82話→体育祭、其のごっ!
妙に気まずい雰囲気を破ったのは、思わぬ人物だった。
「はー君!!」
俺のあだ名を呼ぶ大きな声とともに猛スピードで走ってくるその人物は、後ろからついてくる優の制止の声を無視して俺の方に飛んできた。
比喩ではなくリアルに。
猛スピードで全力疾走して、そのまま前にダイブすれば・・・・・うん、本当に飛んでるように見える。
「って、待てぇ!!危ないからストップ、ストップぅぅぅぅぅぅ!!」
止めるのが少し遅かったみたいだ。
その人物、優の姉さんはすごいスピードで俺に突っ込んできた。
突然のことで焦ったが、弁当を下に置き、体中の魔力を上半身に集中させたことで無残に吹っ飛ばされなくてすんだ。
「優の姉さん、痛いんだけど・・・・・・」
吹っ飛ばされなくてすんだのはいいが、身体中がすごく痛い。
「は、はやと・・・ごめん」
姉さんに少し遅れてきた優は、息を切らしながら俺に謝る。
コイツも大変だなぁ・・・。
「いや、いいけどさ・・・・それよりこの人をどうにかしてくれ」
俺の言葉に、黙ってスリスリしていた優の姉さんが俺を睨む。
抱きつかれているせいか、顔が近い・・・。
「はー君。昔みたいに、海巳姉〈うみねぇ〉って呼んでよ〜」
そう、昔は優の姉さんのことは海巳姉って呼んでた。
「だってさ・・・・」
俺は大きくため息を吐く。
呼ばなくなったのには深いわけがあるのだ。
「さっきから見てれば・・・・海巳姉!はやにぃから離れてよ!!」
「そうだよ!海巳姉は、本当に何するかわかんないからはーくんに近づくのダメだよ!」
夏凪と梓が抱きついて離れない優の姉さんを無理矢理離そうと必死だが、たぶん無理だ。
優の姉さんは、見た目とは裏腹にすんごく力があるのだ。
夏凪と梓は、他の人物にも助けを求める。
みんなはそれぞれ頷いて、優の姉さんを引き離そうと引っ張る。
「そういえば、夏凪と梓は何でそんなに焦ってるの?確かにはやとに女の人がベタベタしてるのは嫌だけど・・・・・優のお姉ちゃんなんでしょ?」
アリスの言葉に夏凪と梓は顔を見合わせて一つ頷くと、優の姉さんについて語り始めた。
「昔、はーくんが小等部の高学年の時の話なんだけど・・・・・海巳姉が風邪をこじらせて寝込んでいるはーくんの部屋にお見舞いに来たんだよ」
・・・・あー、その話しちゃうか・・・俺が優の姉さんを海巳姉と呼ばなくなった主な原因であるその話を。
「その日、私と夏凪は少し元気になったはーくんを海巳姉に任せて、お粥の材料を買いに行ったんだよ」
「そうそう。それで、買い物から帰ってきてお粥をはやにぃの部屋に運んだら・・・・」
夏凪と梓は、ゴクッと唾を飲む。
「海巳姉がはやにぃの布団の中に裸で潜り込んでたんだよ・・・・」
「そう。それでなぜかはーくんも裸になってて・・・」
二人の言葉を聞いたみんなの非難の視線が俺に集まる。
言っとくけど一線は越えてないよ?
「正確に説明すると、夏凪と梓が買い物に行ってすぐに優の姉さんが裸になって、で、俺の服を脱がして耳元で『はーくんは私のことが好きでたまらなくなる』って呪文のように呟いてただけだよ。俺は具合悪くて抵抗とかできなかったし。何もしてないよ?」
そのせいで1ヶ月ほど優の姉さんが頭から離れなくなった。
本当に、あれは酷かった。
先生のことを海巳姉と呼んでしまったり、海巳姉の言うことに逆らえなくなったり・・・・・。
それから、海巳姉という単語は口に出してない。
まぁ、なんとなく心に規制がかかってる気がして口に出せないってのが事実なんだが。
その後も、優の姉さんについての語りは続いた。
俺は、抱きついて離れない優の姉さんに聞こえるようにため息をつき、弁当を食べながら楽しそうに談笑しているグリム達を見てもう一つため息をついた。