六話:審問
「これより、イマイソウタへの審問をはじめる」
真ん中に座っている老齢の男性――裁判長的な位置付けだろうか――が声高に宣言する。
「エリウス大司教、メリシア枢機卿の両名はこれへ」
上半身だけで振り返ると、背後の扉が開き、エリウスとメリシアちゃんが入ってくるのが見えた。
エリウスは変わった様子が見られないものの、メリシアちゃんは眉間に深いしわを寄せて、何やら深刻そうな表情をしている。
二人はそのままこちらを一瞥もせず通り過ぎると、裁判長っぽいジイさんと俺の、ちょうど中間くらいのところで止まった。
「メリシア・コーネルス、まかり越しました」
「エリウス・フリュイアーノ、まかり越しました」
「メリシア枢機卿、宵闇の使徒としての疑いがある者を連れてきたというが、その経緯から説明して貰っても良いかな」
「はい、巡礼中に野営していたところ、突然襲われ、さらに聖鎧フェスティスをまるで真綿の如く引き裂かれ……失いました」
そこで、ザワザワと動揺の声が広がる、と――
「聖鎧フェスティスにはシャイア様の加護が宿り、この聖堂にて代々継承されてきた聖なる纏のひとつでした」
その声を掻き消すかのように、エリウスが芝居じみた演説をはじめる。
「聖典には、宵闇の使徒はおよそ人とは思えない力を持ち、対話は出来ず、その姿はまさしく破壊と殺意に塗れ穢れた存在である、とあります」
後ろにいる俺を振り返りもせずに片手だけで指す。
「しかし、イマイソウタとは一応の対話が可能、さらに今の所は従順のように装っておりますので、一旦話を聞いてみてもよろしいかと考えますが、いかがでしょう」
それを受けて、ジイさんが口を開いた。
「そうじゃな……イマイソウタ、申し開きはあるか」
「えっ、えーと、ちょっとその前に……審問って、今やってるこの裁判みたいなことがそうなんでしょうか」
「……他国では人が人を裁くようじゃが、我々は違う。シャイア様の加護の元で真実を求め、聖典に従い教えを説き、人ではなく穢れを罰するのが、ここオールタニアでの審問となっておる」
「な、なるほど……」
それって裁判と何が違うんだ?
もっともらしく言い回しても、結局、人が人を裁いてるのには変わり無いような……と思ったが、そんなことはとても言える空気ではない。
というかそもそも何をどこまで、どうやって申し開けばいいんだ。
メリシアちゃんへの暴行について? どうしてあんなことをしたのか自分でも分からん。
鎧を壊したことか? 脱がし方が分からなかったからだが、言い訳にすらならないだろう。
俺がヨイヤミのシトとやらじゃないことについての説明をすればいいのか? ヨイヤミのシトが何なのかがそもそも分からん。
グルグルと思考がまわってるようで、その実、堂々巡りを繰り返すだけの脳は、早くも限界を迎えようとしていた。
「イマイソウタ、宵闇の使徒としての自覚はあるか?」
自分の裁判だというのに自己弁護をしようとしない俺を見かねたのか、メリシアちゃんが助け舟を出してくれた。
「いや、無い、です。というより、さっきの話からすると、そもそもそういうヤツだったら会話にならないんですよね? なら俺じゃないと思うのですが……」
「ふむ、メリシア枢機卿への暴挙についてはどうじゃ?」
「鎧を壊したり、メリシアちゃんを殺そうとしたことは事実です……心から反省しています。ただ、そのときのことは俺自身、状況が把握できてなくてワケが分からなかったというか、混乱していたのもあるかもしれませ――」
ウソを言ってもしかたが無いし、自分がやってしまったことについては罪を償わなければいけないと思っているため、本当のことだけを真摯に話していると、エリウスが遮るようにして口を挟んできた。
「――この、本人でも自覚できない突然の殺意。そして異常ともいうべきその膂力が、何よりの証拠では無いかと私は考えます。確かに聖典には対話ができないとありますが、メリシア様曰く、目の前に突然現れ、言葉を交わしている最中に前触れ無く襲われたそうです」
時折、身ぶりや手振りを交えながら大仰に続ける。
「そもそも……聖鎧を破壊できたことのみをもってしても、宵闇の使徒であると断ずるに疑いの余地は無いのではございませんか?」
「この者が暴れたのは一度キリで、ここまでの道程では大人しくしていた事実についてはどう説明する」
結論を急ぐかのようにまくしたてるエリウスをたしなめるように、メリシアちゃんが再度助け舟を出してくれた。
「それについ――」
「お言葉を返すようですが、回数の問題ではございません」
説明をするため口を開こうとするが、再び遮られる形でエリウスが発言し始める。
ははぁん、こいつ俺に弁解させる気ねぇなクソッタレ!
