休日の過ごし方(2)
「露店も見てみましょう!」
わたしの言葉にアルフリード様が「ええ、そうしましょう」と頷いた。
貴族だと露店の物は庶民臭いと言う人も多いけれど、わたしは露店も見てみたかった。
アルフリード様は嫌な顔をせず、わたしの手を引いてゆっくりと歩き出す。
身長差があるのにわたしのペースに合わせてくれているようで、ちっとも歩くのがつらくない。
しかも前に立ってくれてるおかげで、わたしはアルフリード様に手を引かれるだけで、自然と人にぶつからずに歩けている。
大通りに出て、少し進めば噴水広場に辿り着く。
そこから脇へ曲がれば、露店がひしめく通りがある。
その分、人混みも凄くて、アルフリード様がキュッとわたしの手を握り直した。
確かめるように握られて少しドキリとする。
繋がった手は温かくて、それは多分わたしの体温であって、アルフリード様の少し冷たかった手はわたしの熱が移っていた。
「……人、多いな」
ぽつりとそんなアルフリード様の呟きがした。
振り返って「大丈夫ですか?」と問われる。
「わたしは大丈夫です。むしろ、街に出たんだなって感じがして、賑わいがあって楽しいです! アルフリード様は人混みは苦手ですか?」
「まあ、あまり得意ではありませんね」
言いながら、わたしの手をアルフリード様が引く。
強い力ではないが、自然と足が進む。
「ああ、ここはいかがですか?」
アルフリード様が立ち止まった。
その視線の先には装飾品を扱う露店があった。
女性用のネックレスから男性用のブレスレットなど、色々置いてあるらしい。
パッと見でも、どれもオシャレだ。
「わ、綺麗!」
店先に入れば、女性の店主がわたし達を見た。
「いらっしゃい、どうぞ好きなだけ見ていって」
変に押し売りしないところもいい。
置いてあるものはどれも貴金属のアクセサリーで、露店で販売するには少々お高そうに見える。
しかし値段を訊いてみるとどれも安かった。
「なんでこんなに安いんですか?」
女性の店主が笑った。
「ここにあるのはね、貴族様が身につける宝石をカットした時に余ったものなのさ。普通なら捨ててしまうけどね」
「そうなんですね、こんな綺麗なのにもったいない」
「ああ、だからうちで引き取って、加工して売ってるんだよ」
貴族が身につける宝石の余りということは、それだけ質は良いものなのだろう。
どれもキラキラしていて綺麗である。
ただ残念なことにカフスボタンはなかった。
「すみません、こちらを一つください」
アルフリード様が何かを手に取って店主に見せる。
店主が値段を言い、アルフリード様が支払いをすると、わたしを見た。
その手がわたしの頭に伸びる。
「……ああ、やっぱり」
スッと髪の隙間に何かが通る感覚がした。
「?」
手で触れると、小さな硬い感触がした。
……これは、花?
小さな花の形の髪飾りらしい。
見上げればアルフリード様が目を細めていた。
「一緒に出かけた記念に」
そこでやっと、アルフリード様がわたしのために髪飾りを買ってくれたのだと思い至った。
「えっ」
ビックリするわたしにアルフリード様が言う。
「青も似合いますね」
「いや、えっと、そんな、買っていただくなんて……」
慌てて抜き取ろうとしたら止められた。
「私からの贈り物は嫌ですか?」
その訊き方はずるい。
「嫌ではないです! 嬉しいです!」
「ではどうぞ使ってやってください。男の私が持っていてもどうしようもありませんから」
そう言われてしまえば断わりようがない。
家に帰ればいくらか装飾品はあるけれど、それらは殆ど亡くなった母のものなので少々古く、若いわたしには似合わないものが多かった。
それに装飾品はそれなりに値が張るので買う余裕もほぼなかったし、わたしも興味がなかった。
だからわたしは装飾品を身につけなかった。
…………でも。
「ありがとう、ございます……」
こうして身につけてみると気分が上がる。
アルフリード様が選んでくれた髪飾り。
……大事にしよう。
その露店を離れ、それからいくつかの店を回ったけれど、露店でカフスボタンを扱っているお店はなかった。
平民はそもそもカフスボタンをつけない。
貴族はそれぞれの家や個人御用達のお店で購入するから、こういう露店で扱っても、売れないのだろう。
扱っていないのはそういう理由なのかもしれない。
その後は大通りに戻って、きちんとしたお店を見て回ることにした。
わたしもアルフリード様も地味な服装なので、あまり高級なお店ではなく、そこそこの値段のものを扱うお店に入る。
「いらっしゃいませ」
店員が出迎えてくれる。
「どのようなものをお探しでしょうか?」
「カフスボタンを購入したい」
