二十七話:絶望……?
鬼神拳双掌式の滅がキュウカクの腹部へ完全に入ると同時に、時感覚が元に戻ってスローモーションも解除される。
一瞬遅れて、水面に巨大な岩が投げ込まれたかのような独特の衝撃音と、力の反動で腕と踏み足が破裂する音が合わさって、何とも耳障りな不協和音が響き渡り――キュウカクの背後には、その体にいき渡りきらずに逃げた力によって、およそ数十キロに及ぶであろう巨大な穴が穿たれていた。
「ぐぅあっ……アアァァァァ……」
右足の膝から下が吹き飛んだため、体勢を崩して前のめりに倒れてしまう。
両腕も二の腕の部分までが消えているため、受け身も取れずに鼻から地面に激突してしまった。
すべての力を振り絞った今は体組成強化なども元に戻ってしまっているため、鼻骨が折れて涙が止まらなくなる。
「どう、だっ……や、やったか――ッ!?」
消えそうな意識を必死に保ちながら、涙で滲む視界を持ち上げる――
「フフフフ、凄い力だな。ゲンカイでは適わぬわけだ」
「な……ッ!?」
あの手ごたえと衝撃なら、チリ一つ残さず消し飛んでくれていなければならないはずだ。
なのに、心底楽し気に笑っているキュウカクの、その柔らかそうな肢体には傷一つなく……腹部周辺の衣服が多少吹き飛ばされてヘソが露出した、くらいの被害しか与えられていなかった。
「ハッ、ハハハッ……」
未だかつて経験したことのないあまりの力量差に、絶望の笑いが込み上げる。
――やっぱり、俺もメリシアと逃げておくんだった。
「しかし……その様子では、今のがお前の全力のようだな」
フゥと小さくため息をついたキュウカクがその場でクルっと回ると、フリフリした膝丈の黒いスカートが風に舞って紫色の下着を完全に露出させた後、上質そうな生地がゆっくりと元に戻り再び下着を覆い隠していく。
その独特の妖しさに目を奪われていると、まるでたった今、新品の服を着下ろしたかのように、破れた箇所が消えていることに気が付く。
「いったい……どう、なってるんだ……?」
「どう、とは? 質問の意図を把握しかねる」
「俺の滅を受けておいて……なぜ無傷なんだ……」
「ん、なんだ。九階層にいたドラガロンから聞いていないのか」
キュウカクが人差し指をピンと立てる。
「妾はこの迷宮の支配者だ。お前が放った、妾に対する攻撃は――武林迷宮に溜め込んだ魔力で相殺させて貰ったぞ」
「マジかよ……そんなことができんのか……」
「何を言う。お前とて同じような力を使っておるだろう」
「……あ」
この世界に来て間もない頃、おっさんの隠れ家で婆さんから聞いた『お前さんの力は別の世界から引っ張ってきとるもんだの』という言葉を思い出す。
そういえば、あの時にこんなことも言ってたな――
「力の調和……」
「ほう! お前も妾と同じ闇に触れし者だったか!?」
脳の海馬から零れ出た俺の言葉に、キュウカクがその青い瞳を輝かせる。
「シャイアめ、この世界を構成する時にコチラから別次元へと繋がる量子特異点は用意したクセに、別次元からこちらへの干渉は是とせずに空間を歪曲させおった……おかげでどれほどの時を無為に過ごすことになったか」
駄々を捏ねる子供のように地団駄を踏むその姿からは、先ほどのような得たいの知れない恐怖は微塵も感じられない。
「だがな、数千年……いや、数万年か? なぁ、人間の男よ。シャイアがフィオレンティアを作ってから、外界ではどれほど時が経過したのだ?」
「……俺は転移者でな、この世界で生まれ育ったわけじゃないから、すまんが分からない」
「そうか……まぁいい。転移してきたのなら分かるだろうが、フィオレンティア以外にも世界は無数に存在する。守護武神とはそのような世界のなかから選りすぐった、生え抜きの存在のことだ。そして集められたそれらが、一つ所で各々与えられた課題に取り組む場所として作られた研究所のような存在こそ――この武林迷宮なのだ」
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