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面接

 






「書類良し、髪良し、服装良し!」




 大分古くなった姿見の前で確認する。


 着ているドレスは出来るだけ落ち着いた色で、派手ではなく、どちらかと言えば結構地味なものだ。


 ハロルド様──いや、もう婚約破棄されたのだから名前呼びはやめよう──改め、イルンストン伯爵令息と別れた後、わたしはすぐに職業斡旋所に向かった。


 この王都にはそういった職を斡旋してくれる場所がいくつかあり、そこでわたしの条件に合う仕事を見つけてもらったのだ。


 いくつかあったが、そのうちの一つ、宮廷魔法士団の雑務としての仕事がかなりお給金が高くて、わたしは一も二もなく飛びついた。


 だって年に金貨二十枚なんて、破格の値段だ。


 どこかの貴族の家で働いたってそんなに貰えない。


 仕事内容については清掃などの雑務と言われたけれど、わたしは掃除は得意なのだ。


 この小さなタウンハウスを掃除しているのは領地から来たアニーとわたしで、掃除に関してはアニーからも「言うことなしですね」と評されるくらいである。


 仕事をすることで家のことは少々手が回らなくなってしまうが、弟イシルディンもメイドのアニーも、家令のヴァンスも、イルンストン伯爵令息に怒って、そしてわたしを心配してくれた。




「姉上は悪くない! あの不誠実な男が悪いんだよ! 許せない!」


「ええ、坊ちゃんの言う通りです!」


「ご結婚前で良うございました」




 家のことはアニーとヴァンスで上手くやってくれるとのことなので、わたしは仕事に専念出来そうだ。


 ちなみに王城に住み込みになるから、その分、わたしにかかる生活費はかなり削れるだろう。


 婚約破棄と仕事を理由にお茶会や夜会も断れば、ドレス代も浮くし、食事も王城で三食出るし、良いこと尽くめだ。


 ……しかも働けばお給金がもらえる!




「ごめん、姉上。僕も何か出来たらいいのに……」




 わたしが働くことをイシルディンは申し訳なく思っているようだけれど、わたしはずっとこれまで働きたかった。


 貴族のご令嬢は、刺繍だのお茶だの座って淑やかにしていることを求められて、わたしにはそれが結構苦痛だった。


 子供の頃から領地を駆け回って、領地の騎士達と剣を振り回して、平民の子達と一緒に農作業をする方がずっと楽しくて充実していた。


 でもイルンストン伯爵令息と婚約して、貴族の教養を身につけるためにそれらの殆どは叶わなくなった。


 そうして貴族のご令嬢として我慢してきた。


 だけど、もう我慢しなくていいのだ。


 これからは働いて、少しでも我が家のために頑張ろうと思える。


 領地のことは、父と同じく真面目で優しい叔父がきちんと切り盛りしてくれているし、イシルディンは十六歳になって成人したら領地の叔父の下で領地経営について学ぶことになる。