アルフリード様が言い、店員が「カフスボタンでしたらこちらでございます」と店の中を案内してくれた。
店の一角に置かれたショーケースの中に、色々な形と色のカフスボタンが並べてある。
わたし達を案内した後は店員は静かに下がった。
わたしがショーケースを覗き込むと、アルフリード様もわたしの横から中を見た。
「沢山あって迷いますね!」
「そうですね」
カフスボタンは複数の宝石を使用したものから、一粒の宝石を使用したもの、宝石なしの貴金属のものなど色々ある。
形も丸かったり四角かったり、形の種類もおおい。
つい、アルフリード様を見上げた。
アルフリード様が小首を傾げてわたしを見下ろす。
……アルフリード様に似合いそうなもの……。
どれも綺麗で、きっとオシャレなのだろう。
でも、どれも何故だかアルフリード様にしっくりこない。
実際の金髪に青い瞳のアルフリード様は物凄くキラキラしているので、派手なものだと下品な気がした。
大粒や宝石沢山よりも、むしろシンプルなものの方が上品な感じがする。
アルフリード様が普段使っているカフスボタンも、あえて不透明な緑色の宝石に金を使ったシンプルなものだ。
……うーん、元が金髪だから金の方が合うよね。
しかし、金を台座に使っているものはどれも派手で、普段使いと言うよりかは、夜会など華やかな場所での方が良さそうな感じがする。
「うーん……」
首を捻って考えていれば、アルフリード様がわたしとショーケースとを交互に見て、顔を近付けてきた。
「気になるものはありましたか?」
「……それがなくって」
小声で問われてつい小声で返す。
アルフリード様が振り返った。
「カフスボタンはここにあるので全てですか?」
「はい、こちらに並んでいるものが当店で扱っておりますカフスボタンになります」
「そうですか」
アルフリード様が少し考える仕草をした後、わたしの手を引いた。
「どうやらここには私達の探しているものはないようです」
アルフリード様がそう言うと、店員は嫌な顔一つせず「ご期待に添えず申し訳ありません」と答えた。
そうして店員は店の出入り口までわたし達を見送ってくれた。
外に出て、わたしは少しだけ安堵した。
装飾店というのは高価なものが多いので、どうしたって気を張ってしまう。
「あの店の品はどうでしたか?」
アルフリード様に訊かれて正直に答えた。
「えっと、ちょっと派手過ぎる気がします。ああいうのは夜会とかでつけるものだと思います」
「確かに。あれくらい宝石を使用していると普段使いには少々目立つかもしれませんね」
ふむ、とアルフリード様が視線を落とす。
考え込んでしまいそうだったので、わたしはアルフリード様に慌てて声をかけた。
「あの、とりあえずお店の様子を見て、良さそうな場所だったら入ってみませんか? せっかくですから、アルフリード様のお気に召すお店を見つけましょう!」
アルフリード様が顔を上げて頷いた。
「私の気に入った店……」
「そうです! さあ、行きましょう!」
今度はわたしが手を引いて歩き出す。
アルフリード様は素直について来てくれた。
それからわたし達はいくつもの店を見て回り、中に入ったり、時には服装を見て追い出されたりすることもあったけれど、思いの外、楽しかった。
服装でお断りされた時はアルフリード様の目が冷たくその店を見ていたので、恐らく二度とリュディガー公爵家はその店を使わないだろうなと思った。
あと、アルフリード様は本当に自分の身に着けるカフスボタンについて好みはないらしく「どういうものが好きですか?」と訊いても「特に好みはないです」と返されて困ったりもした。
わたしの独断と偏見で選べということだ。
アルフリード様のカフスボタンを購入したのは、六つ目の店だった。
シンプルで上品なものを中心に扱っているお店で、年嵩の人が使うような落ち着いたものが多い。
でも、わたしはお店の中に入った瞬間「ここだ!」と思った。
アルフリード様は外見が華やかだから、落ち着いたものの方がバランスが取れる気がする。
幸い、そのお店はカフスボタンも扱っていて、ショーケースに並べられたそれを二人で見た。
「アルフリード様が使うなら、金のものが良さそうですよね。それに色も原色の方が似合いそう」
ショーケースに手を翳してもらい、肌の色と身につけた時のイメージを合わせていく。
その結果、宝石は寒色系が良いということが分かった。
目の色に合わせて青が一番似合うが、緑や紫も合うし、暗い色もわりと合う。
「わたしはこの二つが良いなと思うんですけど」
金の台座に不透明の水色の宝石がはまっているものと、紫の宝石がはまっているもの。
水色の宝石は白のマーブル模様になっていて、なんだか空みたいで綺麗である。
