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運び屋さんの殺害計画  作者: こころも りょうち
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1.依頼

 上野響(うえのひびき)は隠れ家でぼーっと過ごしていた。

 隠れ家は台東区の上野にある。あるマンション一階通路を裏口まで通り抜けると、人が入り込むことも無いような狭い袋小路に出る。路地をさらに行き止まり方向に進むとマンションに入る別の入口のドアがあり、ノブを回すと地下へと続く階段が現れる。電気のない暗い階段を、足を踏み外さないように下れば、知らない者が足を踏み入れることもない部屋が存在する。

 響は隠れ家にもう何年も住んでいるが、このマンションのオーナーを知らない。響の知る知識では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、マンションのオーナーだと考えている。

 育ての親を殺したというのも、また根拠のない憶測だ。育ての親である()()が生きていた頃の記憶を辿った結果にしか過ぎない。彼が死んだ今となっては証拠を見つけるのはほとんど不可能に近いだろう。かといって響は親を殺した犯人探しをあきらめたわけでもない。だからといって取り立てて行動に出ているわけもない。

 毎日は何となく過ぎてゆくばかりだ。


 そんな響の隠れ家にも来客が訪れる。訪れる客はいつも決まっている。ここ何年もこの場にやってくる人物はそいつしかいない。男はスーツを着て、サラリーマン風の姿で現れる。そして一枚の紙切れと諸費用を渡し、行先を指示する。そいつは麻薬の受け取りを指示する密売人だ。

 響はいつもその密売人の指示に従う。指定された引き取り場所へ行き、やってきた運び屋から()()を受け取る。そしてブツの変わりに受け取っていた報酬をその運び屋に渡す。ブツは隠れ家であるこの場所に持ち帰る。すると再びスーツ姿の密売人がやってきて、ブツを確認して受け取り響に報酬を渡して帰ってゆく。

 一ヶ月に一度の割合で、そんな日がやってくる。今日もまたその密売人がやってきたのだろうと、響はのぞき窓を覗いたがそこにいたのはいつもの男ではなかった。

 その男は黒いスーツを着て、サングラスを掛けていた。響の知る限り、隠れ家を知る人物は、いつもの密売人とマンションの所有者、そして響の3人しかいないはずだった。でも黒いスーツの男はどこからともなく現れて、彼に尋ねてきた。

「人を殺せるか?」

 扉越しでの話だ。響はその男を部屋の中には入れていない。

 響は人殺しをするつもりはなかったので、その依頼にノーと答えた。

「俺は人殺しはしない。俺の仕事は()()を運ぶだけだ。それに信用のない男の依頼を受けない。あんたがどうやってここに入ってきたかわからないが、これ以上俺に関わるな。組織にあんたの存在を知らせ、消してもらう事だってありえるんだ。あんたも死にたくなかったら、もうここには来ないことだな」

 響はドキドキしながら、慣れない言葉を、育ての親のまさに真似て、ずらりと並べてみた。

「殺してほしい相手の名も聞かずに断るのは気が早いんじゃないか?」

 スーツの男はそう答えた。響は黙っていた。

 男は話を続けた。

「ある女政治家を殺して欲しい。準備は整っている。後は君次第なんだが」

 しばらく沈黙していた。響は何も答えずに黙っていた。

 やがて、男が去ってゆく気配がした。

 咄嗟(とっさ)に響は家の扉を開いていた。それがイエスを意味する態度の全てだった。

 その男は響に一丁の拳銃を渡してきた。そしてあらためて依頼を告げると、自分が何者なのかを告げもせずに去っていった。

 全ては罠だろうと響は感じていた。考えれば考えるほどおかしな話である気がした。でもそれがどんな罠なのか、はっきりとした答えを見出(みいだ)せなかった。ただどうしても、響はその女政治家を許せなかった。育ての親であるまさを殺した女政治家への復讐心が強い決意だけを生んでいた。だからたとえ罠に掛かったとしても、女を殺せる、ただそれだけで良かった。その後の生活も何もかも響の頭にはなかった。

『もともと何もない人生だ。存在さえ、不透明。仕事も表ざたにはできない。まっとうには生きられない。楽しみはくだらない事ばかりだ。だから、どうなるかはどうでもよかった。ただ、復讐を果たせる』

 響は心の中で自分に言い聞かせた。

 あとは黒いスーツ姿の男からの次の知らせを待つだけだ。興奮を抑える時間は続く。拳銃に弾丸を込める練習をして、はやる気持ちを(まぎ)らわせていた。


 ※


 本日の話は、居酒屋「ふくちゃん」から始まる。

「あら、いらっしゃい」

 ふくちゃんは、推定四〇代後半のおばちゃんで、ふくちゃんというくらいの福耳!福の神のようにぷっくりしている。東京台東区上野のある場所で、女手一人、一五年間そこで商売を続けている。

