問題解決 / 告白
アルフリード様とお出かけをしてから五日。
昨日、イシルディンにカフスボタンを渡せた。
そのことをアルフリード様の部屋の掃除の時に報告した。
「アルフリード様、弟にカフスボタンを昨日渡してきました!」
本の整理をしていたアルフリード様が振り向く。
「弟さんの反応はいかがでしたか?」
「とっても喜んでくれていました! それに弟に凄く似合っていました!」
「それは良かったです」
アルフリード様がそう言って本の整理に戻ったので、わたしも床を箒で掃きながら続ける。
「誕生日はあのカフスボタンをつけて過ごしてくれるって! わたしはお仕事で帰れないと思うので、わたしの代わりに弟の側にいてくれるみたいで嬉しいです」
アルフリード様が「帰らないのですか?」と訊いてくる。
掃除中にこうして話すのはいつものことで、お互いに仕事をしながらというのも慣れたものだ。
「ええ、次の日も仕事ですし、帰ってもすぐに戻って来ないといけないのでお祝いする暇もないですし」
「それは残念ですね」
「そうですね、でも、いい機会だと思うんです。いつまでも弟離れ出来ないままじゃ、弟が結婚する時に困りますから」
我ながら弟を可愛がり過ぎてる自覚はある。
それに弟も、そろそろ姉離れしたっていいだろう。
弟は結婚して奥さんが出来て、やがて子供が出来て、新しい家族と暮らすのだ。
そこにわたしがいても邪魔である。
「……弟さんはリルファーデ嬢がいても困らないと思いますよ」
「多分……」と言われて思わず振り返る。
アルフリード様は黙々と本の埃を払っていた。
……分かってる。
弟はきっとわたしが結婚せずに、同じ邸にいても邪魔者扱いしないし、怒らないだろう。
でも、それではわたしが嫌なのだ。
家族だからこそ弟に迷惑をかけたくない。
「そういえば」
不意にアルフリード様が振り向いた。
「バーナード=コリンが辞めました」
「…………誰ですか?」
聞き覚えのない名前に小首を傾げてしまう。
それにアルフリード様が「そうでしょうね」と手を止めたので、わたしも動きを止めた。
「バーナード=コリンはあなたと同様に紫水に入ってきた使用人の一人です。茶髪に赤錆色の瞳の男性ですが、覚えはありませんか?」
言われて思い出す。
「あ」
最初の頃に倉庫の前で振り向いた人が、確かそういう外見だった気がする。
……あの人辞めちゃったんだ?
お給金も良いし、待遇も良いのに。
「彼はリルファーデ嬢に嫌がらせをした一人です。掃除道具を隠したり壊したりしたのもそうです。部屋の扉に状態固定をかけたのは別のメイドでしたが、唆したのは彼ですよ」
そう言われて「そうなんですね」と返す。
あの嫌がらせ、貴族のご令嬢達だけではなかったのかと思ったが、それだけだった。
でもそれだけでクビになったのだろうか?
「一応言っておきますが、辞めることになったのは彼が仕事が出来なかったからです」
「どういうことですか?」
どうやら、そのバーナード=コリンという人は雇われた五人の中でも一番仕事が出来ない人だったらしい。
何でもわたし以外の四人はなかなか担当の部屋を片付けることが出来ず──アルフリード様が言うには文句ばかり口にして仕事をしなかった──、態度も悪く、それで士団長様が一ヶ月以内に担当の部屋を掃除出来なかった者は辞めさせると言ったそうだ。
他三人は何とか期日中に担当の部屋をそれなりに綺麗に出来たのだけれど、その人だけはやらなかった。
やりきれないのではなく、やる気がなかったのだ。
しかも掃除もせずにしていたことと言うのが、わたしへの嫌がらせだった。
気付かなかったけど、わたしの使うモップを壊したり、バケツに穴を開けたりもしていたという。
……言われてみればそんなこともあったような?
確かに使っている途中でモップの頭が抜けてしまったり、普段使っているバケツに穴が空いていたりしたけれど、別にモップは取れた頭を柄でつつきながら掃除出来たし、バケツは新しく綺麗なものを手に入れられたので支障は全くなかった。
「雑巾に針を仕込んだのも彼でした」
「あれはちょっと迷惑でしたね。でもアルフリード様がすぐに治してくれましたから、実害はあってないようなものですし」
「……備品を破壊して、仕事も放棄したため、辞めさせました」
「あー、物を壊すのは良くないですね、うん」
アルフリード様はちょっと変なものを食べてしまった時みたいな何とも言えない顔をする。
こほん、とアルフリード様が小さく咳払いをする。
「とにかく、これからはもう嫌がらせはないと思いますので安心してください」
それにわたしは笑って頷いた。
「はい、ありがとうございます!」
気にしてなかったが、嫌がらせがなくなるのはありがたい。仕事に支障が出るのは困るのだ。
アルフリード様が一つ頷いた。
ジッと見つめられる。
まだ何か話があるのだろうか?
