魔道具工房
それから五日後。
わたし達は私服で待ち合わせて、アルフリード様の馬車に乗って工房と服飾店に向かうことにした。
掃除機についてはアルフリード様と話し合って作った書類があるし、マスクも型紙や作り方を記したものを用意してある。
あとは工房やお店側が引き受けてくれるかどうかだ。
「今日のドレスもよく似合っていますね」
藍色のドレスで、ちょっと今回はフリルが多めのものを選んだ。
「ミスタリア嬢は可愛らしい外見をしているので、フリルがあると一段と華やかになって素敵ですよ」
「ありがとうございます!」
わたしの内心を読んだように褒められて嬉しい。
あまり大人びたデザインよりも、こういうフリルやリボンが多い方がわたしも自分に似合っていると思う。
以前はそういった華やかなものを着ているとイルンストン伯爵子息に「派手過ぎる」と言われていたが、今はもう関係ない。
むしろアルフリード様はそういうものの方が好きらしい。
「正式に婚約が成ったらそういった華やかなドレスや装飾品をもっと買いましょう。私のお金でミスタリア嬢を美しく出来ると思うと楽しみです」
なんて言うほどだ。
「ご負担になりません?」
そう訊くとアルフリード様が目を細めた。
「好きな女性を着飾らせるのは男の自己満足です。それにこれは私の気持ちがどれほどなのか表すためでもあります。ミスタリア嬢が嫌でなければ、あなたに貢がせてください」
「貢ぐ……」
「ミスタリア嬢は私の気持ちをただ笑顔で受け取ってくだされば良いのですよ」
……わたし、悪女になりそう。
こんな格好良くて素敵な男性からお金を貢がれて、それをただ受け取るだけなんてまさに男を手玉に取る悪女みたいだ。
しかもそれを真面目な顔でアルフリード様は言う。
まあ、その話はともかく、午前中に工房へ、昼食を摂って午後に服飾店にという予定でわたし達は出かけたのだった。
公爵家の馬車は相変わらず乗り心地がいい。
「掃除機は魔法式の刻印も施す必要があるので、魔道具師のいる工房にしました。一度下見に行きましたが手先の器用な者ですし、我が家御用達なのできっと掃除機も作れると思いますよ」
「公爵家の方々御用達と言うとそれだけで安心感が凄いです。絶対作れるって感じがします」
「下見の際に少し説明しましたが、職人達も興味を引かれていましたから、今日の話し合いはあれこれ訊かれて大変かもしれません」
それにわたしは笑う。
「大丈夫です。むしろ分からないところがないってくらい話し合わないと、職人さん達も作る時に困りますからね。質問大歓迎です!」
「それなら良かったです」
そんな風に話をしているうちに、馬車の揺れが段々と収まって、最後に少し揺れて静かに停まった。
どうやら目的地に到着したようだ。
アルフリード様が先に降りて、手を借りてわたしも降りる。
工房は大通り沿いにあるお店だった。
……うわあ、大きい!
こんな大通りに工房を構えられるということは、相当金銭的余裕があって、つまりは腕の良い職人が多いということでもある。
アルフリード様にエスコートしてもらい、お店へ近付くと、中から扉が開けられた。
「いらっしゃいませ、アルフリード様。ようこそお越しくださいました」
六十代くらいの老齢の男性が頭を下げる。
「この間話した通り、今日は僕の恋人も一緒なんだ。もう少ししたら婚約するから覚えておいて欲しい」
「リルファーデ子爵家が長女、ミスタリア=リルファーデと申します。本日はお忙しい中お時間を取ってくださり、ありがとうございます」
アルフリード様に合わせて自己紹介をして礼を執ると、男性がニコリと微笑んだ。
「この工房の長を務めておりますダリス=マーウッドと申します。リルファーデ子爵家とおっしゃいますと、もしやあの良質なミスリル鉱で有名な?」
「はい、そうです」
「おお、リルファーデ子爵領のミスリル鉱と言えば職人達がこぞって欲しがる素晴らしい品なのです。まさか我が工房にリルファーデ子爵家の方が来てくださるとは、とても光栄に存じます」
「そう言っていただけるとわたしも嬉しいです」
自領のミスリル鉱には自信がある。
鉱夫達が一生懸命採掘して、丁寧に汚れを落とし、良い物を選んで他領に送り出している。
だからこそ、領民達の働きを認められたみたいで褒められるのは凄く嬉しい。
マーウッドさんが工房の奥へ案内してくれる。
アルフリード様と一緒にそれについて行く。