 娘が一人いる。夫とは一五年前に別れ、その後、一人で商売を始め、娘を育ててきた。

「今日は早いのねえ」

「ええ、まあ」

 響はすらっと背の高いいい男である。無口であまり会話をしない。ふくちゃんは客を選ばないが、そんな常連客の響を気に入っている。

「でもあれだねえ。まささんも亡くなってもうすぐ一年だろう?響君もどうだい?一人でやっていけそう?」

「まあ、なんとかやってます」

「あまり込み入ったことは聞かないけど、無理しないでね。何かきつい目にあったらうちみたいなところでよければおいでね」

 響は無口に微笑む。

 客はまだ響以外にいない。七つのカウンター席と座敷にある四人席にはまだ客一人もいない。響はちびちびと酒を飲む。そして金目鯛の煮付けをつまむ。

 一八時三〇分くらいになると、店には客が集まり出す。背広姿のサラリーマンと、常連客たちだ。

 ここ、ふくちゃんの店にくる常連客が何人かいる。

 一人目・歌い人(うたいびと)。本名は誰も知らない。いつもギターを持って現れる。「歌ってもいいですか?」と笑顔でふくちゃんに了承を得て、一人でギターを弾き始める。

 客も喜ぶのでふくちゃんはいつも了承している。歌は尾崎豊の曲や徳永英明の曲をしっとりと歌い上げる。年齢は三〇手前くらい。身長一六五くらい。体格は普通である。とにかく笑顔が似合う人の良さそうな男である。

 その日も現れ、彼は歌った。「17歳の地図」と「夢を信じて」を歌った。

 二人目・式羽(しきば)。近くで風俗店を経営している。いい男である響は、彼のナンパ目的で利用されている。この男と響も、もとはといえば、まささんとの関係で成り立っている。まささんが式羽の店の常連客だったからだ。

 年齢はまだ二五歳、背は低く、体重は軽そう。足も手も早い、チンピラ風だ。顔は元ホスト風だ。

 その日、彼は現れなかった。響はちょっと女を抱きたい気分だったので内心落ち込んでいた。

 三人目・とっちゃん。いかにもとっちゃんというあだ名が合うおじさんだ。近くで印刷会社を営んでいる。不景気ではあるが一応社長で気前がいい。若い頃はふくちゃん目当てでやってきたが、徐々にぷくぷくしてきたふくちゃんに、今では特に何も求めずただやってきてしまう。本名は、岸野という。がたいのいい男だ。

 その日もやってきて、世の中の不景気を嘆いていた。

「値上げ、値上げって、うちが上げたいよ。ばあっろってんだ」と愚痴を言ってた。響が聞き役。

 四人目・(かん)さん。近くにある立派な神社の神主さんである。もう七〇過ぎている。一九年前に一人娘が駆け落ちをし、数年前には奥さんを癌で亡くした悲しいおじいちゃんだ。

 しかし本人は至って明るい性格だ。ただのアル中でもある。唯一の希望は娘の娘、要するに孫娘。いつもおじいちゃんを迎えに来る。奥さんを亡くし、仕事をせずに毎晩飲んだくれているおじいちゃんの代わりに神社を綺麗にしているよき娘だ。

 その日はやってこなかった。ふくちゃんは「たぶん孫娘に止められたんじゃないの?」と話していた。

 以上が主な常連である。もちろん、常連さんは他にもいる。けど、主に紹介する必要のある常連さんは以上の四人だ。

 それから、ふくちゃんには由佳(ゆか)ちゃんという娘がいる。まだ高校生だがお店を手伝いにやってくる。響にひそかな恋心を抱く。一応、ひそか。でも皆には、ばればれである。

 しかし残念ながら響の心は、神さんの孫娘、さくらにあるようだ。残念な話である。

 そのさくらの恋心がどこにあるのかは不明だ。さくらは一九歳。とても綺麗な女性だ。おとなしく心の内を見せてはくれない。

 響は少なくとも二日に一度「ふくちゃん」を訪れる。そして好物の魚をつまむ。似たような日々がここ一年続いている。

 もうすぐまさの一周忌だ。話の盛り上がっている居酒屋の中で、響は一年が過ぎた事をシミジミと思っている。

 そんな和やかな居酒屋においても、一丁の拳銃が手に入った事実は頭の中から離れず、気分の落ち着かない時を過ごしていた。


 ※


 拳銃を受け取ってから数日が経つ。響の環境は何も変わらない。

 家にいても落ち着かない響は「ふくちゃん」の常連客の一人、式羽に会いに行ってみた。式羽は「MAKE LOVE 1 HOLE」という風俗店を経営している。

 昼の一四時、「MAKE LOVE 1 HOLE」に行くと式羽は事務所にいた。事務所と言っても会員専用のショットバーとなっている。式羽はそこでマティーニをちびちび飲んでいた。

