桜木の下で。
作者は昔サイコな友達を持っていました。
その経験を元にして書きましたが、犯罪はしていませんのでご安心ください。
春がきた。
花の匂いがする学校の校庭で、一人で寂しくないのか、
またいつものように楽しそうな顔をしながらスケッチブックに桜の木を見ながら絵を描いている彼がいた。
その手には昔から使い込んでいるような鉛筆がある。それは短くて、彼の手のひらに収まりそうだ。
木の上から彼を見ているとどんな風に描かれているのか、花びらで隠れてちょうど見えない。
私は気になってバレないようにそっと地面に足を下ろした。
「君はどんな絵を描いてるの?」
声をかけてはいけないと思ったけど、無性に話かけてみたかったのだ。
彼はそっと顔を上げると、絵を描いていたページをサッと閉じて恥ずかしそうに笑う。
「まだ完成してないから見せたくないなぁ」
「うん!わかった。その絵コンテストに出すの?」
「そうなんだ。僕はこの絵で必ず金賞をとるんだ」
「ふーん」
何かを思い出したような顔をして。一瞬にやけた顔になった。
なんか怖いくらい優しそうに見え、
ついつい私はその顔をついつい凝視してしまった。どこかで見覚えのあるような.........
「そんなに見るなよ。恥ずかしいじゃん!」
「なーつっ!なんで恥ずかしがるのよ」
「ごめん.........」
声に出せない事でもあるのか、彼はほほを赤らめてチラチラ私の事を見ている。
だけど彼は笑いもせず、下をうつむいて何か考えてる.........と思ったら、
どんどん顔が近ずいてきて、唇と唇がふれた。
それはとても柔らかくてあたたかい物だった。
「.........」
「いっ.........いきなりキスするからビックリしたわよ」
「あぁそうだね。ごめん。」
私はこれが噂に聞く“キス”ってやつかとドキドキしたのになぜか彼は悲しそうな顔になった。
人間と言うものはわからない。でも私も自分についてはちっともわからない。
「あのさ、何でこの桜の木を描こうと思ったの?」
「えっと.........それは僕の好きな人がこの木が好きだったからかな」
「好きな人がいるのに私にキスしたのあんた?その人に失礼よ!!」
驚いて思った事がマシンガンのように飛び出してきた。まぁ、なんて可愛い顔して女タラシなんだろう!このキス魔が!でも、何故かその柔らかい笑顔を憎めない。
「この鉛筆もその子から貰ったんだ。ほら、ここに名前が書いてるだろ?」
「あっホントだ」
彼が鉛筆を私に見せてくれた。そこには黒い油性ペンで《桜井れいこ》と書いてあった。
聞き覚えのある名前だなと思いながら、触ろうとしたけど、私は幽霊だからやっぱり触れられない。すると彼はそっと両手で鉛筆とスケッチブックを持ち
「じゃあ、また来るよ」と言って教室に戻っていった。
初めて喋れて嬉しい気持ちがある一方、ちょっぴり恐ろしくてあんまり近ずいては行けない気もした。
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それから彼はまた毎日桜の木の下に来るようになった。
でも一つ変わったことがある、それは私に話しかけてくれるようになった事。たった小さな変化でも私にとっては大きな変化だ。
最近はお弁当を一緒に食べたり、おしゃべりしたり.........って言っても私はお弁当の匂いを楽しむだけなんだけどね。そんな日々を過ごしていて、とても楽しかった。
「コンテストの結果は明日か、緊張するなぁ」
「もう出したんだし緊張する事ないんじゃない?」
「そうだね.........ごめん」
「あーっ!また謝ってるねー!」
「そっか!ごめん」
「次ごめんって言ったら君の好きな子の話し聞かせて貰うからねー」
「えぇ!そんなぁ、無理だよぉ」
女っぽい可愛い顔してるのに、声は低くてゲスボだから何だか面白い。
するとさっきまで緊張して強ばってた彼の顔が今度は柔らかくなった。
いきなり表情が変わるので少し怖いがやっぱり人間の表情は面白い。
でも、なんか桜井れいこの事がやっぱり気になる。
こうやって“ごめん”を待っとく訳にはいかない!
