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休日の過ごし方(1)

 






 翌日、朝早くに目が覚めた。


 午後が楽しみで自然に起きてしまったらしい。


 ベッドから起き上がる。


 ……アルフリード様とお出かけ!


 街に出て、アルフリード様のカフスボタンを買いに行く予定だ。


 イシルディンの誕生日も近いから、一緒に弟のカフスボタンも買おうかなと考えている。


 もう十五歳になるのでいつまでも子供っぽいものを贈るわけにはいかないし、実用的なものの方がいい。


 同じ男性のアルフリード様の意見も聞けるし、わたしからしてもありがたい申し出だった。


 ……そうだ、着ていく服を出しておこう!


 ベッドから出てクローゼットを開ける。


 家から持ってきた服はどれも地味なものが多い。


 イルンストン伯爵子息に「派手なものを着るなんて恥ずかしい」と言われてから、地味で暗い色合いのものばかり着ていたからだ。


 その中から一番マシな服を選ぶ。


 淡い紫色のワンピースドレスだ。


 あまりフリルやレース、リボンも多くないシンプルなものだから動きやすい。


 靴も同色のもので、同じ色のリボンで髪を纏めればいいだろう。


 ……うーん、地味だなあ。


 そうは思うものの、自分の持っているものは大体地味だから仕方がない。


 服にこだわりはないため、着られる以上は着るし、そこまで目立ちたいという気持ちもないから、新しく買う気も起きない。


 そもそもドレスなどを何着も買う余裕もない。




「まあ、いっか」




 見苦しくない程度の装いが出来れば大丈夫だ。


 …………多分。


 それから顔を洗って、お仕着せに着替える。


 髪を結っておかしなところがないか確認し、ハンカチなどを持って部屋を出た。




「よし、半日頑張ろう!」




 ……午後はお休みだ!










* * * * *










「おはようございます!」




 後ろからかけられた声にナサニエル=メルディエルは振り返った。


 銀灰色の髪に暗い紫の瞳の、見慣れた人物が駆け寄ってくる。




「おはよう、ミスリルちゃん」




 駆け寄ってきたのは一ヶ月ほど前から紫水の清掃要員として働き始めたミスタリア=リルファーデ子爵令嬢である。


 本人は知らない──と言うより、あまり気にしていないようだ──が、彼女は現在、この王城内では密かに話題の人となっている。


 魔窟と呼ばれた紫水を掃除して綺麗にしたこともそうだが、襲われて騎士三名を叩きのめしたこと、そして婚約破棄されていることから、良くも悪くも話題に上がってしまうらしい。


 その『ミスリル』という愛称も広まっている。


 中には彼女を悪く言う者もいるが、襲われた彼女は被害者であり、抵抗するのは当然のことである。


 婚約破棄についても有責は元婚約者の方であると、公になっている。


 この独特な銀灰色の髪を見れば、大体の人間が「噂のミスリル令嬢だ」と気付くくらいには、彼女は有名だった。




「なんだか今日はご機嫌だね〜」




 基本的に彼女はいつも笑顔だ。


 だが愛想笑いではなく、いつも楽しげなのだ。




「今日は午後はお休みなんですけど、アルフリード様と街にお買い物に出かけるんです。それが楽しみで早起きしちゃいました!」




 ニコニコする彼女は本当に嬉しそうだ。




「そういえば、昨日アルフリード君が休暇申請を出してたっけ。休めって言ってもなかなか休まない子だから珍しいと思ったんだ〜」




 しかしナサニエルは納得していた。


 副士団長のアルフリード=リュディガーは常に仕事ばかりしていて、人との付き合いや社交なども一切行っていないようだった。


 いつ見ても一人でいるような人物なのだ。


 だが、そのアルフリードが最近はこのリルファーデ子爵令嬢と一緒にいるところをよく見かけるようになった。


 どうやら、ナサニエル達がいない時でも一緒に昼食を摂っているようで、アルフリードにしては非常に珍しく彼女のことを気にかけている。


 ……アルフリード君にも春が来たかな〜。


 美しい青い瞳が彼女を追いかけるのを見る度に、ナサニエルは微笑ましい気持ちになった。




「そうだ、士団長様ならアルフリード様にどんな色が似合うと思いますか? 買いに行く物を選んで欲しいって言われたんですけど、わたしはあんまりセンスが良くないので参考までに教えていただきたいです」




 そう問われてナサニエルは考えた。


 一緒に買い物に行くということは、アルフリードはリルファーデ子爵令嬢に選んで欲しいのだろう。


 ここでナサニエルがあれこれ言ってしまうと、彼女はその言葉通りに選んでしまうかもしれない。




「うーん、ミスリルちゃんがアルフリード君に似合うと思ったものが一番いいんじゃないかな〜?」




 人付き合いの苦手なアルフリードと、恋愛ごとに疎そうなリルファーデ子爵令嬢。


 なかなか進展しなさそうな二人だと思っていたが、一緒に出かけられるくらいには親しくなれたようだ。




「ところで何を買いに行くの〜?」


「カフスボタンです。アルフリード様のボタンが古くなってきたから新しいのを買いに行くんです。あと弟がもうすぐ誕生日なので、わたしも弟にカフスボタンを贈ろうかと思いまして」