「あれ、ひびきちゃんじゃんか。どうしたの?」

「いや」

「何だ。例のごとく、ビンビンて感じ?」

 響は否定しない。そんな会話を経て、二人は渋谷のスクランブル交差点に出掛ける。そして、109近くにたむろする女に声を掛ける。声を掛けるのは、式羽の役目だ。

「ねえ、ねえ、飯喰いいかない?」

 女は二人組、いわゆるギャル系である。最初はなあにおじさんというような目で式羽を見ている。

 やがて式羽は手口2を使う。

「俺の友達が君の事が気になって仕方ないっていうんだよ。シャイな奴でよお、俺もこんな事したくないんだけどさ。付き合ってやってよ」

 金髪の女はどうでもいいように、それでも式羽の目線の先をちら見する。そこにはすらっと背の高い響が立っている。まんざらでもない顔をする。

「知り合いなの?」

「ああ、もちろん。ていうか、友達、おい、響、こっちこいよ」

 そして響は近寄ってくる。すらりと背の高い男は二人のギャルの前にすらりと立つ。式羽にふり掛けられた甘い香りの香水が女の鼻をくすぐる。

 響は何も話さない。

「よう、いいだろ。飯はおごるからさあ、いい店知ってんだよ」

「何、どこ?」と、もう一人の赤毛の女が話に乗ってくる。

「ああ、まあ、フレンチ風のアレンジ料理なのね。普通、予約とか要るんだけどさあ、まあ、俺は顔パスでねえ」

「ほんと、おごり?」

「ああ、もちろん」

「どうする?」と、もう金髪に訊ねる。

「ごはんだけなら、いいけど」

「おし、決まりね!」

 そんなわけで、四人はある店へと向かう。その店は恵比寿から白金に続く道を歩いて、一〇分程度の所にある。静かなダイニングバーで弱い黄色の光が観葉植物を照らし、落ち着いた雰囲気を醸し出す、感じのいい店だ。

 式羽の言うようにそこは顔パスだ。式羽が顔を出すと「ああどうも」と主人が答えて、四人が入ってゆく。

 まだ時間は一七時だ。飯を平らげ、ワインを(あお)って、そんなこんなはお手のもの、気がつけば、女たちはホテルへと連れ込まれていた。

 恐れている部分があるのに響は気づいている。いつでも引き金を引きたい想いが気持ちを落ち着かせない。今はこんな事でしか気を紛らわせない。

 明日の朝、部屋に帰れば、留守番電話にあの男の指示が入っているかもしれない。殺したい感情と人殺しをすることに対する恐れが、響の感情を混乱させていた。

 今を落ち着けることができずにいた。

 時はまだ来ない。そしてこんな一日もあるのだと自分に言い聞かせている。


 ※


 もう夏は近いというのにその日は冷たい雨の降る夜だった。

 上野響、二〇歳、職業麻薬の運び屋、普段の居所は上野界隈、現在育ての親であるまさの仇を討つチャンスに恵まれ、次の指示を待っている。仕事は月一しかやらないから普段は上野の「ふくちゃん」という居酒屋に入り浸って暇を潰している。居酒屋の常連客とは仲がいい。

 その日も時間をもてあまし、居酒屋「ふくちゃん」で時間を潰していた。冷たい雨のせいか金曜の夜だというのに客入りはいま一つで、数人のサラリーマンと、歌い人と呼ばれる常連客しかいない。その日、歌い人は、ゆずの「雨と泪」を、ギターを奏でながら熱唱していた。

 そんなバックサウンドに包まれ、響はふくちゃんの娘である女子高生の由佳と他愛のない談笑をしながら暇つぶしの時間を送る。

「今年は新しい水着を買おうと思うの。響さんは、どういうのがいいと思います?」と、由佳が聞く。

「ああ、まあ、かわいらしければ」と響は適当に答える。

「わたし、でも、海はべたつくから好きじゃないの。どちらかというと、プールが好きなの。スポーツクラブとかじゃなくて、回るプールとかあるところ」

「ああ、よくわからないなあ」

「ねえ、よかったら今度一緒に行きませんか?んん、あの、特別な意味はないけど、響さんも一度行ってみるといいですよ」

「ああ、そうだね」

「ええ、じゃあ、考えておきますね。もうプール開きとかしたのかなあ。まだ早いか、梅雨だし。やっぱしワンピースにしようかなあ」

 なんて会話を長々と二時間時間近くしていた。

 結局、その日もまた暇なまま、お愛想をして家へと帰るだけだった。雨の中いつもの家に帰ると、裏口が開いているのに気づいた。鍵を掛けたはずの扉が開いている。響は明らかに異常な状態にあると理解し、その先に何者かがいるのを予想する。軽く深呼吸をして、酔いを醒ますように目をパチパチしてから、開いている扉の先へと体を入れた。