何としてでも彼に“ごめん”って、言わせないとな.........
よし!私は悪党になろう。
「あれ?今日のお弁当タコさんウィンナー入ってないね」
「あぁ、ウィンナー無くなっちゃってさ入れれなかったんだ」
ふっふっふ、これよ、これでいけるかも
「あの匂い好きだったのになーなくなっちゃうなんてーショックだなー」
よしっ!いつも謝ってばかりの彼だから私の好きなタコさんウィンナーが無かったら謝ってしまうに違いない。くっくっく!今の私は悪党だからね。
私はニヤリと彼を横目で見た。
すると返ってきたのは期待してた言葉とは180度違った。
「はははっ!あーやっぱり亡くなっても変わんないんだなそういうとこ。かわいいな」
えぇっ!わわわたしが可愛い!?そんな訳無いよね?
きっとタコさんウィンナーが無くなって可愛いんだわ。うん。そうに違いない。
「そっ.....そうね可愛いねタコさんウィンナー無くなっちゃってかわいいね」
彼をまともに正面から見れないけど、正面に座ってる彼は足を組んで頬ずえをしながらこちらの様子を観察するかのように片方の口角を上げてにんやり笑って見ているのは周辺視野でわかった。
その時、やっぱり本能が彼に近ずいてはダメと言ってる気がした。
「そんなに知りたい?桜井れいこの事」
さっきとは違う彼の悲しい声が聞こえてくる。
我に返って正面を見ると顔はいつものように柔らかく微笑んでいる。
そっか、君は傷ついてるのかもしれないね。それを隠すために笑ってるんだ。笑わなくてもいいんだよ。
何を言えば良いかわからなくて
「やっぱりいいや」
とだけ答えた。
「わかった。でもわかると思うよいつか」
そう言って彼は泣きそうな目で笑った。
彼は私の透ける手を取りゆっくり引き寄せ抱きしめてくれた。私は彼の体に手を回し、透き通る湖のような目を見つめれば、自然と唇が重なった。
何かわからないけど君が抱えてる傷を埋めてあげたいと感じた。こうしてずっとそばにいたいな。
「.........君は昔からこの桜が好きだもんね。僕も好きだよこの桜」
唇を離し、涙をぽろぽろ零しながら彼が言う。
木を見ると美しい桜色の花がたくさん咲いていた。多分今日は満開だ。
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―――思い出した記憶―――
今晩は雨がずっと降り、雷が鳴っていて春なのに冷たい空気が流れている。
「金賞とれたかな.........」
こんな天気のせいで私の心まで真っ暗になる。
ゴロゴロ鳴る雷を聞いて私の頭にある思い出がよぎった。
《そう言えばあの日も土砂降りだったな》
いつの事だろうか、学校の部活帰り傘を忘れたのでスクール鞄を頭の上に置いてダッシュで帰ろうとしていた。
夕日は沈みかけていてだんだん月が見え始めていた頃、辺りは小さなお店や神社があって、過疎化で古くなってたから夜は特に静かで不気味になってた。
でも神社だけは輝いて見えてた。何だか私の事を見守ってくれてる気がして、私が頼んで美術部の友達と野外活動で来たんだっけ!
そうそう、神社には大きな牛の石が置いてあって私はそれを描いたんだっけな!楽しかったな。
その夜、私は後ろから男の人に刺されたんだった。
私がもう少しって言って暗くなるまで一人で残ってたからだ。
突然目の前が真っ白になって、頭が思いっきり地面に叩きつけられた。背中にある傷口が火傷した時みたいにあつい。
意識がもうろうとする中で震える声で私は聞いた。
「なんで.........なんで私を殺すの?」
すると片方の口角を上げて優しそうに笑い奴は答えた。
「だって僕は君の事が好きだからずっとそばにいたいに決まってるだろ?」
その姿は余りにも恐ろしくて女っぽい顔をした悪魔だ。私が死ぬのは当然みたいな顔をしてたな。あれは確か高校生.........
