88話→星に願いを!
カチッ、カチッ。
時計の針が秒針を刻む音がやけに大きく聞こえる。
外はまだ暗闇に包まれていていて、とても静かだ。
俺は、すぅすぅと寝息をたてているアイリスを、そっと体から離すと、ベッドからおりて私服に着替える。
時計に目をやると、2時35分を過ぎようとしていた。
俺は、深夜にも関わらず部屋から出ると、ゆっくりと歩きながら寮を後にした。
眠れない、そんな夜は散歩でもして気分を晴らすのが一番だ。
夏だというのに、いい感じの涼しい風が肌に心地いい。
俺はあてもなく歩き、いつの間にか、大きな桜の木がある丘に来ていた。
そこから海を眺めると、自然と空に浮かぶ大量の星が見えた。
そして、一つ流れ星が流れたかと思うと、続いて2つ、3つと流れ星が流れる。
そういえば、今日は流星群が見れるとかニュースで言ってたな。
そんなことを思いつつ、その光景に見惚れる。
いくら離島と言っても、車は通るし船もかなり入港してくる。
星が見えることなんてめったにないんだ。
だからこそ、尚更感動できた。
俺はその場に座り込むと、その圧倒的な光景に世界の広さを思い知る。
それと同時に自分の小ささも。
なんか、悩んでた自分が馬鹿らしくなった。
「・・・・綺麗」
突然の声に振り返ると、ユアが立っていた。
「ユアか・・・」
そういえば、ユアとはこっちの世界に戻ってきてからあんまり喋ってない気がする。
こうやってユアと星を見たのは何年も前だったような錯覚に陥って、なんか妙な気持ちになった。
ユアは俺の隣に腰をおろすと、流星群に視線を固定したまま俺に質問してきた。
「・・・・悩み事?」
「・・・・・そう、だな。悩み事だ」
俺はユアの質問にぼそっと答える。
なんとなく雰囲気に呑まれて、悩みを話してもいいような気がしてきた。
「俺ってさ・・・・結構優柔不断だよな?」
「うん・・・そうだね」
・・・・・あれ?自分で質問しといて、速答されたらなんか泣けてくるな。
俺はユアの解答の速さに落ち込みつつ、言葉を続ける。
「例えば、だぞ?別に俺のことじゃないからな?」
俺は念を押すようにそう言うと、ユアが頷くのを確認してから、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「えっと・・・あるとこに一人の男がいて、そいつはとっても優柔不断なんだ。・・・・・で、二人の女の子から告白されたんだけど、優柔不断な男にはどちらか片方だけに絞ることができないとする。・・・・もし、ユアがその男ならどうする?ちなみに、どちらも悲しませないことを前提に」
俺の言葉に、眉をひそめながら考える素振りを見せるユア。
海に星が落ちていくような目の前の光景に魅入りながらも、ユアの言葉を聞き逃さないように集中する。
「私は・・・その男の人の気持ちはわからない」
ユアから発せられた言葉に、「そっか・・・」と相づちをうつ。
ま、悩みを相談しても、答えてくれるとは思ってなかったし。
話を聞いてもらっただけでなんかスッキリした。
「けど・・・・私は、思ったように行動するのがいいと思う・・・・・・」
「・・・思ったように?」
「そう。・・・・きっと、みんな悲しまない。・・・・・・その男の人の優しさを知ってるから。・・・・・だから、思ったようにやっていい」
ユアの言葉を頭の中で繰り返す。
思ったようにやる。
それは、とても簡単なようで結構難しいことだ。
夏凪やアイリスは本当にそれでいいのだろうか。
俺は一人になって、少し考えたくなった。
それを察するように、ユアは立ち上がると、俺から距離を置いて座り、また流星群に視線を戻した。
俺はユアに感謝しつつ、自分はどうしたいのかを考え始める。
流れる星々に、少しばかりの願いを込めながら。