「信徒同士による喧嘩ならいざ知らず、枢機卿への暴行とあらば、もちろん一度たりとて許されるものではございません」
「クッ……枢機卿は特権階級というわけではない、単なる職務だ! ソレに害したからという理由で宵闇の使徒だと断ずるのは教義に反すると言っている!」
「では聖鎧損失については如何お考えでしょうか」
「それ、は……」
「ワタクシの考えですと、聖鎧の纏うシャイア様の加護に、その堕落した邪悪な精神が反応を示したのではないか、と」
「それこそ貴様の思い込みだ! フェスティスへ付与された加護は――」
「静粛に。神の御前である」
裁判長っぽい爺さんが少し荒げた声で制止すると、メリシアちゃんは舌打ちするかのように息を吐き出し、下を向いた。
どうも、自分が殺されそうになったのにも関わらず、その当事者を庇おうとしてくれているらしい心優しい聖女メリシアちゃんに対して、塩顔薄ら笑いはそれを阻止せんとしているようだ。
自分を殺そうとした相手を助けようとするなんて……。
状況が状況だというのに胸がキュンキュンしてしまうが、ここにきて、メリシアちゃんが眉間に皺を作っていた理由に気付きはじめる。
恐らく、俺を宵闇の使徒だということにしておきたい塩顔と、そうしたくないメリシアちゃんという構図が、既に前室で完成していたのだろう。
「……さて。メリシア枢機卿、そこまで言うのには何か考えがあってのことであろう? 聞かせて貰えるかね」
「はい、シャイア様の教えに恭順を示すことこそ我が本懐。なれば教典に記載されし事柄のみを鑑み、この者……お方は、宵闇の使徒ではなく……全く別の存在なのでは、というのが私の見解です」
「ほほぅ。別の存在、というと?」
「……救主様では、と」
メリシアちゃんの発言に、壇上がざわつきはじめる。
「メ、メリシア様?」
隣にいるエリウスも慌てた様子で、訝しげな視線をメリシアちゃんに送っている。
裁判長が両脇にいる裁判官達と何ごとかを相談し、暫くしてからこちらに向き直り、咳払いを一つ置いたあと重々しく口を開いた。
「イマイソウタを宵闇の使徒として認定する。なお、聖宝損壊、第一級者殺人未遂の為、明日、正面広場にて斬首刑を執行する。以上」
突然にしてアッサリと、審問という名の茶番劇に幕が下ろされた。
ことここに至っても、余りの現実味の無さに俺の心はどこか冷静だった。
死んだかと思ったら突然絶世の美少女が目の前にいて、さらにそれを殺そうとしたり、スマホを握り潰したり、馬的謎生物に跨ったおっさんにパンチされたり、挙句の果てには裁判のようなものに参加させられた結果が斬首刑て。
やっぱ夢だコレ。しかもかなり悪夢だから早く目を覚ませ俺。
「お待ちください! 宵闇の使徒では、いえ斬首とはあまりに――」
「メリシア様、審問は終了しました」
メリシアちゃんが抗議の声を上げるが、エリウスがそれを遮る。
裁判長達はメリシアちゃんの声が聞こえているのかいないのか……いや、アレは聞こえてて無視してるか。そのまま両脇の扉からそそくさと出て行ってしまった。
冷静沈着なメリシアちゃんがうろたえるのを見て、ムクムクと恐怖心が芽生えてくる。
先ほど裁判長から言われた斬首という聞き慣れない単語も、メリシアちゃんを介して反芻させられたことで現実味を帯び、飲み込まさせられる。
終わった。
再びあの恐怖を味わうことになるのか……トラックに腕と足を吹き飛ばされたあとは? 首だって? ハハッ。
絶望の谷に落ちていくように血の気が失せていく――が、そこでフッとトルキダスのおっさんが言っていたことを思い出した。
「……沙汰が降りたあと来い、とか言ってたよな、確か」
もしかして、あのおっさんはこうなることを見越していたんじゃないか?
罪を償ってからでなく、沙汰が降りたあとって、要はそういうことだよな?
「そうだよ……でも本当にいいのか? というか、できるのか?」
そういえばメリシアちゃんの鎧……代々受け継がれてきた、罪状になるくらい大層な代物だったらしい。
ということは、鉄どころかこの世界に存在する貴重な何かで作られた物だった可能性が高いワケだが、俺はそれを簡単に引き裂いた。
俺のスマホにしても、軽く握っただけでクシャクシャ――せめてクラウドに保存してある色んなアレを綺麗にしたかった――になっていた。
そして、おっさんのパンチ。
あんな筋肉モリモリの大男に助走付きで殴られたのに身じろぎ一つしなかった。
単純に力だけでは言い表せない、異常な出来事の数々……そんな、一昨日から今日にかけて俺の身に起こったことを思い返す。
しかし……今考えていることを実行に移すと、今度はおっさんに迷惑を掛けるんじゃないか?
でも、分からないことや知りたいことが大量に残っている今……このタイミングでは、さすがにまだ死ねない。死にたくない。
俺の身に起こっている不思議な現象は何なのか?
どうしてこの世界にきたのか?
なぜメリシアちゃんを殺そうとしたのか?
メリシアちゃんに彼氏はいるのか?
――そんなことも知らないまま死ねるか!
決意を固め、万歳するような感じで力を篭めながら両腕を持ち上げていく。
ギン――ビギギン――
すると、台と手首を繋ぐ鎖がいとも簡単に切れていった。
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