僕はきっと後悔する
僕と君の間には努力や愛だけではどうにもならないものがそびえ立っている。
それでも僕は君を愛することをやめられないし、君も僕を諦められない。
誰にも祝福されることなく2人だけの世界に行くことをしても、この想いを抱えたまま君から離れることを決意しても、どちらを選んでもきっと僕らは後悔する。
だから――
「それで、私たちどうするのかしら?」
友達と恋人の間を漂っていた僕達の関係は、つい先日の彼女の告白によってその形をはっきりとさせようとしていた。
先日告白された時、僕は答えをすぐ出すことが出来なかった。そんな僕に彼女は「次に会う時まで答えは待つわ」と呆れたりせずにそう言ってくれたのだ。
そして1週間後の今日、僕達は向かい合っている。
休日の昼を少し過ぎた頃、晴れた空に見下ろされカフェのオープンテラスでコーヒーを1口飲みあの告白の返事を僕は聞かれている。
「僕も君が好きだ」
「そう」
「……君と付き合うとしよう。でもきっと5年後くらいには付き合わなければ良かったと後悔する」
「じゃあ答えはノーなのね?」
「いや」
僕は手元の紅茶を1口飲み少し乾いた口元を潤して言葉を続ける。
「君と付き合わないとしよう。きっと1年後くらいにはあの時断らなければと後悔する」
「……で?何が言いたいの?」
言葉こそ素っ気ないが、彼女は僕のこんな会話に腹が立つ様子もなく少しだけ仕方ないなと呆れた顔でこちらを見つめていた。
「僕は、……どうせ後悔するのなら1年後に後悔するより、5年後君の悪口でも言って後悔したい」
「……その未来、5年後には私も貴方の悪口でも言っていそうね」
僕のひねくれた告白の返事に彼女は笑いながら同じような言葉を返した。
そうして僕達は恋人になった。
恋人になったからといってすぐには僕達の関係はそこまで変わらない。強いて言うならば、出かけることをデートと呼んでみたりそのデートで手を絡ませるようになったこととか、それくらい。
まるで中学生の初めての恋人のような付き合いをしている。
「ねぇ。手以外にも合わせるところって、あるわよね」
何度目かの僕の自宅でのお家デートで言われた言葉。映画を見ながら言われたそれに僕は摘んでいたポップコーンをぽろっと落とした。
「は、歯磨きタイムをください」
僕のその願いは聞き入れられず、彼女の唇が僕のに合わさった。
2秒程度の短い時間だった。
僕から離れると彼女はぺろりと唇を舐めた。
「私、キャラメルより塩味が好きよ」
そう言って彼女は映画に向き直った。
それから僕は彼女と映画を見る時のポップコーンは塩味になった。
彼女と何年いただろう。僕の言った5年後はとうに過ぎている。毎年、記念日には少しだけ豪華な食事と花を用意してお気に入りの映画を観る。何本の映画を観ただろうか。
彼女との関係はいつの間にか変わっていて、けれども彼女は僕のそばにいて、僕は変わらず彼女が好きで。
そんな生活が長々と今の今まで続いていて。
気付けば人生の墓場まで来ていた。
紙切れひとつで僕たちの関係は変えられた。それを悪いとは思わない、何故だかはわからないけど。
「ねぇ、後悔してる?」
あの頃より大人になった彼女は優しい顔で僕に聞いた。
「……うん。後悔してるよ」
君は言葉を正直に使うからそれに傷ついたこともあるし、ずっと一緒にいて疲れたなって思うこともあったし、デートの時しか綺麗にしてくれないし。
僕はいつも思ったことを言えないから君を不安にさせるし、優柔不断で君を困らせたこともあるし、デートの時にしかちゃんとした服着ないし。
でも、それでもずっと君と一緒にいたいなぁって思うくらいには君が好きだから。君もなんだかんだずっと僕を好きだから。
「あの時、もっとちゃんと返事しとけば良かったなって後悔してる」
「ずいぶん拗らせてたものね?」
「言わないでよ……。僕だってあれはないなって思ってるんだから」
「私は結構あれ嫌いじゃないけど」
悪戯が成功した子供のように笑う君につられて僕も笑う。君には敵わない。
「私、あの時告白していて良かったって思うわ」
「うん」
「プロポーズも受けて良かった」
告白は彼女から。プロポーズは僕から。
告白の返事の挽回をしようと頑張ったプロポーズは無事に彼女に受け入れられ、彼女の薬指には僕と同じ指輪が輝いている。
「5年後も10年後もずっと後悔しないわ」
本当に、僕は君には敵わない。
僕の後悔すら飲み込んで僕らの時間は進んでいく。
努力や愛だけじゃどうにもならないことは確かにある。
けれども世界は思っているより僕らに無関心だ。
どうしたって後悔なんてするものだ。問題はどう進むかなのかもしれない。