わたしも首を返して見返す。
「どうかしましたか?」
アルフリード様が口を開いて、閉じた。
何か言おうとして躊躇ったようだ。
青い瞳が一瞬伏せられ、そしてこちらを見る。
「リルファーデ嬢は結婚したいと思いますか?」
急に質問されて考える。
「うーん、したくないわけではありませんけど、一度婚約破棄されてしまっていますし、難しいかもなとは思ってます」
「それを抜きにしたら?」
「そういう相手が出来て、結婚したいと思えば、すると思います?」
自分のことだけど断言は出来ない。
そもそも、そういう相手もいないので結婚と言われても想像がつかないのである。
イルンストン伯爵子息と婚約していた時もそういえば結婚後について考えたり、想像したりといったことはなかった。
彼との結婚はどこか実感が湧かず、昔からの付き合いなので、その延長みたいな感じだったのかもしれない。
「アルフリード様はどうなんですか? 結婚したい、と思うことがあるんですか?」
……そういうのはなさそうに見える。
アルフリード様が頷いた。
「ありますよ」
「え、あるんですか! もしや婚約者がいたり?」
「いえ、おりません」
それにホッとする。
もしいたら、こうして部屋でわたしと二人っきりというのはあまり良くないだろう。
部屋の扉は掃除中は開けっ放しにしてもらっているから変な噂は立たないと思いたい。
「ですが、婚約出来たらと思っている相手はいます」
一瞬、胸がチクリと痛んだ気がした。
「アルフリード様みたいに格好良い方に望まれるなんて幸せ者ですね!」
とりあえず笑顔で返せば、アルフリード様がジッとこちらを見ていた。
目が合うと、青い瞳が揺れた気がした。
アルフリード様がいつも通りの声で言う。
「あなたのことですよ」
………………え?
からん、と箒が床へ倒れる音が響いた。
* * * * *
リルファーデ嬢の手から箒が離れて倒れた。
その笑顔が固まっている。
「………………え?」
暗い紫の目がぱちりと瞬く。
彼女の理解が追いついていないのが読み取れた。
勘違いされないようにもう一度言う。
「私が婚約したいと思っている相手は、ミスタリア=リルファーデ子爵令嬢、あなたです」
ややあって、彼女の顔が驚きに染まる。
「えぇえええっ?!」
よほど驚いたのか若干身を引いている。
しかし、その手が自分を指差す。
「わたし、チビだし、美人でもないし、痩せっぽっちだし、頭も良くないし、えっと、えっと……こんなですよ!?」
「小柄で可愛らしくて、細身で、愛嬌があって、良いではありませんか」
「アルフリード様、お医者様に目を診てもらいましょう!」
かなり混乱しているのが伝わってくる。
慌てた様子で腕を掴まれたので、その手にアルフリードは自分の手を重ねた。
「私はどこも悪くありません」
むしろ何故そこまで卑下するのか。
見上げてくるリルファーデ嬢を見下ろす。
「あなたは可愛らしいご令嬢ですよ」
手を伸ばしてそっと銀灰色の頭を撫でると、思いの外、サラサラと手触りが良い。
触れた頭は小さくて、丸くて、綺麗な形をしている。
ぽかんとしたリルファーデ嬢が目を丸くして、それから、ぶわっとその顔が赤くなる。
「かわ……っ?! で、でも、わたし騎士を三人も叩きのめしちゃうような女ですよ!!」
パッと腕から手が離れて一歩下がられる。
その分、一歩前に出る。
「どうやら私は強い女性が好きなようです」
リルファーデ嬢がまた一歩下がる。
「子爵家ですし! 公爵家とはほら、身分差があり過ぎますよね?! しかも貧乏です!!」
「私は次男で、結婚しても公爵夫人になるわけではないので、多少の身分差は問題ないです。リルファーデ子爵家が経済的に余裕がないのが三年前の不作のせいでしたね? 経済面が気になるならば婚約した際にいくらか我が家から支援します」
婚約に際して相手方の家を金銭的に支援するのは、貴族の間ではそこまで珍しいことではない。
特に一つ以上爵位が離れている場合は、爵位が高い方が、低い方を支援するのは多い。
そうしなければ婚約者同士で装いなどに差が出てしまうからだ。
「いやいや、高位貴族の礼儀作法とか分からないですし!! わたし社交とかしたことないですし!!」
「作法に関しては習えば良いのでは? まあ、私も社交は興味ないのでリルファーデ嬢がしたくなければしなければいいですよ」
「確かに!! って公爵家なのに社交しなくていいんですか?! それはそれで何か怖い!!」
これが嫡男の嫁になるというのであれば話は違ってくるが、アルフリードは次男だし、公爵家を継ぐことは絶対にない。