 想像していた何者かは、扉を入って地下階段を下りたところで息を潜めていた。サラリーマン風のその男は気配を消した響の動きにさえすぐ気づき、闇の中で白い歯を煌かせた。

「いや、悪いとは思ったのだが、なかなか帰ってこないんでねえ、外は雨で、ドブネズミと一緒に過ごすのも気分が引けたんで中に入らせてもらったよ。といってもここまでだったがね」

 男はその奥にあるドアノブをガチャガチャ回し、ガンガン前後に振りながら、鍵が掛かっていることを響に見せつけた。

 地下の階段を下ったところに、もう一つ鍵の掛かった扉がある。家のドアはそっちがメインだ。

「こっちの扉は頑丈だねえ。ここはなかなか開かなくてねえ。よく出来た鍵だよ。そこらの鍵屋じゃスペアキーも作ってもらえない。本当は中で待ちたかったんだね」

 響は階段をコツコツと一番下まで下り、そのサラリーマン風の男をどかして、部屋の鍵を開けた。

 そして部屋の明かりを付け、男を招き入れた。響は二人掛けのソファーのど真ん中に腰を下ろし、深々と腰掛けた。男は入口の付近に突っ立ってままでいる。明かりの当たるところでは、その男は本当にただのサラリーマンにしか見えない。有楽町の駅に行けばいつでも会えそうだ。髪の毛は程よい長さで、ムースで手入れされている。顔は細身で、体も細身、スーツは薄青いストライプが入った紺色のシングルで、少しオシャレな品を売っている営業マンにしか見えない。

 でも事実は異なる。その男はある女政治家を響に殺させようとしているの男だ。まっとうな人間ではない。警察は誰も気づかないだろう。彼の見た目は極めてまともなのだ。

 まっとうな人間に見えるほど実は悪人だという事実を、響はいくつもの経験から感じさせられていたからすぐにわかる。本当の悪人は『私は悪人です』という格好をしない。何かを企んで生きている奴らは必ずそういう格好をして世の中に紛れこんでいる。

 そのサラリーマン風の男、呼び名が長いので、ここからは彼の名称を斉藤とする。普通な感じだ。

 彼は自分を斉藤と名乗る。でも実際に彼の本当の名前ではないだろう。本当は御手洗(みたらい)かもしれないし、鴨志田(かもしだ)かもしれない。でもそれでは目立ちすぎるのだ。だから彼は斉藤と名乗っている。すぐに忘れてしまっても、間違えてもあまり問題のない名前だ。特に全国の斉藤さんがつまらない名前と言っているわけではないのだが、ここでは全国の斉藤さんにご了承願いたい。

 斉藤は言う。

「落ち着いたみたいだね」

 響はドキッとした。

 確かに彼の言葉通り、響は数日前より落ち着いていた。しかし斉藤がどうやって自分の心の変化を読み取っているのかは理解できなかった。

「それはそうだよね。これから人を殺そうというんだ。普通はまともであれるはずがない。どんな人間でも、興奮なり、苛立ちなり、矛盾なり感じるはずだ。正常な人間ならそうでしょう?」

 斉藤は響の心を探っていた。その探り処に間違えはなかった。響は動揺を見せないよう返事をしなかった。

 斉藤は響に近づいてきた。響はちらりと斉藤の方を見やった。

 一枚の封筒を胸の内ポケットから取り出し、響の座るソファーの上に置いた。

「今日はこれだけの用でね」

 それだけだけ置くと、彼はそれ以上は何も求めなかった。

「後は頼むよ」

 そうとだけ告げると振り返り、玄関のドアへと向かい、現実ではなかったようと消えるように去っていった。

 玄関の扉はすでに閉じていた。斉藤は最初からそこにいなかったように消えてしまった。ただ一枚の封筒だけが、そこにその男が来たという現実を残していた。

 響は立ち上がり、封筒を手にした。さほど厚いものではなかったが、そこには札束が入っているのが指先の感触で得られた。

 玄関に内鍵をし、それから響はその封筒の袖を開いた。中には予想通り10万ほどの金が入っていた。それと一枚のA4用紙が同封されていた。


『場所:五十嵐邸

 日付:6月22日

 時刻:18時~20時

 催事:五十嵐卓人(いがらしたくと)の絵画展開催記念パーティー』


 そして、五十嵐邸の間取り図(どこが狙いどころかも書いてある)と五十嵐邸への行き方が書かれた地図が付いていた。

 響は了承した。

『ここへ行けばいい。そうすればあの女を殺せる。あの偽善に溢れた女を撃ち殺す事が出来る。脳みそを一発でぶち抜いてしまうのはもったいないが、仕方ない。何しろ大物政治家だ。簡単にやれるチャンスはない』

