反撃
ニヤニヤと笑いながらわたしの手を掴む騎士。
他の騎士二人もわたしを囲むように近付いて来る。
そしてそれをおかしそうにクスクスと笑いながら見ているご令嬢達。
……なんだか手慣れてるなあ。
躊躇いを感じさせないそれらに、きっとこういうことをしたのが初めてではないのだろうと見当がつく。
腕を掴んだ騎士が口角を一層引き上げる。
「怖くて声も出ないか? まあ、こんな人気のないところじゃあ、叫んだところで誰も来ないけどな」
もう片手がわたしの顎に伸びる。
「わたしを襲うつもりですか?」
伸びた手が止まった。
騎士達が顔を見合わせて笑う。
「なんだ、自分の状況も分からない馬鹿か!」
「ああ、そうだよ、俺達は彼女達に頼まれたんだ」
「あんたを傷物にしてってな」
どうやらこの人達は勘違いをしているようだ。
ぺらぺらと素直に話してくれて助かる。
「そうですか、では正当防衛になりますね」
わたしの腕を掴んでいる騎士の腕を掴む。
「は?」
掴まれて驚く騎士の腕を引っ張った。
身体強化で握力も腕力も上がったわたしに騎士はあっさりと引っ張られて、こちらに体勢を崩す。
引っ張りながら、その腕を肩にかけるようにして、相手へ背を向ける。
「とりゃあっ!」
腕を掴んだ騎士を背負い、腕を掴んだまま前へ腰を折るように背負い投げた。
身体強化したわたしにとっては成人男性一人を投げ飛ばすくらい、軽いものである。
投げ飛ばした先にいた別の騎士に、投げ飛ばした騎士がぶつかって、二人分の悲鳴が響く。
残った一人は突然の出来事に驚いていた。
わたしは足元に落としたモップを足で蹴り上げ、モップの柄を掴むと、驚きで硬直しているその騎士の頭へモップを向ける。
「な、」
慌てて騎士が反応したけれどもう遅い。
わたしの振り下ろすモップの方が早かった。
ガツンと良い音がする。
騎士がその勢いと衝撃で尻餅をつく。
同時に背後で二人の騎士が地面へ倒れる音がする。
……うん、まだ腕は鈍ってないみたい!
「さて、どうしましょうか?」
モップ片手に振り向けば、ご令嬢達が呆然とした様子でわたしを見ていた。
「この野郎っ!!」
投げ飛ばした騎士を受けてしまった騎士が、その下から這い出して掴みかかってくる。
それをくるりと避けつつ、その勢いを使ってモップの柄でその体を横から叩く。
見た目は軽い動作だが身体強化したわたしの一撃はかなり重いので、脇腹に直撃した騎士は簡単にバランスを崩して横に倒れ込んだ。
「わたしは女なので野郎ではありません!」
モップを地面につき、片手を腰に当てて言う。
「な、なんなのあなた……!」
一番派手な女の子が震える声で言う。
それにわたしは胸を張った。
「折れない欠けないヘコまない! 打たれ強さは世界一! ミスタリア=リルファーデ、略してミスリルです!!」
背後で動く気配がしたので咄嗟にモップを突きつければ、最初に投げた騎士だった。
先端は丸いと言っても、首元に突きつけられればさすがの騎士でも固まった。
……さて、本当にどうしよう?
そんなことを考えていると複数の足音が聞こえてきて、垣根の間から見慣れたローブの人達が現れた。
「そこまでです!」
焦った様子で走って来たのはアルフリード様を含めた紫水の魔法士団の人達である。
アルフリード様の言葉に思わず突きつけていたモップの柄を下げた。
騎士が慌てて後ろへ這いずった。
「た、助けてくれ! この女が突然襲って来たんだ! この女を捕らえるべきだ!!」
後ろに逃げつつ指差される。
……ええ?
襲っておいてそれはないだろう。
魔法士の一人が怒った顔で何かを取り出した。
「嘘を言うな! お前達がしていたことは全て記録してある! 捕らえられるべきはお前達の方だ!」
そこには六角形の小さな箱みたいなものがあり、そこから上へ逆円錐型に映像が現れた。
そこにはわたしを罵倒するご令嬢達と、それをニヤニヤしながら眺めている騎士達が映っていた。
「これでも違うと言うのか!」
それを見て、騎士達が一瞬怯んだ。
だが、後退りした騎士が口を開く。
「俺達はあそこにいるご令嬢達に言われただけだ! そこの女を襲えってな!」
…………はあ……?