「そっか、いいのが見つかるといいね〜」




 それから二人の仲が更に深まればいい。


 リルファーデ子爵令嬢は地味だと評されることが多いけれど、それは控えめな装いのせいであって、彼女自身が地味というわけではない。


 光沢があり、滑らかな鋼鉄を思わせる不思議な銀灰色の髪は人目を引くし、暗い紫の瞳はよくよく見ると銀粉をまぶしたように輝いている。


 色白で、小柄で、細身で、人形みたいな可愛らしさがある。


 それにいつも笑顔なので親しみやすい。


 少々活発すぎるのは貴族のご令嬢としては変わっているとも言えるが、いつも明るく笑顔で愛嬌もある。


 彼女と直に接したことのある者は、彼女を地味だとは思わない。




「アルフリード様の分も、弟の分も、素敵なボタンを見つけてみせます! お出かけのためにも午前中のお仕事頑張ります!」




 そう言って明るく笑うので、ナサニエルも釣られて笑顔になる。




「うん、掃除をよろしくね〜」




 彼女がいるだけで雰囲気が明るい。


 アルフリードも彼女のこういうところに惹かれたのだろう、とナサニエルは思う。


 かく言うナサニエルもリルファーデ子爵令嬢の、この裏表のない素直さを好意的に感じていた。










* * * * *











 午前中の仕事が終わり、お昼の休憩時間になる。


 何とか担当の部屋と廊下などの掃除を手早く済ませ、掃除道具を片付けて戻れば、士団長様の部屋の前でアルフリード様が待っていた。




「あれ、士団長様達はいらっしゃらないんですか?」




 いつも四人で食事をしているので珍しい。




「本日は士団長同士の会食がありますので。ウェルツ副士団長はまだ会議が長引いているようです」




 と、言うことは今日も二人で食べるようだ。


「時間もありますから我々は先に済ませましょう」と言われて、頷き、一緒に食堂へ向かう。


 昼時なので食堂はそれなりに混んでいたが、食事を受け取って、何とか席を確保して二人で座る。


 そうして向かい合って食事を始めた。




「午後の件ですが、我が家の馬車で移動したいと思うのですがいかがですか?」




 アルフリード様に言われて目を瞬かせた。




「我が家、と言うとリュディガー公爵家の馬車ですか?!」


「ええ、そうです。……お嫌でしょうか?」




 聞き返されて首を振る。




「いいえ、我が家には馬車がないので、むしろありがたいです。それに公爵家の馬車なんてそう乗る機会もありませんし!」




 ……きっと綺麗な馬車なんだろうなあ。


 公爵家の使う馬車だから、辻馬車なんかとは違って外装も内装も綺麗で、しっかりとした造りなのだと思う。


 アルフリード様が少し眉を下げた。




「私と出かけるのは今回限り、ということでしょうか?」




 どこか悲しげな表情に見えて、慌てて手を振った。




「あ、いえ、そうではなくて! わたしは子爵家ですし、その、えっと、あんまり何度も一緒に出かけたら、変な噂も立ってしまいますし……。そうなればアルフリード様の迷惑になりませんか?」




 一度ならともかく、何度も男女が二人で出かければ、当然良くない噂が立つ。


 貴族というのはそういうのに敏感だから。


 特にわたしは一度婚約破棄されてしまっている。


 アルフリード様と一緒にいることで、周りが勘違いして迷惑をかけることは避けたい。


 それでアルフリード様が嫌な思いをするのは嬉しくない。


 ……それに子爵令嬢わたしじゃ相応しくない。




「迷惑ではありませんよ」




 ふ、と青い瞳が細められた。


 ……え、笑った?


 驚いてまじまじと見てしまう。




「では、食後に準備を整えたら私の研究部屋まで来ていただけますか?」


「あ、はい、分かりました……?」




 そのまま二人で手早く食事を終え、食堂を出て別れる。


 使用人棟へ向かいながら考える。


 ……迷惑じゃないって、どういう意味なんだろう。


 あそこで否定されるとは思わず驚いた。


 だけど同時に嬉しいとも思ってしまう。


 ……アルフリード様も、わたしと出かけるのを楽しみにしてくれているのかな?


 そうだとしたら少し嬉しい。








* * * * *









「よし、準備完了!」




 淡い紫のドレスに着替えて、髪も邪魔にならない程度に纏めてリボンで結ってある。


 忘れ物がないかもう一度確認する。


 ……うん、大丈夫!