 わたしが住み込みで働けば、このタウンハウスは不要になり、売り払うことが出来る。


 ……お父様とお母様の思い出のあるここを売り払うのは寂しいけれど……。


 リルファーデ子爵家にはお金がない。




「イシル、落ち込まないで。あなたはきちんと勉強に励んで。いずれは領主様になるんだし。それにわたしは働くのが好きだから、ちっとも苦じゃないの」




 そうしてイシルディンとヴァンス、アニーに見送られて小さなタウンハウスを出る。


 面接と言っても不安はない。


 募集要項にわたしはピッタリ当てはまるし、もし落ちたとしても、それならそれで、王城のメイドや他の貴族のお屋敷で働くという選択肢もある。


 もしそれらがダメなら、最悪騎士になる道もある。


 危険が伴うのでイシルディンや叔父達には反対されるかもしれないが、騎士は給金がかなり良いので、それも候補に入っている。


 わたしは身体強化魔法が大得意なのだ。


 それ以外の魔法は全く使えないけれど。


 王城へ向かって歩いていく。


 辻馬車を使えば早いしラクだけれど、こういうところであまり無駄遣いはしたくない。


 それに歩く方が街の景色を楽しめる。


 面接の時間まではかなり余裕があるので、街の景色を楽しんだり、ちょっと露店を覗いたりしながら王城へ到着した。


 門のところで募集のチラシと書類を渡すと騎士の一人に中へ案内される。


 王城に入るのは初めてだった。


 思わずキョロキョロしてしまい、騎士に咳払いをされて、慌てて背筋を伸ばしてついて行く。


 そうして広い部屋に通された。


 部屋の中には驚いたことに、着飾ったご令嬢や貴族達が大勢いて、全員どこかの家の子息令嬢なのだと一目で分かる。


 入ってきたわたしを見て、全員が鼻で笑った。


 地味でチビな女が野暮ったいドレスで来た、と思われているのが手に取るように分かった。


 でも気にならなかった。


 仕事に受かれば恐らく使用人のお仕着せがあるだろうし、面接で、そんなゴテゴテに着飾ったところで意味はない。


 面接で大事なのは清潔さと誠実さだと思う。


 自分の権力を見せつけてゴリ押しする場ではない。


 部屋の隅で時間になるまで待つ。


 誰もわたしには話しかけず、他の人は知り合いだろう人達とお喋りして過ごしている。


 そうして三十分ほど経った頃に面接が始まった。


 どうやら来た順に呼ばれているらしい。


 五人ずつ呼ばれて、しばらく面接をして、出て来るけれど、殆どが意気消沈したり怒ったりしていて、どんな面接が行われているのか気になる。


 わたしの番が来るまで二時間もかかった。


 それだけ、この仕事は人気なのだろう。


 ……金貨二十枚だもんね。




「──……ミスタリア=リルファーデ子爵令嬢」


「はいっ」




 やっと呼ばれて椅子から立ち上がる。


 最後に呼ばれたようで、わたしを含めて五人の子息令嬢が隣室に招かれる。


 前のご令嬢やご子息達は然も当たり前のような顔で入って行ったが、普通、どこかの部屋に入る時には一言断りを入れるだろう。


 部屋の出入り口の前で立ち止まる。




「失礼します」




 それから室内へ立ち入った。


 他の子息令嬢には「なんだこいつ?」という顔をされた。


 並べられた椅子の端に立ち、浅く会釈をして、腰掛ける。


 ここで一言挨拶が出来れば良かったけど、面接官に話しかけられていないのにそこまでしては、図々しいと思われてしまうかもしれない。


 わたしが席に着くと面接は始まった。








* * * * *









 最後の面接で目立つご令嬢が来た。


 格好や見た目は地味で、これまで面接してきた子息令嬢の中では最も地味な格好であった。


 だが汚らしいとかみすぼらしいわけではない。


 シンプルだがきちんと手入れされた動きやすそうなドレスに、髪も邪魔にならないように綺麗に纏められ、その幼さの残る顔がよく見える。


 表情は明るく、ニコニコと笑っている。


 貴族の澄ました顔の中で目立っていた。




「最後にリルファーデ子爵令嬢にお聞きします」


「はいっ」




 琥珀の士団長の言葉に、ご令嬢にしてはやや元気な声が返事をする。




「この仕事は主に清掃となります。薬品で汚れたものを洗ったり、重たいものを運んだりもしますが、あなたにそれが出来ますか?」




 この質問は他の子息令嬢にもしてきたものだ。


 殆どの者達が「出来る」と口にしたけれど、それらが口先だけなのは見れば分かった。


 ゴテゴテと着飾ったドレスに装飾品、髪には派手な髪飾りをつけている者もいて、清掃なんてしたこともないだろう。


 だが銀灰色の髪の少女は嬉しそうに「はい!」と答えた。




「出来ます! わたしは毎日タウンハウスの掃除を手伝っていて、メイドにも褒めてもらえるほどです。床掃除も暖炉の掃除も埃払いも、片付けも出来ます。それに洗いものも出来ます。身体強化魔法を使えるので重たいものも簡単に運べます」




 少女の言葉に他の子息令嬢がクスクスと笑った。


 貴族が自分で家事を行うなど、家に余裕がないと暴露しているようなもので、それは貴族として恥ずかしいことだ。




「へえ、家でも掃除をしてるのかい?」




 紫水の士団長がおかしそうに問う。




「はい!」


「貴族が家のことを自分でしなければならないのは屈辱じゃない?」




 訊き難いことをズバリと言う。


 しかし少女の顔は全く陰らなかった。




「いいえ、全く。自分が使った場所や使ったものを綺麗にするのはとても気持ちがいいですし、次に使う時にも綺麗に使おうと思えます。自分のことを自分で出来て、悪いことなどないでしょう」




 そう言って彼女は楽しそうに笑った。




「人の下で働くことに忌避感はないのか?」




 紅玉の士団長が問う。




「はい、ありません。家のために、家族のために、そして自分のために働けるならむしろ嬉しいくらいです。自分で働き、自分で稼いだお金だからこそ、お金や物の大切さを実感出来て良い経験になると考えています」