「わたしや弟の名前もミスリル鉱から名付けられているんです。わたしは古い言葉のミスタレラから、弟は古代の人々がミスリルから生み出した特殊な鉱石イシルディンから」
「そうなのですね、良質なミスリル鉱の採れるリルファーデ子爵家らしい。ミスリル鉱は叩けば叩くほど強靭になりますから、きっと逆境にも負けない強い人間に育って欲しいという願いが込められているのでしょう」
マーウッドさんが、ホッホッホと笑う。
それにわたしも「そうだと思います」と頷いた。
両親が生きていた頃、よく「ミスリル鉱のように強く逞しく、健康に育って欲しい」と両親が話してくれた。
わたしは父と母の思うように育ったわけだ。
奥には応接室があり、そこへ通されると、既に何人かの職人らしき人達が待っていた。
紹介してもらったが、掃除機に興味を持って、自分も作ってみたいと思った人達を集めてくれたそうだ。
アルフリード様が前もって掃除機について大まかに説明してくれていたが、改めて、きちんと説明することになった。
まずは持ってきた書類をテーブルへ広げる。
「まず、掃除機とは床に落ちた埃やゴミを吸い取ることを目的とした道具です」
わたしが描いた図を指差す。
「構造は、ここの吸い口から空気と共にゴミを吸い上げて、管を通り、この胴体で空気とゴミとを分けて、最後に綺麗な空気だけを出します。胴体の上部が開閉式になっていて、ゴミが溜まったら、自分で出して捨てます」
説明しながら指で図を辿っていく。
横からアルフリード様が更に説明を加えてくれた。
「主に使用する魔法式は風魔法。一つ、空気を吸い込む、二つ、ゴミと空気を分ける、三つ、空気を外へ排出する。この流れを行うために三つの魔法式を使用するのが良いと思う」
職人の一人がそっと手を挙げた。
「あの、それなら一つの魔法式でも良いのでは……?」
アルフリード様が一つ頷いた。
「魔法を一つにした方が効率がいい。でも、それだと回路を繋ぐ必要が出てくる。それならこの管の部分と胴体、排気部分にそれぞれ魔法式を刻印した方が簡単だし、もしどこか一部が壊れた場合はその部分だけ取り替えれば済む」
「ああ、なるほど、そうですね」
質問した職人も頷いた。
……回路?
「あの、わたし、魔道具について全く知らなくて……。回路というのは何ですか?」
わたしがそう問うと職人さんの一人が教えてくれた。
「魔法式同士を繋いだり、効果を広げたりするための線、と申し上げればいいのか。たとえばこちらの掃除機というものを作るとして、魔法式を一つで作るとなると、その効果を広げるために管に魔力の通りやすい金属を使用して回路と呼ばれる線を引かなければならなくなるのです。そうすると魔道具の値も上がります。しかし、三つの魔法式を刻印するだけ、それも単純なものであれば、焼印で済ませられるので、量産しやすく値もその分、安く済むのです」
「そうなんですね。ご丁寧にありがとうございます! とても分かりやすいご説明でした!」
つまりは電線みたいなものなのだろう。
魔力を通すための回路を通すということは、それだけ手作業も増えるし、線に使う金属の分の値段もかかる。
でも簡単な魔法式を使用するなら、手作業じゃなくとも、判子を作っておいて、それで焼印を入れるだけでも確かに十分な感じがした。
しっかり焼印がされていれば魔法は使える。
説明してくれた職人さんが照れたように頭を掻く。
売れる物を作るなら軽量化とか価格設定とか、量産出来るようにする方法も含めて色々と考えておかなければいけないのだ。
わたしは作ることしか考えてなかった。
「回路がなければ部品の作成と焼印、組み立てと作業の手間も減りますし、回路の分、値段も安く、掃除機も軽くなりますよ」
わたしにそう言うアルフリード様を凄いなと思う。
掃除機について話していた時に、出来れば貴族だけではなく、平民も買えたらいいのにというわたしの言葉をきっと覚えてくれていたのだろう。
「部品についてですが、細かく訊いてもよろしいでしょうか?」
職人さんに訊かれて頷き返す。
「はい、大丈夫です!」
とは言っても、わたしに答えられることはあまりないかもしれないけれど。
職人さん達がわたしの描いた図を覗き込む。
「まず、この先端の吸い口だが、何で筒とは別に平たいのがあるんですかい? それにこの平たいのだと床を傷付けると思うんですがね」