 それから部屋を出て紫水の区画へ向かう。


 途中で何人かの紫水の人達に会って、挨拶をしつつ、アルフリード様の研究部屋へ到着した。


 扉を叩けばすぐに開かれる。


 中から出て来たアルフリード様はシンプルなシャツとズボンに、あまり目立たなさそうな無地のローブを羽織っていた。


 アルフリード様がわたしを見下ろす。




「紫のドレス、よくお似合いですね」


「ありがとうございます」




 アルフリード様の言葉を笑って受け流す。


 貴族にとってはこれくらいは社交辞令である。




「裏に馬車を待たせてありますので、行きましょうか」




 差し出された手とアルフリード様の顔を交互に見てしまう。




「本日は僭越ながら私がエスコートさせていただきます。とは言いましても、私もあまり街に出ないので、一緒に見物がてら楽しみませんか?」




 相変わらず表情はほぼ無だけれど、柔らかな雰囲気を感じるので、アルフリード様の言葉に嘘はないのだろう。


 そっとアルフリード様の手に自分の手を乗せる。


 ……うわ、アルフリード様の手、大きい!


 前にも思ったけれど、改めて見ても、アルフリード様の手はわたしよりも大きくて、男性なのだなと実感する。




「よろしくお願いします!」




 アルフリード様が目元を和らげた。




「はい、こちらこそ」




 そうしてアルフリード様のエスコートを受けながら紫水の区画を出て、王城の東側にある比較的目立たない門の方へ出た。


 そこにはアルフリード様が言っていた通り、馬車が一台停まっていた。


 御者はわたし達を見ると恭しく頭を下げてから、扉を開けてくれて、アルフリード様の手を借りて馬車に乗る。


 誰かの手を借りて馬車に乗ったのは久しぶりだった。


 公爵家の馬車は想像通り綺麗だったが、意外なことにシンプルな造りであった。




「思ったよりも装飾が控えめなんですね」




 ……あ、でも座席はすっごいフカフカだ!


 思わず座席の上で体を揺らしていると、向かい側に座ったアルフリード様が頷いた。




「私はあまり派手なのは好きではありませんから。家族が使っているものはもっと豪華ですよ」


「そうなんですね」




 でもこれくらいの方が気を張らなくていい。




「もっと豪華な方に乗りたかったですか?」




 アルフリード様に問われて首を振る。




「いえ、綺麗過ぎると逆に落ち着かないので、これくらいの方が乗りやすいです。それに座席がすごくフカフカで、これだけでも十分嬉しいです!」


「それなら良かったです」




 わたしが座席の上でちょっと跳ねてみても、アルフリード様は怒らなかった。


 一応、カーテンがかけてあるけれど、完全な目隠しというほどでもなくて、小さく揺れながら後ろへ流れていく車窓を眺める。




「中央の噴水広場近くで降りて、大通りの装飾店を見て買う店を決めようと思うのですが、どうでしょう?」




 アルフリード様の提案に頷き返す。




「いいですね、色んなお店を見て回った方がより似合うものが見つかるかもしれませんし」




 ここで公爵家御用達の装飾店に、と言われなくてホッとする。


 アルフリード様のカフスボタンはそこで買えるだろうけれど、子爵家の、それもさほど金銭的余裕のないわたしでは、そんなところで扱っているものは手が届かない。


 ……きっと配慮してくれたんだ。




「いいカフスボタン、絶対に見つけましょう!」




 アルフリード様の分も、弟の分も。




「そうですね」




 頷いたアルフリード様が目を細めている。


 表情はほぼ変わっていないけれど、やっぱり、アルフリード様は目は口ほどに物を言うタイプだ。


 だって、どこかその目が楽しげなのだ。


 わたしとのお出かけを楽しんでくれている。


 それが何より嬉しかった。


 しばらく他愛のない話をしながら馬車に揺られていると、車窓の人通りが多くなっていく。


 中央区はいつも賑わっているので、そろそろその辺りに入ったようだ。


 馬車は大通りから脇道へ逸れて人気の少ないところで停まった。


 降りる前にアルフリード様が指輪をはめる。


 すると、アルフリード様の髪が柔らかな茶に、瞳もくすんだ暗い青に変化した。




「これなら目立たないですから」




 なるほど、と思って見たけれど、アルフリード様の顔を見て、思い直す。


 ……色は変わっても、素の顔が凄くいいからなあ。


 たとえ地味な色味になったとしても、イケメンなので、きっと目立つだろう。


 馬車から降りたアルフリード様に手を差し出される。


 その手を取って、わたしも馬車を降りた。




「さあ、まずは通りの店に行ってみましょう」




 でもアルフリード様は気付いてなさそうなので、イケメンは目立つということについては黙っておくことにした。



 

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[気になる点] 1話目でそれなりに日焼けしていると有りましたが、魔法士団で働く内に色白になったんですか?
[良い点]  初めてのデートで出来るだけのオシャレを頑張るミスタリア(〃´ω`〃)  なお、本人は気付いていない模様(*´艸`*) [一言]  陰ながらリュディガー公爵家の護衛が見守っていて、後程…
[一言] (´∀`*)ウフフ。デートだー! デート先のお店の店員さんになりたい。 (,,•﹏•,,)ウズウズ(。>﹏<。) カフスボタンは、建前でデートしたいんですよね。 アルフリード様。(´∀`*)…
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