51話→母さん!
目を擦りながら体を起こした俺は、部屋のドアの前に立ってこっちを訝しげに睨んでいる人物と目が合った。
立っている人物には見覚えがあった。
というかその人物は、池谷 夏凪〈いけたに かな〉。
つまり俺の妹なわけで。
3ヵ月ぶりに会ったのだ。
なんて声をかければいいか・・・・・。
先に声を発したのは、夏凪のほうだった。
「お母さん!!優君!!梓姉〈あずねぇ〉!!はーくんの部屋に不審者がいるよぉ!!!」
そう言って下に駆けていく夏凪。
・・・・な、なんですと?
兄を不審者扱いとか・・・・・・あ。
あることに気づいてしまった。
そういえば、髪の毛を切ってなかった。
あっちの世界に行った時は前髪が眉毛の少し下あたりだったのだ。
何でそんなに長くしてたかは言うまでもないだろう。
一応虐められていたわけだし、顔を人に見られたくなかったんだよな。
で、現在は前髪が目を完全に隠してしまっている。
後ろも肩くらいまで伸びてるし女の子に見えなくもない・・・・ってそれはないか。
あっちにはハサミというものがなく、初めて髪を切った時に使ったのはナイフだった。
目の前でナイフを振り回されてみろ。
髪を切るのが一種のトラウマになりかけた。
んなわけで、2ヶ月くらい髪を伸ばしていたら現在のような髪になったわけだ。
さて、どうするか。
下の階で騒ぐ声がしてるし、そのうちこの部屋まで上がってくるだろう。
てか、なんで優と梓が家に来てんだよ・・・・・。
俺は、近づいてくる4人分の足音にため息をついた。
シャキン、シャキン。
風呂場にハサミで髪を切る音が響く。
部屋に入ってきた4人うち3人は、俺を本当の不審者のように睨んでいたが、残りの1人。
母さんだけは俺だと気づいたらしく、3人に部屋に居るように言って、俺の手を引っ張り風呂場に押し込んで現在にいたる、と。
「いつ帰ってきたんだ?」
「ん・・・さっきかな」
「そうか・・・・・」
と、時々会話するものの話はすぐ途切れてしまう。
俺はとりあえず言いたいことを口にだした。
「母さん、俺のゲーム達は?」
母さんは、その言葉を聞くと、髪を切る手をピタッと止めて急に吹き出した。
「プッ・・・・ハハハハハハハ・・・やっぱ、お前は葉雇だなぁ」
母さんは笑いながら、俺の頭を撫でる。
「当たり前だろ?俺は葉雇だ」
その言葉に俺の頭をポンポンと叩くと、母さんは髪切りを再開してこう言った。
「おかえり、馬鹿息子」
「・・・ただいま、母さん」
それだけで、何かわだかまりが取れた気がした。
母さんは、俺がどこに行って何をしてたかは聞いてこなかった。
まぁ、聞かれて答えても信じてもらえるかわかんないけどね。
「っと、完成。どうだ?」
鏡を見せてくる母さん。
そこには、あっちに行く前の俺の顔があった。
少し痩せているけど、顔を見ればすぐに誰かわかる。
でも、あっちに行く前の俺じゃダメなんだ。
俺は変わったから。
「母さん。もっと短くしていいよ?ボーイッシュにね」
母さんは驚いたような顔をしながらも、再びハサミを手にとってにやりと笑った。
「よっし!母さんの手でイケメンにしてあげよう」
まぁ、顔は変わらんがな。
俺は苦笑しながら、切られて落ちていく前髪を見た。
(じゃあな、過去の俺)
虐められ初めてから変わることのなかった髪型に別れを告げて、新しい自分の髪型に期待を膨らませた。
「まぁ、こんなもんだろう」
母さんが持っている鏡を見て、俺は驚いた。
「・・・これ、俺?」
鏡には見たこともない自分の姿があった。
髪型一つでここまで変わるのか、と感心する。
「まぁ、葉雇は顔のパーツはいいんだし。髪型をしっかりすればイケメンにもなるわな」
そう言ってシャワーに手を伸ばし、ハサミを洗い始める母さん。
「ま、実際は母さんの腕のおかげだな、うん」
「・・・プッ・・・・そうだな」
母さんの独り言に思わず笑ってしまう俺。
そんな俺を見て、満足気に頷く母さん。
「葉雇がゲームのこと以外で笑うなんて、2年ぶりくらいか?」
「・・・たぶん、な」
あっちに行く前、虐めが精神的にかなりきてた2年くらいは全く笑わなかった。
しても愛想笑いくらいだったしな。
「ん〜?葉雇がそこまで変わるとなると・・・・・女か?」
にやりと笑いながら俺を見てくる母さん。
半分以上当たりです。
「ち、違うし。これはだな、友達の・・・」
「よし、よし。みんなに報告だな」
そう言って風呂場から出ていく母さん。
オワタ・・・・・夏凪と梓に知られたら物理的に終わる。
俺は深くため息をつくと、服を脱いで、切った髪が残る体と頭を洗い始めた。