アルフリード様が呆れた顔をする。
「それで?」
「え?」
「ですから、だから何だと言うのですか? そこのご令嬢達に頼まれたのだとしても断れば良い話ではありませんか。あなた、エングリーヴ公爵家の人間でしょう? 見る限り、彼女達より身分も上ですし、断ることくらい出来たはずですが」
アルフリード様に手招きされて、モップ片手にアルフリード様の側に寄る。
チラ、と青い瞳がわたしを見た。
素早く全身を確認される。
「そうしなかった時点でそこのご令嬢達と同罪ですよ。……それにしても、騎士が三人がかりでメイドに負けるなんて、少々予想外でしたが、良かったです」
アルフリード様の言葉に三人の騎士の顔が赤くなる。
バタバタとまた足音がして、他の騎士達が数名やって来た。
「そこの騎士達とご令嬢方を捕らえてください。こちらにいる女性を複数人で襲い、傷物にしようとしたのです。王城内での犯罪、それも貴族に関わるものは国王陛下の裁きを受ける必要があります」
アルフリード様の言葉に騎士達が鋭く返事をして、地面に座り込んだり倒れたりしている騎士達と、何やら言い訳をしているご令嬢達を引っ立てていく。
魔法士の一人が魔道具を騎士に渡していた。
事情を聞きたいと騎士の一人に声をかけられた。
「彼女の事情聴取は女性騎士にお願いします」
「はっ!」
目が合ったアルフリード様が一瞬止まった。
それからわたしの背をそっと押して、その場を離れるように促される。
「さあ、落ち着ける場所へ移動しましょう。私もついておりますので大丈夫ですよ」
どうやらかなり気を遣ってくれてるようだ。
わたしはニコッと笑ってみせる。
「アルフリード様、わたしは何ともありませんよ。お仕事に戻ってください。わたしも聴取が終わったら仕事に戻りますから」
「いいえ、いけません。こんなことがあったのですから、一人にはさせられません。それにあなたは今日はもう休みです」
強くはないけれど、有無を言わさぬ様子で背中を押されて、庭から建物の中へと戻った。
来てくれた魔法士の皆さんにお礼を言うと逆に心配されてしまったが、わたしは本当に平気だったので、笑顔で頷いておいた。
それから、騎士に先導されてアルフリード様と一緒に事情聴取用の部屋へ行った。
初めて入ったが予想よりも広くて綺麗で、確かに落ち着ける場所である。
「確認しますが、怪我はありませんね?」
騎士が出て行ったタイミングで訊かれる。
「はい、腕以外触られていませんので!」
「その腕は痛くないですか?」
「身体強化をかけていたので何ともないです!」
袖を捲って腕を見せれば、そこでようやくアルフリード様がホッとした表情をする。
「申し訳ありません、リルファーデ嬢には我々のせいで大変な思いをさせてしまい……」
それにわたしは首を振る。
「アルフリード様も、紫水の皆様も悪くありません。それにアルフリード様達は駆けつけてくださったじゃないですか」
アルフリード様が困った顔をした。
「もしかして『自分達が来るのは遅かった〜』とか思ってませんか?」
「……事実でしょう?」
「いいえ、全っ然事実じゃありません! むしろナイスタイミングでした! あれ以上はどうするべきかわたしも分からなかったので助かりました!」
グッと親指を立ててみせる。
するとアルフリード様は目を丸くして、そして、青い瞳がふっと和らいだ。
「リルファーデ嬢は強いですね」
それにわたしは腕を上げて力こぶを作った。
「ミスリルですから!」
そんなことを話していると、部屋の扉が叩かれて、女性の騎士が入って来る。
……そうだ、事情聴取があるんだった。
こういうのは初めてなので緊張する。
それに気付いたのか、女性騎士が微笑んだ。
「ここで聞いたことは外部に漏らすことはありません。何があったか、ゆっくりで構いませんのでお聞かせいただけますか?」
女性騎士の優しげだけど格好良い姿に思わず、うぐ、と変な声が漏れた。
……女性騎士様、カッコイイ……!