 興奮は増していた。

『今夜は眠れそうにない』

 響は冷蔵庫に行き、そこからハイネケンの缶ビールを取り出しタブを引っ張った。そして口に注ぐ。固まりそうな脳をさらりとしたアルコールで溶かし込んでゆく。

『明日、明後日…』

 それから何も考えないようにした。ソファーにドタリと再び腰掛け、目を瞑った。眠れそうにはない。

『でも時だけは過ぎてゆくだろう。そして時期は訪れるだろう』

 待ち遠しいのか、来て欲しくないのか、響の脳は再び落ち着きを失っていった。

『それでも答えは、時間の過ぎた先にしかない』

 しっかりとその事だけを理解して時が訪れるのを待っていた。


 ※


 嶋咲枝(しまさきえ) 四〇歳 独身

 二〇〇三年衆議院選に初当選

 二〇〇五年衆議院選に2度目の当選


 その後、経済産業省副大臣を務めるなど活躍の場を広げている女性政治家だ。


 大手電機メーカーの上層部である父親の次女として生まれた少女は、幼い頃はおとなしく、友達はほとんどいなかった。成績は優秀で、本ばかりを読んでいる少女であった。いじめなどに遭うこともなかったが、近寄り難い存在として周りの同級生から距離を置かれていた。

 都内某有名私立大学経済学部に進学後も彼女は変わらない生活を送った。この頃独り暮らしを始めたが、男性との同棲生活なども見られず、サークル活動等に参加する様子もなかった。彼女は本を読んで、勉学に励む生活を送り続けていた。

 一九八九年、嶋咲枝は大手のメーカーに就職が決まった。そしてそこから人生が一転する。元来の父親譲りの有能な力が発揮されただけといえばそれまでかもしれないが、彼女はまだ女性蔑視の強い時代の中でスーパーキャリアウーマンとして立派な経歴を重ねてゆく。

 ここで一度、彼女が大学を卒業する数ヶ月前に起きた不幸な出来事の話をしよう。それは彼女の姉、由里佳(ゆりか)とその夫の中下丈(なかしたじょう)が難病によりこの世を去ったという話だ。

 由里佳と中下は大学の同じサークルで知り合い、大学を卒業したその年の九月に結婚した。それから2年生活をした後に二人は亡くなってしまった。

 表向きは難病となっていたが、咲枝の聞いた噂話ではそれは性病の一種によるものだったということだ。そのため、その死はあまり表沙汰にならないよう密葬として片づけられた。

 嶋咲枝の人生は不思議とそこから一転した。仕事姿勢は極めて単純明快で理に適って効率が良い。その仕事っぷりから多くの後輩に尊敬され、多くの男たちに惚れこまれて囲まれるようになっていった。

 反面、彼女を良く思わない者たちもいた。彼女は仕事においてはとても有能であったが、彼女の素顔を知る者は誰もいなかった。趣味、男関係を知るものも誰もおらず、その頃の嶋咲枝は仕事や同僚の幸運な出来事に笑顔を浮かべる事はあっても、心から何かを楽しんで笑うような素振りは見せなかった。だから、中には彼女の人間らしさの欠けた人柄を良く思わない者も多くいた。

 さらに彼女の人生の変化に拍車をかけたのは父親の紹介によるものだった。三〇を過ぎても結婚相手が見えない娘を案じて、見合い目的である政治関係の男と引き合わせた。もちろん最初はそのつもりであったのだが、なぜが政治の話で盛り上がり、あまりに政治に関して詳しい咲枝に、見合い相手の男は別の意味で惚れ込んでしまった。

 機運到来したその年に、政治界ではある大物政治家の汚職問題が発覚した。問題はうやむやのままに、その政治家の議員辞職により決着がついた。しかし党幹部にとっては大事な議席を失う恐れができてしまった。

 クリーンなイメージを打ち出したい与党は様々な方面から次期候補を探そうとしたが、ほとんどが官僚上がりで相応しい人物が見当たらない。そこに出てきたのが、嶋咲枝であった。

 見合い相手であった男が党幹部に嶋を紹介するや否や上層部は白羽の矢を立て、彼女を政治の世界に担ぎ出した。そして二〇〇三年の選挙で、彼女は圧倒的に有利とされていた野党の議員に辛勝して一議席を掴み取ったのだった。

 そしてあれよあれよという間に今のポストまでのし上がってしまった。


 ここからは五十嵐卓人という人物について紹介しよう。この人物は嶋咲枝殺害のために斉藤が選んだパーティーの主賓者となる人物だ。

 五十嵐卓人 三九歳 独身

 五十嵐の父は大手証券会社のエリートサラリーマンであった。卓人はその一人息子として何不自由なく育った。母親が芸大出身で、その影響もあり卓人は画家の道を選択することとなった。

 五十嵐の父親は会社を定年してまもなく、脳梗塞によりこの世を去ってしまった。卓人の母親は長年の夢であった、パリへの移住を決定し、学生時代の友人たちとパリで暮らし始めた。