あぁ、また思い出した。私はこの木が嫌いなんだった。
好きだったサッカー部の和泉くんに告白して振られた場所だ。
私にサッカー教えてくれたりおでこにキスしたり、絵上手とか褒めてたからてっきり両思いだと思ったのにな。
思わせぶりなやつほど嫌いだわ。
でもあの男の子は好き。
あの男の子は思わせぶりなのかしら?
暗くてどんよりとした闇夜が空いっぱいに広がっていた。
次の日は雲ひとつない快晴でせっかく満開だった桜もほとんど下に落ちていた。
「あ、雨で桜無くなっちゃったんだ」
昼休み。不思議なほど元気そうな笑顔で手を振りながらやってきたのは彼だ。
「昨日はとても素晴らしい夜だったよ、嬉しくて思わず家を飛び出しちゃった!」
興奮してるのか瞳孔がこれでもかってくらい開いていて私には悪魔のように恐ろしく見えた。
「へ.........へぇ。それでコンテストはどうだったの?」
私は息を飲みながら彼の腕を見て質問した。なぜか顔を見たくない。
昨日思い出した辛い記憶の事もあるし、無理やり元気な演技は出来ない。
「この桜の木の絵じゃなくて、近所にある神社の石でできた牛の絵を出したんだ!すると金賞だってさ!」
無いはずの心臓がドキッとした。
私が殺された日、所持品は神社の石でできた牛の絵とキャンパス用の鉛筆。
私が覚えてる限り犯人は私の所持品を奪ったあとこの桜の木の下に私を座らせ、括りつけた。先生が私の事をみつけたらしいけどその時には既に死んでいたらしい。
「おめでとう」
私の声ではない冷たくて低い男の声が聞こえてきた。パッと見上げると片方の口角を上げて嬉しそうに笑う奴の姿があった。
「どうして、桜の絵を描いてたの?」
動揺を見せないように右手を後ろに隠し親指を強く握りしめた。
「だって僕は君の事が好きだからずっとそばにいたいに決まってるだろ?」
どこかで聞いたことのあるセリフだ。
純粋そうな澄んだ瞳で柔らかく私に微笑みかけている。
でもそれは不気味で恐ろしく、近ずいてはいけないと心が言った。
奴はそう呟いて、私を正面からいきなり抱きしめてきた。殺した奴がする行動か?
怖くて逃げようとすると今より更に強い力で抱きしめられる。
「好きだよ。桜井」
耳元で囁かれると、恐怖で体が動かなくなった。
奴は右手を私の頬にそっと当てるとぽろぽろと自然に流れ落ちてくる私の涙を親指で拭った。
そのせいで満足そうに死んだ魚の目で片方の口角を上げて微笑んでいる姿が丸見えではないか。
でも、全身がガタガタ震えて動けない。
「おーい、そんな所で何やってんだ!」
大きく手を振りながら駆けつけてきてくれたのは和泉くんだ。和泉くんお願い助けて。
「あぁ、桜井さんがここで亡くなってるの知って何も出来なくてショックだからお参りくらいしようと思ってね」
奴は明らかに芝居じみた身振り手振りをしている。さすがに和泉くんも犯人に気が付くだろうと思った。
でも彼の目には涙でいっぱいで奴の事など気にしていなかった。
いきなり力が抜けたようにその場に座り込んだ和泉くんは
「うっ.........俺、実は桜井の事好きで亡くなる前に告白されたんだ。でもお前と付き合ってるの知らなくて最低な断り方しちゃってさ.........」
と今まで溜め込んでたことを吐き出すように言った。
今までカッコ良くて気が強いと思っていた印象がガラリと変わりギャップで惚れ直してしまった。
何だか嬉しくて一気に血が上って顔が熱くなった感じがする。
その時だった突然私の体がほろほろと光を放ちながら崩れ始めたのは。
さすがに気がついたのか和泉くんも顔を上げて驚いた様に私の事を見ている。
「ありがとう、私も好きだよ和泉くん。お願いだからそいつから逃げて生きてね」
ごめんじゃなくて、ありがとうでしょ?
そう奴に言ってやれば良かったな。
最後の一輪の桜が儚く、そっと散っていった。