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七話:逃走する者、匿う者

 両脇にいた兵士がそれを見て、信じられないという顔をする。

 なにせ、人間が自力で鎖を引き千切ったのだ。それを行った当の本人である俺でさえ、本当に出来てしまったことに驚いているのだから、当然の反応だろう。

 ちょうど部屋を出るために踵を返していたエリウスとメリシアちゃんも、同様に目を見開き驚愕の表情を浮かべてこちらを見ていたが、さすがと言うべきか、メリシアちゃんだけは直ぐに前傾姿勢になり剣の柄に手を伸ばした。


 「何度も本当にごめん。メリシアちゃん……おっさんの所に行ってみるよ」


 そう言って後ろを振り向き、足に力を入れて走り出す――


 バゴァッ


 「んっ!?」


 蹴り足がフワッと空中を蹴るかのように空振りするような違和感にギョッとして、首だけで振り返り足元を見ると、乗っていた台が弾け、その破片が兵士を襲うのが視界の端に映る――かと思えば、次の瞬間には扉を突き破り廊下に飛び出ていた。


 「――うぉっあああぁぁっ!?」


 ドガン!


 どうやら力を入れすぎたらしいことに、廊下の突き当たりの壁に追突してから気が付く。

 自分がやったことではあるのだが、軽自動車どころか自転車にしか乗ったことが無いのに突然F1カーに乗ってアクセル全開にしたような、恐怖さえ感じるその手応えにパニクってしまう。

 そんな状態なので、叫び声をあげて色々破壊しながらにはなるが――全速力で来た道を戻ってどうにかこうにか、外までたどり着くことができた。


 「や、やっと出れた」


 えーとえーと、どこだったか……。

 いちおう馬車の中でも確認はしていたのだが、念のため再度おっさんに貰った紙を慎重に広げる。


 「あっちか……結構離れてるな」


 貰った紙は地図になっていて、今いる教会からだと南西にある建物に丸印が付けてあった。

 位置関係を把握し終わり、紙をクシャッと丸めてポケットに戻そうとしたところで、騒ぎに気が付いたのか、兵士が続々と階段を上ってきた。


 「貴様、止まれ!」

 「やっべ」


 焦りから足に余計な力が入り、意図せず跳躍してしまう。

 建物の中もだけど、やっぱアレも後で弁償しないといけないかな……と、自分の跳躍によって円形に凹んで周囲に亀裂が入った、数舜前までは見事に舗装されていた石畳の変わり果てた姿を視界の端に捉えて後悔――したのも束の間


 「え、えっ、これ大丈夫なのか!?」


 いつ終わるのかと不安になるほどグングン上昇していることに気が付き、覗き込むようにして慌てて下を見ると、既に街の全景がジオラマのように眼下に広がっていた。


 「ちょちょちょちょやばいやばい! 落ちるっうううぅぅぅぅ!!」


 そして当然ながら、上昇したあとは自由落下のはじまりである。

 どんどん近づいてくる街並み、建物、地面――ゴガァン!!


 「いててて……ん? 痛くない……?」


 路地裏といった風情の少し狭い道に、昔のカートゥーンアニメでよく目にしたようなくっきりとした人型の穴を開けながら激突……もとい、着地したはずだ。

 超高層ビルの最上階くらいの高さから落下したのに怪我どころか痛みも特になく、本日何度目かは忘れたが、脳内と感覚のずれでギクシャクしてしまう。

 超人になった気分ってこういうもんか?

 状況が状況なため、男なら誰しも一度は憧れる存在になれた割にはまったく嬉しくない。


 「こ、ここが酒場で……あそこに、えー……道具屋、か?」


 すぐに穴から這い出て周囲を見回すと、さっき確認した地図に載っていた目印と同じ、酒場っぽいビールジョッキのようなマークの看板と、袋に詰められた草に羽ペンが重なったようなマークの道具屋っぽい看板を発見する。


 「……あった!」


 店との位置関係から、地図に丸で記しが付けられていた建物を何とか見つけだし、急いで駆け込む。


 メギョッ――バゴォン!


 「おっさん! いるか!?」

 「むっ、来たか!」


 リビング兼ダイニングキッチンと言えばいいのか、扉を開けた目の前には食事スペースと思しき長めのテーブルに椅子が六脚用意され、右手の壁際に暖炉が据えられていた。

 暖炉の反対側、入り口から見て左手は少し背の高いカウンターキッチンとなっていて、そこからオッサンがヒョコっと顔を覗かせている。


 「良かった! いてくれたか!」

 「おお、待っておったぞ」


 初めて会ったときはその巨体に恐怖を感じたが、今は逆に安堵を覚える。


 「にしても……おぬし、その扉は外開きだぞ」

 「へ?」


 後ろを振り返ると、ドアノブはメギョメギョに握り潰され、扉は周囲の壁もろとも外から無理矢理に押し壊され……と、ドアだったとは思えないほど原型のない破片が室内に散乱していた。