 五十嵐卓人は母には付いて行かず、その後も青山にある実家で暮らした。

 しかし二〇〇四年の冬、母親に呼ばれ、パリへと向かった。それは絵画展への出展の持ちかけだった。

 二〇〇四年春、パリでフランス国際絵画展が開かれた。五十嵐はその中に母親のコネとして、その年に書いた唯一の自信作である『水色の光景』を出展して、ブースで時を送っていた。


『水色の光景』:セーヌ川に佇む一人の少年を描いた水彩画である。

 少年のどことなく物悲しい表情が、人々の心を誘う一作


 一人の日本人が彼の絵を熱心に見ていた。この女こそが、たまたまその絵画展に招待された嶋咲枝だった。

「ご旅行ですか?」と、五十嵐は日本人と思われる咲枝に声を掛けた。

 咲枝はクスクスと笑い答えた。

「いえ、本日は招待で伺わせていただきました」

 咲枝はその頃、すでに日本で話題の女性となっていたので自信を持った態度で、五十嵐に接した。

「ああ、これは失礼しました。来賓の方でしたとは。すみません、どうも私、世の中に(うと)いものでして」

 そう照れながら答える五十嵐を、咲枝は再びクスクスと笑った。それは全くといっていいくらい見せたことのない咲枝の自然な笑顔だった。

 嶋咲枝はしばらくの間、『水色の光景』をじっくり眺めてから口を開いた。

「素敵な絵ですね。きっと、この作品はすぐに話題となるでしょう。そしてきっとあなたは成功しますよ」

「ありがとうございます。でもいかがでしょうか。お褒め頂き、こんな事を言うのも何なのですが、私はまだ一枚の絵も売った経歴がないのです。今回はあそこにいる母親のコネでやっと展示してもらうのがやっとなんです。画家とも言えない。日本に暮らしている、いわゆるニートっていやつですか?私の絵なんてそれ程の評価を得る機会はありませんよ」

 咲枝はもう一度クスクスと笑い答えた。

「評価は出展して、人の目に触れるようになってからもらうものです。今までのあなたはまだその場にも立っていなかったのですから、ここからがスタートですよ。私はきっとこの絵があなたの人生を変える第一歩になると思いますよ」

 五十嵐はそんな咲枝の回答に笑顔を浮かべた。そしてその咲枝の言葉通り、五十嵐の『水色の光景』はパリの厳しい目をした絵画ファンを唸らせた。彼の作品は一躍脚光を浴び、その情報は日本の絵画好きの耳にまで届いていた。いくつかの新聞社もその情報を取り上げた。五十嵐の母親はパリの絵画コレクターに『水色の光景』を二十五万円程度の代金で売り、それが始めての五十嵐の作品となった。

 五十嵐は日本に帰って来ると何人かの投資家に声を掛けられた。絵画展やギャラリーを開かないかという話だ。しかし五十嵐はその良き話の全てをことごとく断ってしまった。

「私にはあの作品しかありませんでした。あとは全て到底人前に見せられるような作品ではありません」

 投資家はそんなのは謙遜だと五十嵐を何度か説得しようとしたが、結局のところ五十嵐は投資家に古い作品を見せることはなかった。五十嵐が脚光を浴びた話は、数ヵ月後には何も無かったかのようにすっかり消え去ってしまった。


 話は再び嶋咲枝に戻る。

 彼女は政治家になって以後、様々な仕事に取り組んだ。マスコミは彼女の美貌(びぼう)を取り上げ、「新恋人発覚」だの「代議員様は嶋の香水にメロメロ」だの、あってもなくてもどうでもいい噂話ばかりを取り上げた。雑誌者にとっては世の中には受けが良かったので真実などどうでもいい話だった。

 咲枝はそんな記事など気にもしなかった。彼女は着々と仕事をこなしていた。彼女は議員となるなりすぐに泥臭い仕事もすんなり引き受けた。普通は善悪に迷うようなきな臭い仕事も、彼女は顔色一つ変えることなくやってのけた。警視庁上層部との取引、暴力団との提携、大手企業との談合、優良投資家への情報漏えい。ばれれば一発で逮捕となるような出来事を恐れもなく引き受け、彼女はそつなくこなした。

 議員の中では彼女を仮面の女と罵る者も数多くいた。彼女をよく思わない者も数多くいたが、すでに彼女はあらゆる世界の上層部を味方につけ、守られる立場になっていた。

 嶋咲枝の仕事は理に適っていて無駄なく得のする話が多い。彼女と付き合えば損はしない。すぐにそんな噂は広まり、彼女の周りには常にたくさんの取り巻きがいた。相手にするのはその内の一部にしか過ぎないが、トップの世界で彼女はすでに幸運の女神として知られていた。


