ルート、エル 3
北風がボロアパートの窓を叩きつけ、ガタガタと鳴らした。カーテンも買っていない六畳一間に落ちる夕日は血のように赤く、どこかもの悲しく彼女の影を長くしていた。
「なんて……? 持病でもあるんか」
すべてを見透かしたような瞳を薄く閉じて、エリーは教えてくれた。
柳沼家は妖猫の憑きもの筋だという。
憑きもの筋とは家系に宿る使い物ようなもので、他者の財などを盗んだり不幸にしたりする呪われた血筋である。
二十年以上生きた猫は尾が二つに分かれ、神通力を操る猫又という妖怪になると信じられているが、それを惨たらしく殺し、怨念を力にして繁栄してきたのが柳沼家だという。
猫には未来を見通す力があり、柳沼家は何代かに一人、その力が顕著なものが現れるという。ただし、その者は、二十まで生きることはないという。
「シャコウ様」
とエリーは言った。柳沼家が信仰している猫神の名である。シャコウ様に見出だされたものは八のときに儀式を行い、その身に猫を宿し、生神となる。生神となったものはシャコウ様の力が使え、一族の繁栄に役立てるのだという。
「もともとは大漁を象徴した神様や。漁業に関連した古い土着信仰やし、生神として捧げれた巫女に後天的に与えられる力やから、海辺を離れれば、影響はなくなり、命を永らえることができる」
二人がいるこの場所は、山間部ではあるものの、車で十五分ほど走れば、漁港に着く。
「なんや。二十歳までに死ぬいうから、ごっつ恐ろしいもんかと思うたら、そんなことないんやな。」
「何代か前のもんが逃げたらしいが、死ぬことはなかったらしい。土地をはなれれば、シャコウ様は帰られる」
「じゃあ、とっとと逃げればええやん」
「代わりに幾千の人間が死んだ」
「は?」
「大津波や。猫憑きの者が契約違反をすると、シャコウ様は怒って無関係の命を食らう。そんときの猫憑きは罪悪感で侘びをいれ、シャコウ様に御身を捧げた」
「なんで、……そんな話を僕にするんや?」
昨日会ったばかりのほとんど無関係の人間である。にも関わらず公平を信用したように話すエリーは少しおかしそうにくすりと笑った。
「あたしが死ぬまであと二年。あんたには見届けてほしいんや」
「見届けるってなにをや」
「アタシは生きたい。だから二年後そのときまでにあたしが死ぬに値する人間かどうか最終的な判断を下してほしいんや」
「はあ?」
「いわば審判やな」
「意味わからん。なんで僕が……、そんな責任重いことできへんよ。お断りします」
「分かりやすく言うてやると、あんたはな、昨日死んどったんや」
「……」
「その運命をアタシが変えた。死んだはずの人間やから、アタシが死ぬべきか、一番フェアに判断できると思うたんや」
「嘘やろ。いまピンビンしとるぞ」
「さぁ、どうやろうな」
ニタニタと微笑んで、エリーは続けた。
「それだけやない。あんたがほんに信頼できる人間やと思ったから、頼んどるんや」
彼女は本当に未来がわかるのだろうか、と公平は小さく首を捻った。
「なにを根拠に……」
「あんたは良い人や。目を見ればわかる。それはきっと未来も変わらん」
もし、わかるとするなら、ここでする自分の返事も、彼女は知っていたことになる。それはもはや未来予知ではなく、読心である。
「あ、ああ……」
流されるように、公平は小さく頷いた。
単純に好奇心がうずいた、というわけではない。エリーが自画自賛するように、彼女が美人だったから、でもない。
ただ、自分はきっとそういう返事をするんだろうな、と漠然と思ってしまっただけだ。気付いたら首を縦にふっていた。流されやすいのは、悪い癖だ。
「ほな、よろしくな」
エリーは朗らかに微笑んで、立ち上がった。
「え……」
と呆然としていると、室内にチャイムの音が響いた。どうやらガス屋が開栓作業に来たらしい。タイミングバッチリだ。
超常現象の片鱗を見せられ、公平は所在無げにたたずんでいた。