つい胸を両手で押さえたわたしに女性騎士とアルフリード様が不思議そうな顔をした。
* * * * *
はきはきとした様子で女性騎士に事の次第を説明するリルファーデ嬢を見て、内心で安堵する。
本人が言う通り、どうやらこの件で傷付いてはいないようだ。
……本当に強い子だな。
先ほどのことを思い出す。
本当は僕達はリルファーデ嬢が腕を掴まれた時には、もうあの場に到着していた。
でも決定的な瞬間がなければ罪に問えない。
だから、出る機会を窺っていた。
しかし僕達が出る必要などなかった。
リルファーデ嬢の魔力が小さくなったかと思いきや、彼女が軽々と腕を掴んだ騎士を投げ飛ばしたからだ。
驚く間もなく、彼女はあっという間に三人の騎士を叩きのめしてしまった。
しかもあの口上を高らかと口にした。
……折れない欠けないヘコまない、か。
今回の強さを見る限り、彼女は精神面でも肉体面でも本当に強靭なのだろう。
……もしかしたら、彼女なら……。
そう思ってしまうのは僕の希望からくるものなのか。
「……三名の騎士を叩きのめしたのですか?」
これには女性騎士も驚いていた。
「はい! こう、とりゃーっと投げて、てぇいとモップで頭を殴って、掴みかかって来た騎士をぐるんってモップで横から叩きました!」
妙に擬音語たっぷりの説明と、体の動きを混ぜて、リルファーデ嬢が上半身だけでその様子を再現してみせている。
こう言ってはなんだが、とても騎士三名を一瞬で叩き伏せた人物にはとても思えない。
どちらかと言うと小柄で小動物みたいな見た目なので、体を使って一生懸命説明している様はちょっと可愛いような気がする。
女性騎士が「そうなのですね」と微笑んでいる。
掃除をしている姿を見ても思ったが、小さな体で忙しなく動く彼女は小動物を思わせる。
しかも本人は一生懸命なのだ。
せっせと動く姿はつい目が追ってしまう。
彼女の説明はきちんと順序立てられていて、分かりやすかったが、騎士達を打ち倒したところに関してはかなり説明下手だった。
だが彼女が説明を終えると女性騎士は気になる点を質問し、それが終わるとあっさり解放された。
リルファーデ嬢を使用人棟まで送る。
「事情聴取なんて初めてでドキドキしました!」
胸に手を当てて恥ずかしそうに笑っている。
「普通はそうありませんからね」
そのわりには彼女は平気そうにしていたが。
「それに女性騎士様が格好良すぎて『う、胸が苦しい!』ってなりました」
「もしかして最初に胸を押さえていたのはそれですか」
「そうなんです、もう素敵過ぎて女性騎士様推しになりそうでした! というか推せます! カッコイイ!」
彼女の言っていることはよく分からないけれど、とても楽しそうに、嬉しそうに話している姿を見るとつい僕まで釣られて笑ってしまいそうになる。
……これなら大丈夫かな。
使用人棟へ到着すると彼女に見上げられる。
「送ってくださり、ありがとうございます」
無邪気な笑顔は眩しいほどだ。
「いえ……。明日も仕事ですか?」
「いいえ、明日はお休みです。なので、家に顔を見せに行こうかなと思っています」
「そうですか」
彼女が今日のことを家族に話せば、きっと彼女の家族は紫水で働き続けることに反対するだろう。
リルファーデ嬢のためにも本当ならば、ここから離れた方がいいのかもしれない。
……でも、そうなったら……。
少し寂しい、ような気がする。
彼女の明るい声でされる挨拶は気持ちが良かった。
何となく、最初から続いている、メルディエル士団長達との四人での昼食も嫌ではない。
一生懸命掃除をしている姿を見かけると、自分も仕事を頑張らなければと思う。
「リルファーデ嬢」
だから、建物に入ろうとしていた彼女を呼び止めてしまった。
彼女が不思議そうな顔で振り返る。
「あ……」
呼び止めたものの、自分でも何故呼び止めてしまったのだろうと思った。
視線が彷徨って、結局、自分の気持ちを口にする。
「その、リルファーデ嬢には、仕事を辞めないでいただけたら嬉しいです……。あなたは仕事も真面目だし、丁寧で、皆からの評判も良くて、とても助かっているので……」
リルファーデ嬢が目を丸くした。
そして、嬉しそうに破顔した。
「ありがとうございます! わたしもこの仕事が好きなので、クビにならない限りは辞めないつもりです!」
「お給金も待遇もいいですし!」と笑っている。
それに苦笑をこぼしそうになる。
彼女の言葉は初めて会った時から一貫していて、とても潔くて、ハッキリしていて、正直だった。
そういうところに好感を持ってしまう。
……ああ、僕は彼女に惹かれている。
一度気付いてしまえば、この気持ちを無視するのは難しいと分かっているのに。
彼女の強さが、正直さが、明るさが。
僕にはないものばかりで眩しかった。
* * * * *