「なるほど」




 少女の言葉は前向きで、明るく、本当に働くことを楽しみにしているのが伝わってくる。


 他の貴族の子息令嬢達とは毛色が違った。




「ご令嬢は結婚予定は?」


「ありません」




 紅玉の問いに少女はハキハキと答える。


 十八歳で結婚相手がいないというのは珍しいと言うほどではないが、貴族のご令嬢なら婚約者くらいいるだろう。




「婚約者はいないのか?」


「はい、おりません」


「貴族のご令嬢ならいてもおかしくない年齢だと思うんだが。結婚したくないのか?」




 長く働ける人材が欲しいのだ。


 急に結婚したので辞めますでは困る。


 しかし、だからと言って結婚出来ないような問題児を入れてしまって何か起こってもそれはそれで困るのだ。


 そこでようやく少女がちょっと困ったような顔をして、頬を掻いた。




「ええっと、実は昨日、婚約を破棄されました」




 これにはさすがに三人の士団長はギョッとした。




「何? 婚約破棄?」


「はい、わたしに女性としての魅力がないからだと元婚約者に言われました」


「……たったそれだけの理由で?」




 婚約や結婚というのは貴族の間では、家同士の契約であり、それが交わされた以上はよほどの理由がなければ破棄や解消されることはない。


 少なくとも、どちらかに明らかな瑕疵がなければ婚約を取りやめることなどない。


 女性的な魅力がないから破棄する。


 そんな馬鹿げた理由で婚約を破棄するなど、それこそ馬鹿げている。


 それが事実であれば、貴族の家同士の契約をなんだと思っているのだろうかと少女の元婚約者の頭を疑ってしまう。




「ちなみに元婚約者が浮気していた女性はわたしとは正反対の、それはもうボンキュッボンな見た目の方でした」




 ボン、キュッ、ボン、という言葉と共に少女が両手で女性の体のラインをなぞって見せた。


 普通の貴族のご令嬢であれば、婚約破棄などされたらショックで寝込んでしまうだろう。


 けれども目の前の少女は全く気にした様子もなく、あはは、と笑っている。




「あー、なんだ、大変そうだな」




 自分から訊いておいて紅玉の士団長は言葉に迷って、結果的に当たり障りのない言葉しか出てこなかった。


 少女はそれに目を瞬かせた。


 他の子息令嬢達は少女を馬鹿にした顔をしているが、少女は首を振った。




「いえ、婚約を破棄されたおかげで、これからは自分の好きなことを出来るので大変ではないです。でも、お気遣いありがとうございます」




 どこまでも前向きな言葉だった。





「ところで〜、この募集に惹かれた理由は?」




 紫水の士団長の言葉に彼女が一番の笑顔で言った。




「お給金が高くて、三食きちんと食べられて、住み込みだからです!」




 裏表なんて欠片もない。


 気持ちいいほど素直な少女だった。


 三人の士団長は顔を見合わせ、そして同時に吹き出した。


 膝の上で重ねられた手はよく見れば少し赤くなっており、本人の言う通り、普段から水仕事などをしているのだろう。


 欲しい人材はただの貴族の子息令嬢ではない。


 あの魔窟と呼ばれた紫水の区画を掃除出来て、魔法士達とも衝突せずに働ける人材なのだ。


 そういう意味ではこの少女は良いかもしれない。




「いつから働ける?」




 紅玉の士団長の問いに少女は言った。




「今すぐにでも!」










* * * * *










 最後に「失礼しました」と声をかけて部屋を出る。


 扉が閉まり、落ちた他の人達があれこれと文句を言いながら苛立った様子で足早に部屋を出て行く。


 残ったわたしは思わずガッツポーズをしてしまった。


 ……やったー! 受かった!!


 年に金貨二十枚、三食寝床付きの素晴らしい職場に受かったのだ。喜ばないはずがない。


 わたしの他にも数名部屋に残っている。


 わたし以外は全員男性だった。


 そうして少しすると、廊下の扉が開いた。


 そこには先ほどの部屋で会った面接官の三人が立っていた。


 一人はとても背が高くて体格も良く、燃えるような赤い髪に金の瞳の雄々しい中年の男性。


 一人は白髪に優しい緑の瞳をした、背筋がピンと伸びた老人。


 一人は金の瞳に長い紫の髪を緩く三つ編みにして、丸眼鏡をかけた若い男性。




「ここに残ったのは面接を通った者達だ」


「これから皆さんにお仕着せを支給し、それぞれに部屋を割り当てます。本日は書類にサインをして、準備をしていただき、三日後から仕事開始となります」




 赤い髪の男性と白髪の老人が言う。




「仕事は辞めたくなったらいつでも辞めて構わないからね〜」




 紫の髪の男性が緩く言った。


 全員がそれに首を傾げる。


 ……面接までして選んだのに、辞めたくなったら辞めていいって変わってるなあ。


 こんな給金払いの良い仕事はそうそうない。


 辞めるなんてありえない。


 そう思っていた。




「あ、そうだ、君達が掃除する場所はみんなから魔窟って呼ばれてるから、覚悟だけはしておいてね〜」




 ……どういうこと?


 横にいた男性が「え、あの魔窟?」と呆然と呟いていたのが印象的だった。







 

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