もし兄に何かあったとしても、恐らく親戚の子供を養子にして引き継がせることだろう。
アルフリードは公爵家の実子ではないから。
公爵家と言っても、家を継がないアルフリード自身は今現在は宮廷魔法士団の一員に過ぎないし、貴族だからと言って絶対に社交をしなければならないわけでもない。
むしろアルフリードは社交をしない方が良い。
「あ、そ、それにわたし地味だから公爵家の皆様にきっと反対されますよ!!」
「いえ、特に反対はされませんでした」
「了承済み?!」
口を開く度に彼女が一歩下がるので、アルフリードはその分、進んでいく。
じわじわ壁に追い詰められていることに気付いていないらしい。
彼女の素直な反応が段々と面白くなってくる。
小さな手がアワアワと宙を彷徨っているのも、本当に戸惑った様子なのが分かる。
「わたし、その、む、胸とかありません!! 子供みたいな体型なんです!!」
思わず視線がそこへいきかけ、耐える。
「気にしません」
「ツルペタなんですよ!?」
「気にしません」
と言うより、気にしているのはリルファーデ嬢の方である。
だがそういう言葉が出てくる理由も知っている。
彼女の元婚約者が浮気した相手は随分と女性的で豊満な体型の女性だったそうだ。
それと比較しているのだろう。
「わたし婚約破棄されるような女ですよ!!」
アルフリードは苦笑した。
「私も婚約を解消されるような男です」
それまで後ろへ下がっていた彼女が、ずいっと前のめりになった。
「婚約していたことがあったんですか?」
「ありました。三年前に諸事情で解消されたので、今は独り身です」
「……アルフリード様でもそんなことがあるんですね……」
心底意外そうな声だった。
……彼女に自分はどう見えているのだろう。
とにかく、突っ立っている彼女に一歩近付く。
「他には? 何か問題はありますか?」
リルファーデ嬢が一歩下がって、壁にぶつかった。
「え、壁?!」と驚く彼女を見下ろす。
ある意味、彼女の元婚約者に感謝する。
婚約が破棄されたおかげでアルフリードは彼女に会えたし、迫っても、誰からも非難されることはない。
どちらも独り身だから何も問題はない。
彼女が視線を彷徨わせ、赤い顔を俯かせる。
……少しは期待してもいいのかな?
赤くなるということは、アルフリードを少なからず好意的に思っていると、そう思ってもいいのだろうか。
「しっ、仕事! 仕事を続けたいんです!!」
アルフリードは頷いた。
「ええ、続けていただいて構いません。辞められても紫水の一員として困るので、むしろ続けて欲しいくらいです」
彼女がハッと顔を上げる。
「続けていいんですか!?」
キラキラ輝く暗い紫の瞳にもう一度頷いた。
「もちろんです。それに、そうすれば仕事中でもあなたが見られるので私は嬉しいです」
彼女の赤かった顔が更に赤くなる。
……本当に元婚約者はもったいないことをしたよね。
明るくて、前向きで、素直で、確かに貴族らしさはないし、淑女と言うには元気過ぎるところはある。
騎士を三名もあっさり叩き伏せるくらい強い。
だがそれはアルフリードにとっては逆に長所であるし、自衛出来るというのは良いことだ。
強くて困ることなどない。
顔を赤くして慌てている彼女は可愛い。
小柄で、細身で、小動物みたいで。
「私はあなたが好きです」
爵位の差なんてどうにでもなる。
礼儀作法だって身につければ良いし、先ほど言った通り、無理に社交をする必要もないのだから気にすることはない。
体型については、アルフリードは小柄な彼女を可愛いと思っている。
騎士を叩きのめすほどの身体強化も素直に凄い。
宮廷魔法士だって、そこまで身体強化で体を強く出来る者は少ないだろう。
それは一種の才能に近い。
「重要なのは気持ちだと思いませんか? 私はあなたが好きで、あなたがもし私を好いてくれているなら、それで十分でしょう?」
彼女の口が何度か開閉して、何とか言葉を絞り出す。
「……ほ、保留で!! わたし、アルフリード様のことが好きかどうか分からないので保留でお願いします!!」
アルフリードはそれに頷いて身を引いた。
「分かりました。では好きになっていただけるようにこれから努力しますので、覚悟してください」
「……なんか文脈おかしくないですか?」
間違ってはいない。
嫌われていないなら、好かれる余地がある。
それが分かっただけでも今は良しとしよう。
床に落ちた箒を拾って差し出した。
「今更ですがミスタリア嬢と呼ばせていただいても?」
「え、ええ、構いませんが……」
「ではミスタリア嬢、よろしくお願いします」
* * * * *