 五十嵐との再会は今から半年前だ。五十嵐はここ四年で急ピッチに一五作の作品を仕上げていた。世の中にはもっと描く画家はたくさんいるだろうが、彼にとってはかなり急ピッチな活動だった。

 五十嵐に逢うなり、嶋は展示会を開くよう勧めてきた。五十嵐はその時も断ろうとしたが、自分の絵を当時から好んでくれていた嶋咲枝の勧めならと、その誘いに乗ったのだった。

 そして展示会が決まり。六月二二日、展示会開催決定を祝うパーティーが五十嵐邸で催される運びとなった。

 響が嶋咲枝を殺害しようとしているのはそんな日だった。


 ※


 さて、物語は再び上野響を主人公とした物語に戻る。ついに大物女政治家の嶋咲枝を殺すチャンスを与えられた日を迎えた。

 上野響は育ての親のまさを、嶋咲枝に殺されたと勘繰っている。嶋咲枝に死んでほしいと願う輩は数多いるが、響の下には、斉藤という謎のサラリーマン風の男が殺人依頼にやってきた。

 響はその謎の男に、報酬前金の十万円と拳銃、そして殺害予定場所が書かれたメモ紙を渡され、五十嵐邸までやってきた。

 五十嵐邸は青山霊園墓地のすぐ側にある。こじんまりとした佇まいだった。響は一六時に下調べをしていた。どこにでもありそうな家だと感じた。その時、響は五十嵐の表札をちらりと確認しただけで通り過ぎて、再び時間が来るのを近くの喫茶店で待っていた。

 五十嵐邸ではパーティーが催される。開催時間は一八時から二〇時だ。パーティーの主題は『五十嵐卓人の絵画展開催記念パーティー』である。

 出席者は八名いた。

 五十嵐卓人(三九歳)展示会を開催する画家。

 嶋咲枝(四〇歳)。響が恨みを持つ大物女性政治家で、五十嵐の絵を好み投資する女。

 片岡(三〇代の男)。嶋咲枝から情報をもらい受けて、投資に成功している若手の投資家だ。金と女にしか興味のなさそうな、いけ好かない雰囲気をかもし出す男である。

 皇子原(おおじはら・二七歳)。どこかの御曹司。片岡と同じく投資家である。金持ちの子らしくお坊ちゃまで、片岡と同じく人に好かれるようなタイプではない。

 西山(五〇くらい)。髭をはやし、頭の禿げたおっさん。この近所に住む資産家で、気に入った絵のためならいくらでも払う。これまた、金にいやらしい顔つきのおじさんだ。

 大崎(三五歳)。嶋の秘書を務めている女だ。頭脳明晰だが、面倒事を大いに嫌う。今日はしかたなく付いてきているといった顔をしている。

 大池(二八歳)。こいつはただの絵画好きの女だ。嶋咲枝の昔の部下で、今はただの主婦である。今回は嶋に同席させてもらった。この中ではまだ心落ち着く存在だ。

 もう一人は嶋がこの日のために呼び寄せた男だ。近くで創作懐石料理店を営む、髭の生えたシェフ。

 パーティーという割にはざっと言い並べられるほどの人数しかいない。なぜならこのパーティーは主催者である嶋のために催されているからだ。実際の出展パーティーは別途行われる。そこに嶋が出席すると大きな騒ぎとなるから五十嵐は簡単なパーティーを自宅で開催するのはいかがかと嶋に持ちかけた。嶋は少々困ったが、その日はちょうど都合がよかったので承諾した。結果としては、いけ好かない面子ばかりが集まってしまい、つまらないパーティーとなりそうではあった。それでも人の好い五十嵐は(こころよ)く彼らを迎え入れた。

 五十嵐邸は小さな一軒家だ。青山墓地のすぐ脇で、左右も民家に囲まれている。

 東側の板塀の門戸を(くぐ)り、細い小路を進んだ先の左手に玄関口がある。玄関を上がると左手がトイレになっていて、正面の南側には二十畳ほどの客間が広がっている。客間の手前には廊下が右手に伸びている。折れて右手前から脱衣所、風呂場、物置の順に並んで、廊下の一番奥はキッチンがあり、方角では西側だ。客間の右隣はさらに三十畳ほどのリビングが広がり、リビングの奥に二階へ上る階段がある。

 二階は個人用の部屋が三部屋ある。一部屋は亡くなった父親の部屋で空いていて、真ん中が五十嵐卓人の部屋、奥は居候する五十嵐の叔父の孫息子が間借りしている。

 パーティーは客間で簡単な会食が行われている。客間の南側から庭に出られるようになっている。庭は塀に覆われているが、塀は外から覗き見ることができるくらいの高さだ。

 響の狙い目はここにあった。客間から庭に出てくる嶋を狙う。それが響とそれを指示する斉藤の思惑だった。しかし運の悪く、その日は夕刻過ぎから雨が降り出した。嶋が部屋の外に出てくる確率はだいぶ低くなってしまっていた。しかもどしゃぶりの大雨だ。

