 彼女が本気を出していたとしたら、騎士達は打撲程度では終わらなかったはずだ。


 むしろかなり手加減をしたのだ。


 状態固定された扉を壊せると言ったのも冗談ではなく、身体強化を行えば、きっと彼女は難なく破壊出来る。




「じゃああの騎士達の件はかなり手加減してたんだね〜」


「ええ、恐らくは。身体強化した彼女を本気で人と戦わせたら、間違いなく殺してしまいます。本人も少なからず自覚しているから、普段は抑えているのでしょう」




 しかも彼女は体を動かすことが好きらしい。


 本気を出せないのはつらいかもしれないが、とてもじゃないが、人と戦うのは勧められない。




「ミスリルちゃんは色々な意味で強いね〜」




 メルディエル士団長の言葉にウェルツ副士団長が頷き、アルフリードもそれは否定出来なかった。


 彼女は心身共に強靭だ。


 魔力内向者で魔法はほぼ使えないけれど、それでも、木剣を当てられても全く衝撃を受けていなかったので、もしかしたら魔法もあまり通らないかもしれない。


 ……僕の婚約者は本当に凄い子だ。


 ミスタリア嬢はアルフリードに自分が釣り合うかどうかを気にしているようだったが、むしろ、アルフリードの方が彼女に釣り合うために努力しなければいけないと思う。


 少なくとも彼女はアルフリードよりも剣の腕は強いだろうし、実戦でも、アルフリードが魔法詠唱をしている間に距離を詰められて一瞬で勝敗がつくだろう。


 しかし、それに劣等感や拒否感はない。


 強い彼女を尊敬する。


 そして、そんな彼女だからこそ守りたいと思う。




「私ももっと強くなりたいです」




 メルディエル士団長が笑った。




「だったら今度、アルフリード君も紅玉とか騎士達の訓練に参加させてもらったらどう? 第二王子殿下とガルフェウスがミスリルちゃんの話を聞いて『実力を見てみたい』ってうるさいんだよね〜」




「一応ミスリルちゃんの返事次第ってことにしたけど」と言われて考える。


 ミスタリア嬢なら喜んで参加しそうである。


 女性騎士や魔法士もいるが、騎士ならば断然、男が多い。


 そこに婚約者を一人で行かせるのは良い気分ではない。


 彼女の心を疑っているのではなく、騎士達がミスタリア嬢に惹かれないかが心配なのだ。


 何せ彼女はあの通り、明るく、優しく、素直で、誰に対しても同じように接するため、人から好かれやすい。


 そうして同時に妬みの対象にもなりやすい。




「そうですね、私もその時には参加します」




 彼女はきっと気にしないから。


 その分、アルフリードが気にかけてやりたい。








* * * * *









 仕事中、つい、何度も左手を見てしまう。


 だってアルフリード様とお揃いの指輪なのだ。


 ……しかも婚約指輪!


 それはもう、わたしからしたら幸せを具現化したようなものという感じである。


 こんな素敵な指輪が、それも婚約指輪がわたしのものだなんて、これは夢かと思ってしまう。




「……でも、夢じゃないんだよね」




 左手を撫でれば、確かにそこに指輪がある。


 清掃中、部屋を担当している魔法士の皆さんから指輪についてかなり訊かれた。


 誰から贈られたのかとか、恋人がいたのかとか。


 アルフリード様との婚約は隠していないので、わたしはきちんとアルフリード様と婚約したことを説明した。


 皆さん、祝福の言葉をくれた。


 中には「やっぱりそうだったか」と言う人もいて、どうやらわたし達のことは周りに筒抜けだったらしい。


 ちょっと気恥ずかしいけれど「良かったですね」と言われてわたしは強く頷いた。


 もしもあのままイルンストン伯爵子息と結婚していたら、こんなに大事にしてもらえることはなかっただろう。


 それに好きな人と婚約して、いずれ、結婚するという喜びも知らずにいただろう。


 ……そういえば、彼はどうしてるのかな?


 元婚約者をふと思い出した。


 婚約期間中、婚約者らしいことはお互い全くしていなかったが、だからと言って何も感じないわけではない。


 ……わたし、多分、目を背けてたんだなあ。


 イルンストン伯爵子息に婚約破棄を言い渡されて、自分では平気なつもりだったけれど、今思えば仕事を探すという目標を作って自分の感情から目を逸らしていたのかもしれない。


 今更になって、婚約破棄されたあの時、わたしは傷付いていたんだなと気が付いた。


 アルフリード様と出会って、こうして婚約者になれて、喜びを感じるのと同時に『婚約破棄された』ことをずっと負い目に感じていた。


 だから誰かと結婚なんて無理だと思っていた。


 その傷を、アルフリード様が癒してくれた。


 今はもう悲しくもつらくもない。


 イルンストン伯爵子息に会っても心から笑顔で話せるだろう。


 ……あっちも好きな人と結婚するし、うん、やっぱり婚約は破棄して良かったんだ。


 そういえば、魔法士達はわたしの結婚のことを気にしていた。




「でも、結婚したらミスリル嬢は仕事を辞めてしまわれるんですか?」




 と、心配したらしい。




「いいえ、結婚してもここで働きます! アルフリード様とも、ご実家の公爵家とも、そういう風に話をしてあります!」




 そう返せば、皆さん安堵した様子だった。


 わたしのことを必要としてくれて嬉しい。


 皆さんのためにも、今後も真面目に仕事を頑張ろうと思える。


 ……それに職場でも婚約者と会える!


 指輪があるから寂しくないものの、だからと言って、アルフリード様がいなくても大丈夫というわけでもなくて、会いたいものは会いたい。


 わたしに告白してくれた後、アルフリード様が朝食や夕食に付き合いたいと言い出した気持ちが分かる。


 好きだから、少しでも一緒にいたい。


 でも、一緒にいると時間があっと言う間に過ぎてしまって、離れている時間が長く感じる。


 ……結婚したら、すぐに同じ家に住むのかな?


 そうだとしたら早く結婚したい、なんて思ってしまうのは欲張りだろうか。


 もう一度指輪を撫でてから仕事を再開する。

 

 わたしの左手には幸せが輝いていた。








 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『わたしの左手には幸せが輝いていた』  素敵な表現です。幸せそうにウキウキと掃除をするミスタリアが見えました(*´艸`*) [一言]  お互いに指輪をつけ合う二人(*´ω`*)  この…
[一言] エッ?!(´⊙ω⊙๑) アルフリード様のお兄様、近衛! 近衛騎士に勝ってしまうミスタリアちゃん ス..ス...(゜Д゜(゜Д゜ノ(゜Д゜ノ)ノスゲー!!! 婚約指輪良いですね。(´∀`*)ウ…
[良い点] 今回の見所 指輪が届いたよ~♪ 幸せいっぱい~♪ [一言] 「騎士に欲しいな」 言うと思った! まあ、逸材は、鍛えれば更に凄くなりますからね。 気持ちは、分かります。 嫉妬からも…
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