83話→体育祭、其のろくっ!
「それでは午後の部を始めますので、生徒のみなさんは各自クラステントに戻ってください」
その放送を聞いた俺は、心の底から安堵する。
優の姉さんについての語りと、優の姉さんのハグからやっと解放されたのだ。
「じ、じゃあ、俺は入場門に行かないとだから」
そう言い残して、俺は逃げるように走り去った。
優の姉さんについて語るということは、俺のトラウマを語ることとイコール関係なのだ。
これ以上変なトラウマを思い出したくないし。
よし、さっきのことは忘れようか。
・・・・さて、確か午後の部の最初の競技は、確か障害物競走だったな。
「はやと〜待ってよ〜」
俺が入場門に着くと、後を追い掛けるように優が走ってきた。
「お前、姉さん帰ってきてるなら連絡しろよ。心臓に悪いだろうが」
俺の横に並んで息を整えている優の頭を軽く叩く。
「いたっ!・・・・言っとくけど僕も知らなかったんだよ?なんか、今日帰ってきたらしいし」
そうなのか・・・連絡しないで帰ってくるなんてたち悪すぎだろ・・・・。
「まじか・・・なら、叩いて悪かったな」
「いいけどさ。じゃあこの前発売したゲーム、買ったんでしょ?それ貸してくれたらチャラにしてもいいよ」
コイツ・・・・素直に謝った俺が馬鹿だったな。
「・・・クリアした後なら」
俺の言葉に、嬉しそうに頷く優。
遅れて、ケンとグリムが入場門に走って来た。
「二人とも、優の姉さん・・・・海巳さんだっけ?なんか、せっかく留学から帰ってきたのに二人とも何の挨拶もなかったって怒ってたぞ?」
俺と優は、グリムの言葉に顔を見合わせて青ざめる。
優の姉さんは、怒ったら色々とリミッターが外れるから本当にやばいのだ。
「優、お前・・・・なんでお帰りって言ってやらなかったんだ?」
「・・・・・・突然帰ってきて、ビックリして忘れてた」
ケンとグリムは両手を合わせて「ごしゅーしょうさま」と合掌している。
人ごとだと思って・・・。
そうこうしているうちに障害物競走に出る人が揃った。
「ではでは・・・午後の部の一つ目の競技、心の障害物競走を始めます〜」
その放送に、ザワザワとざわめく出場選手達。
もちろん俺と優も、嫌な予感をひしひしと感じて「なんじゃそりゃ・・・」と声をあげてしまう。
それでも時間は待ってくれない。
選手達は、誘導されるがままに並んで第一走者を見守る。
「では、いちについて・・・よーい・・・・パンッ!!」
ピストルの音ともに一斉に走りだす第一走者のみなさん。
100mのコースの真ん中、50m地点の辺りにカーテンで仕切られた電話ボックスみたいな感じの物があった。
第一走者の人たちは、それの前で足を止めた。
一人が中に入ると、続いて他の人も中に入っていった。
「ぎゃああああ!!」
「やめてくれぇぇぇぇ!!」
数秒もしないうちに、悲鳴らしきものが聞こえてきた。
フラフラと中から出てきた第一走者の人達は、口から魂みたいなのを吐きながらゆっくりとゴールに向かっている。
第一走者がゴールのテープを切る前に、第二走者の人達に声がかかる。
無慈悲なピストルの音とともに、第二走者が走りだす。
俺と優が第七走者。
グリムとケンが第六走者だ。
俺は先に走る二人の肩に手を置くと、「がんばろうな」と一言応援してやった。
「そっちもな・・・」と、引きつった顔で親指を立てて強がる二人。
そうこうしているうちにグリムとケンの番になり、二人はゆっくりと走りだした。
そして、他の走者と同じくケンとグリムの悲鳴が聞こえてきた。
俺と優は唾を飲み込むと、フラフラと出てきた二人の姿に哀れみの視線を送る。
無情にも、俺と優の番が回ってきた。
ピストルの音とともに走りだし、それの前で立ち止まる。
俺は一つ深呼吸をすると、ゆっくりとカーテンを開けた。
そこには、ニッコリと笑っている優の姉さんが。
なるほど、心の障害物の意味がやっと理解できた。
確かにこれは障害物以外のなにものでもないな。
「お邪魔しました〜」
俺がゆっくりとカーテンを閉めようとしたら、優の姉さんから手を掴まれて中へ引っ張りこまれてしまった。
「み、みぃこ!?」
横から優の声が。
確か、みぃこって優の元カノだったな。
超ヤンデレの。
「ちょ、みぃこ・・・・や、やめてぇぇぇぇえ!!」
優の絶叫に何も反応しない優の姉さん。
「えっと・・・弟が叫んでるのに助けなくていいの?」
「大丈夫、大丈夫」
そう言ってニッコリと笑う優の姉さん。
何が大丈夫なんだか・・・・。
「ねぇ、はー君。私、とっても怒ってるの。わかる?」
「・・・・うん。さっきグリムから聞いたけど」
「じゃあ、私のこと海巳って呼んで。そうしないと許さないから」
・・・・?それだけでいいのか?
俺はホッと安堵の息を吐くと、ゴホンと咳払いして呟いた。
「・・・・海巳」
「は、はぅぅぅぅぅ・・・・はぁはぁ」
なんか名前呼んだだけでめっちゃ悶えてるんですけど・・・・。
「えっと・・・・俺、そろそろ行かないと」
俺は身の危険を感じてそそくさとこの場所を去ろうとした。
「・・・逃がさないよ?」
優の姉さんが俺の手を掴んできた。
「もっと、私の名前を呼んで?そうしないとここから出してあげないから」
・・・・・どうやら、この場所から出るにはまだまだ時間がかかりそうだ。