 窓もしっかり閉められていた。塀の外から客間を何となく(うかが)うこともできるが、ガラス越しで狙うには難しい状況になっていた。

 響は狭い路地を挟んで反対側にある霊園墓地の生垣に隠れ、時機を待っていた。雨は全ての悪要因となるわけではない。雨のおかげで人通りは皆無に等しかったし、響自身も傘を差して自分の容姿を自然と隠すことができていた。唯一のチャンスは運よく嶋が部屋の外に顔を出してくれる瞬間だけだった。

 時間は刻々と過ぎていった。パーティーの終盤の方がむしろ狙い目だと響は感じていた。帰る前に雨を確認しようと外を覗く。その瞬間が一番の好機だと響は想像していた。

 もうすぐ午後八時を迎えようとしていた。響は薄汚いショルダーバッグに隠し持っていたリボルバーを手に取った。弾はすでに充填(じゅうてん)済みだ。後は安全装置を外し、引き金を引くだけだ。

 しかし響には変な違和感があった。どこかに誰かがいるという感覚だ。その感覚は決してただの勘ではない。その違和感は間違いのないものだ。こういった時には確かな勘が働く。麻薬運びに捕まることなく無事にこなしてこれたのは、この勘が冴えているおかげだ。

 響は、麻薬の取引で別れた後にドジって捜査官に追い回された運び屋を幾人か知っている。彼にとっては間抜け極まりないとしか思えなかったが、常人ならその程度のものだ。彼は特別に勘がいいのだ。本人は特殊能力だという自覚を持っていないようだが、それは確かに常人を(いっ)した能力であった。

 何者かが五十嵐邸の玄関付近にいるようだった。さほど近い距離ではない。姿を傘に隠している響は下手に顔が上げられずにいる。その何者かは五十嵐邸に興味を示しているようだ。隣の家でもなく、奥の家でもなく、紛れもなく五十嵐邸を見つめている。

 そっちに気を取られていた瞬間、客間の窓が開いた。チャンスは今しかない。

 顔を覗かせたのは五十嵐卓人だった。

「まだ降ってますねえ」

 響の耳にはよくは聞こえなかったが、五十嵐はそう言ったようだ。そして窓の隙間、五十嵐の向こう側に、嶋咲枝が顔を覗かせていた。テレビ画面を通さずに見る嶋咲枝の姿はほぼ初めてに近かった。かつてまさと一緒にいた姿を見た覚えはある。その女の顔だ。確かに憶えていた。それはテレビの顔より、その時の顔に似ていた。

 チャンスはほんの少しの隙間にあった。射程距離は七メートル、ぎりぎりのところだ。それより何より五十嵐の姿があまりに邪魔をしている。

 雨の音が様々な音を掻き消してくれている。思い切って生垣を飛び越え、道を渡り塀のすぐ手前から狙えば四メートルの射程距離まで近づける。的中率は格段に高くなる。でも塀の玄関近くには謎の男がいるようだし、部屋にもまだ人か残っている。誰にも気づかれずそこから狙うのは無謀だ。

 だがチャンスは今をおいては無いだろう。もうすぐ嶋咲枝は車を呼び寄せ、家に帰るだろう。

 それでも響は墓地に隠れた生垣から姿を出すことができなかった。むしろ墓地の方へと逃げるように走っていった。自分でもなぜそんな行動をしたのかわからなかった。ただ狙いは定まらなかった。

 嶋咲枝を殺せるチャンスは極めて薄い。無我夢中で立ち向かえば殺すこともできたかもしれない。しかし響には自分を犠牲にしてまでやろうという準備はなかった。着実に嶋咲枝を葬りたかった。その点において今日はチャンスに乏しかった。

『チャンスは再び訪れるだろうか?斉藤は俺のミスを許すだろうか?』

 不安が響の心によぎった。霊園の中で黒傘を差し、拳銃を手にして突っ立っていた。奇妙な光景だった。墓場に眠る人々が誰も死ななかったことに安堵(あんど)しているかのように、墓場はひっそりと安らかな空気に包まれていた。

『やらずに済んだんだ』

 響にはそういった安堵感が訪れていた。それはやれなかっただけだが、するな!と、誰かが言っているよう気もした。不思議と心の落ち着きを感じ始めた。張り詰めていた空気が一気に緩和された。

『もう、チャンスはないのかもしれない』

 最後に響は再びそう思った。次の時があるように感じられなかった。この後どうなるかもわからなかった。

 それでも考えるのを止めた。向かう場所もなく、元に戻る気もおきず、拳銃をバッグに仕舞いこみ、外苑前駅がある方へと帰っていった。

『もう終りにしよう』

 そう感じていた。


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