 「ご、ごめん! わざとじゃ……」


 ここを見つけられた喜びに我を忘れて飛び込んだ、というその風情に、焦りと不安が如実に表れていて恥ずかしくなってくる。


 「っつーか! こういうのも含めて助けて欲しいんだけど!?」

 「ふむ、その様子だとやはり斬首であったか?」

 「やはりってなんだよ! って……おっさん、やっぱこうなること知ってたのか!?」

 「知っておったわけがなかろう。が、まぁ、ある程度予測はしておったよ」

 「そういうのは先に言っといてくれよ……もうどうしていいか分からん……」

 「まぁ落ち着け落ち着け。ここなら暫くは安心だ」


 そう言うと、カウンターキッチンからこっちを覗き込んだまま、その巨体には不釣合いな小さいマグカップに入った液体(紅茶か?)を啜り、香りを楽しむように顔を綻ばせた。


 「この辺りは中央教区内でも人があまり住んでいない区画でな。この家も、オレの隠れ家のようなところなのよ」


 そこまで言ってもう一度マグカップに口を付け、お前も飲むか? という感じでティーポットをこちらに掲げてくる。

 あまりに悠長なその態度が逆に不安を煽る。あえて何もリアクションを返さないことで俺が苛立っているのを態度として示すが、伝わったのか伝わってないのか……おっさんは調子を変えずマイペースに話しを続けた。


 「多少の騒ぎがあろうと住人同士不干渉! それが何とも居心地が良くてな。たまにここで、こうして茶を飲んでは英気を養っておるのだ」

 「いや、茶なんか飲んでる場合か!?」

 「隠れ家のようなもの、と言ったろう。お主がこの辺りに来ているということが分かったところで、この建物までそう簡単には辿り着かんように手を回しておるわ。なにせ中央教区は広い上に、今この街の中には、オレが預かる中央教区近衛騎士団しかまともな隊がおらんからな」

 「そう、なのか?」

 「今のお主にとって、ここはこの街で一番安全な場所であろうよ」


 話しながら席を立ったおっさんが、カウンターキッチンにある食器棚からマグカップを取り出し、ドシドシと足音を立てながらテーブルに戻る。

 そして持ってきたマグカップへ紅茶を注ぎ、テーブルの対面――俺にマグカップを差し出してから、椅子に腰掛けた。


 「葉巻をやっても構わんか?」

 「……ハァ。ここはおっさんの家なんだろ、遠慮なんかいらねぇよ」


 おっさんはスマンとでも言いたげにニヤっと顔を歪めて懐から葉巻を一本取り出し、指先に近付けて全体をゆっくり炙りはじめた。

 その落ち着きぶりがあまりに見事で、見知らぬ土地で突然の便意を覚えたときのように憔悴していた自分が段々バカらしく――


 「ん? そっ、それ、えっ?」


 今まさに火をつけ終えたタバコ――海外の軍人が吸ってそうな極太の葉巻――をゆったりと愉しみはじめたおっさんの指先を凝視する。

 えーと、マッチとかライターとか持ってないよな……どうやって火をつけたんだ?


 「スーー、フハァ……ん、なんだ、吸うか?」

 「いや、いい。っつーか葉巻の煙って本来は肺にいれないようにくゆらせて吸うんだぞ――ってそんなことは今どうでもいい! それ! その葉巻! どうやって火をつけたんだ!?」

 「どうって、こう、ボッとだが?」

 「そういうことじゃなくて……と、とにかくもう一度火をつけるところやってみてくれ!」

 「ぬん?」


 おっさんが指先から火を出し、再度葉巻を近づけていく。


 「それそれ! どうなってんだそれ!?」

 「どう、とは?」

 「その火ぃ出してるやつだよ! あぁもう!」


 意思の疎通を諦め、身を乗り出しておっさんの指先を凝視する。


 「ぬ?」

 「……ライターとか、ランプとか、手品とかそんなチャチなモンじゃない」


 本当に()()()()()()()()()()()()()()


 「これ、この火はどうやって出してるんだ?」

 「ぬぅ……不思議なことを聞くヤツよ」


 おっさんが葉巻を灰皿に置き、太い腕を窮屈そうに組んでアゴをさすりながら考え込む。


 「……お主はどうやって呼吸をしておるのだ?」

 「は?」

 「そういうことよ」

 「いや、そういうことよって……言われても……」


 どうやら理屈ではなく、まさしく呼吸するかの如く火を出すことができるんだよと言いたいらしいのは分かるが、それでは到底納得できない。


 「おっさん、話したいこととか聞きたいことが山ほどあんだけど」

 「このオレとて同じことよ。なに、余裕ならばたっぶりある」


 おっさんが葉巻をくわえ直してからゆっくりと煙を吸い込んだのを見て、できるだけ落ち着いて話しはじめる。


 「今日、初めて会ったときにおっさんから質問されたことについてだけど」

 「あの森で何をしてたか、だな?」


 頷き、生唾を飲み込むと舌の根が喉に張り付いた。

 そういえば森を抜けてからここまで全く水分が取れていないことを思い出し、赤ん坊の手に触れるくらいの力加減で何とかマグカップを持ち上げ中身を啜ると、ダージリンの華やかな香りが鼻から抜けた。


 「おっさん、信じられなくてもいい。聞きたいことも次々出てくるだろうけど、何も言わず聞いてくれ」

 「言ったろう、強者には敬意を払うと」


 おっさんが組んでいた腕を解いて右手で胸を叩く。


 「このトルキダスに二言は無い」

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