紫の方は、アルフリード様が紫水に所属するから紫という安直なわたしの発想からである。
アルフリード様が頷いた。
「ではこの二つを買います」
「ええ、即決?! いいんですか、つけて確かめてみるとか、アルフリード様の好みとか……」
「私は特にこだわりはありません」
アルフリード様は店員に声をかけて、ショーケースからその二つのカフスボタンを出してもらうと包んでくれるように頼んでしまった。
「選んでくださり、ありがとうございます。さっそく明日から使いますね」
と、言う。
……本当にこだわりがないんだなあ。
ある意味すごいなと思っていると、アルフリード様がショーケースを覗き込んだ。
「弟さんはどのような外見ですか?」
「わたしに似ています。でも、わたしより目と髪の色は淡いですね」
「なるほど」
アルフリード様がしばしわたしを見た後、ショーケースの中のカフスボタンを見た。
かなり考えてくれているようで真剣な表情だ。
わたしも一緒になってショーケースを覗き込む。
イシルディンの髪色を思うと銀系がいいと思う。
わたしと似た色合いなので金色はあまり似合わない。
むしろ合う色合いの方が少ないかもしれない。
「台座は銀系がいいですよね」
アルフリード様が頷いた。
「ええ、髪色に合わせると金はあまり合わないですね。色も明るい色より落ち着いた色の方がいいと思います。弟さんの年齢は?」
「もうすぐ十五歳になります」
「まだ成人前なんですね」
それに「はい」と返す。
「では大人っぽい雰囲気の方がいいでしょう。それくらいの年齢は背伸びをしたい頃合いですから」
アルフリード様の言葉にふと疑問を感じた。
「アルフリード様も、それくらいの時は背伸びをしたかったんですか?」
わたしの問いにアルフリード様が目を伏せた。
「どうでしょう。私はそれまでは病弱だったので長いこと邸の中だけで暮らしていましたが……。言われてみれば、兄の真似をよくしていましたね。もしかしたらそれが私なりの背伸びだったのかもしれません」
十五歳くらいのアルフリード様を想像してみる。
今よりも顔つきは幼くて、表情は──……どうだろう、今と同じであまり感情的ではないかもしれない。背は少し低かった可能性がある。金髪に青い瞳で、病弱だったなら色白の美少年だっただろう。
お兄さんがどんな人かは知らないけれど、きっと、兄弟仲はそんなに悪くはない。
……イシルディンみたいな感じかな?
イシルディンよりかは多分もっと大人びて、淡々としていそう。
「その頃のアルフリード様を見てみたいですね!」
……可愛いかな? 格好良いのかな?
どちらにしても見目は良いだろう。
「今度、我が家に見に来ますか?」
「またまたご冗談を〜」
あっさり言われて、冗談かと思った。
「私は冗談は言いませんよ」
そう返されて「え?」と目を瞬かせたわたしを他所に、アルフリード様が「これなんてどうでしょうか?」とカフスボタンを指差す。
釣られて視線を落とせば、銀の台座に紫の宝石がはまっている。
よく見ると宝石が特殊なカットをしてあるようで、見る向きが変わる度にキラキラと輝いて見える。
「綺麗〜!」
形は四角で、銀の台座は植物をモチーフにしてあり、シンプルだけどオシャレだ。
アルフリード様が横で言う。
「あなたの目も、近くで見るとこんな風にキラキラしていますよ。銀粉をまぶしたみたいに」
「そうなんですか?」
横を見上げれば、アルフリード様と目が合った。
「ええ、とても綺麗な目をしています。きっと弟さんの瞳も同じように綺麗なのでしょうね」
言われて、確かにイシルディンの瞳は銀粉をまぶしたみたいに光が入ると輝いていたことを思い出す。
……わたしの目もそうなんだ。
自分の顔は鏡でよく見るが、目をじっくりと見たことはないので気付かなかった。
しかしそうだとしたら嬉しい。
そのカフスボタンを買ったのは言うまでもない。
包んでもらったそれをわたしは受け取り、お金を支払ったが、とても綺麗なものなのに予想以上にお手頃な価格で、良い買い物が出来た。
アルフリード様も、わたしも、お目当てのものが買えたので良かった。
大分店を回ったので日も傾いており、わたし達は元来た道を二人で辿って馬車まで戻り、そしてまた馬車に揺られて王城へ帰った。
……カフスボタンは明日、仕事が終わってから渡しに帰ろう。
こういうものは早く渡すに限る。
「今日はありがとうございました!」
おかげでイシルディンの誕生日プレゼントが無事買えた。
アルフリード様が目を細める。
「こちらこそ、素敵なカフスボタンを選んでくださり、ありがとうございます」
そう言ったアルフリード様はどこか嬉しそうな感じがして、喜んでもらえたと分かってわたしも嬉しかった。