「平たい方の吸い口には、下に布を取り付けて、直に床に当たらないようにします。小さくて柔らかなブラシをつけてもいいと思います。筒だと絨毯や床の埃を吸う時に、吸える場所が狭いですけど、平たくすると吸える場所が広くなるし、筒よりも吸う力が分散するから絨毯などを傷め難くなるからです」
「じゃあ筒は必要ないんじゃあないですかい?」
「いえ、筒は家具の隙間や下の掃除に使うので」
……まあ、前世の掃除機のあの平らな吸い口にどういう理由があるのか、本当のところは分からないけど。
わたしはそうなのではないかと考えている。
「この管の部分の長さはどれくらいですか?」
「えっと、人が腰を曲げずに、手で持った時に床につくくらいです。管は二本に分かれていて、取り外したり繋げたりして長さを変えられます」
腰高で、掃除機を持って動かす仕草をしてみせる。
図にある掃除機も取っ手つきだ。
「だとすると、長さについてはいくつか部品を試作して決めるのが良さそうですね」
職人さんの一人が顎に手を当てて考える。
そうしているとまた別の職人さんが口を開いた。
「この、空気を吸う強さを三段階に分ける理由はあるんですか?」
「はい、絨毯など傷付けたくないものなら弱めに吸って、逆にゴミの多い床などは中間、粉みたいなものをこぼして一気に吸いたい時は強く、といった感じで用途で分けたいんです」
「一番弱いやつでどれくらいの吸う力ですか?」
……吸う強さ……。
「うーん、紙がくっついても手で取れるくらい? それについても、実際に吸わせて試してみる必要があると思います」
言いながら、自分でもちょっと曖昧過ぎる気がしたけれど、掃除機についてあまり知らないので答えられるとしたらこんな風になってしまう。
「曖昧ですみません……」
職人さん達が顔を見合わせた。
「いえ、魔道具作りなんて最初は皆、そのようなものですよ。こういうものを作りたいという想像から始まるのですし、曖昧なのは当然です」
アルフリード様がわたしの前髪をそっと撫でた。
「それを実現させるために、こうして職人達と話し合っているのです」
職人さん達がうんうんと頷いている。
「ミスタリア嬢は思いつくことを言ってくださればそれでいいんですよ。実現可能かどうかは職人達が判断します」
そう言ってもらえるとホッとする。
前世では当たり前にあったものだけど、その構造や造りの理由なんかは気にしたことがなかった。
今思えば、もっと色々なものについて学んでおけば良かった。
それでもアルフリード様の言葉は心強い。
「分かりました」
それからも、掃除機について職人さん達からあれこれと訊かれて大変だったけど、意外と楽しかった。
構造についてはわたしが話をして、魔法式についてはアルフリード様が話してくれたおかげで非常に助かったけれど、魔法についてはあまり分からなかった。
そもそも魔法に関する勉強をわたしはしていない。
魔力内向者なので、基礎の魔法の属性やその特性なんかは知っているが、それだけだ。
そうして何とか掃除機について語り終えた頃には昼近くになっていた。
「それでは、後は頼んだ」
「よろしくお願いします」
試作品の製作に関しては工房任せである。
わたしが何か出来ることはない。
職人さん達はすぐに取り掛かってくれると約束してくれたので、試作品でも、出来上がるのが楽しみだ。
ちなみにどちらが良いのかという話になって、木製と陶器製の両方を作ってくれるそうだ。
木製は軽くて、多少ぶつけても平気だが見た目が良くなく、陶器製はぶつけたりすると欠けやすいし重いという欠点はあるけれど、見た目はかなり良い。
どちらにするか、もしくは両方を採用するか。
それは試作の出来次第である。
「そろそろ昼食にしましょうか。こうなると思い、近くのレストランに予約を入れてあります」
馬車に乗る際にアルフリード様がそう言った。
「わたしのこの服装でも入れますか?」
公爵家の使うレストランと言われると、かなり豪華で綺麗な場所を想像してしまう。
……わたしの服装は地味だし。
どう見てもギリギリ貴族かな、という程度だ。
アルフリード様が頷いた。
「大丈夫です。そこまで格式張った場所ではありませんし、個室ですから誰も気にしませんよ。公爵家が使う場所だと緊張してしまわれると思い、少し格式の低い場所にしました」
そう言われて、それならと頷いた。
そうして馬車はゆっくりと走り出した。




