五.五話:メリシアの決意
「メリシア様、どうぞこちらへ」
相変わらず、舐めるような嫌な視線でこちらを見つめてくるエリウスに、嫌悪感を気取られないよう注意しながら椅子へ腰かける。
「まさか創世主探索の任で出掛けられたメリシア様が、宵闇の使徒を連れ帰るとは思ってもみませんでした」
「……まだそうと決まったわけではない。あの者はその疑義があるというだけだ」
「これは失礼を……そうでしたね。では、メリシア様がなぜそのようにお感じになられたのか、理由をお尋ねしても?」
慣れた手つきで紅茶を淹れるエリウスの手元から視線は外さないよう注意を払い、言葉を選んで経緯を説明していく。
「ここを出立して八回、日を跨ごうとしていた夜のことだ」
音もなく運ばれてきた紅茶の入った容器を傾け、啜るフリをする。
もちろん、角度に気を付け、エリウスからはこちらの口元が見えないようにしなければならない。
「奴は突然……そう、本当に突然、目の前に現れたのだ」
「ほう。メリシア様が気が付かないほどとは」
「違う、そうではない。気配に気が付き視線を送ったとかそういう次元の話ではなく、既に見ていた焚火の向こう側……人間どころか薄闇しかなかったはずの空間に、言葉通りそのままの意味で、さも今まで何もなかったのが噓だったかのように突然存在していたのだ」
「それは興味深いですね」
この空気……。
訝しがるような雰囲気も、心が動いたような素振りも、エリウスからは何も感じない。
話は聞いているようなのだが、この男はまるで舞台の上で台詞をなぞる俳優のように、
完璧な抑揚で言葉を紡いでいるだけで、その目は一度たりとも感情を宿していない。
このことに初めて気が付いたのは私が枢機卿になったときの……父とのやり取りだったか。
そう、エリウスの視線がまとわりつくようになったのも、確かあの日からだ。
「暫くは対話できていたのだが、その最中に何の前触れもなく突然襲われてな。腹部を負傷し、フェスティスも破壊されてしまった」
「なんと、聖鎧を破壊できる存在がいるとは驚きです」
「この私が反応すらできなかったあの異常な敏捷性と圧倒的な膂力……宵闇の使徒である可能性、やはり捨てきれんか、とな」
「にわかには信じられないお話ではございますが、分かりました。そういうことでしたら、後ほどワタクシからもあの者にいくつか質問させて頂いて、ことの真贋を見定める一助となれるよう努めさせていただきます」
そう言って、エリウスが紅茶に口をつけたところで扉がノックされ、修道士の「準備が整いました」というくぐもった声が扉の外から聞こえてきた。
私は敢えてゆっくりと香りを愉しんでいる風を装い、再び紅茶に口をつけるフリをして、エリウスを先に立たせるように仕向ける。
この男に背中を見せるようなことだけは避けなければならない。
「それでは参りましょうか」
狙い通りエリウスが席を立って扉を開けたので、私も立ち上がり、頭を下げている修道士へ一声かけてから廊下へと出る。
エリウスの挙動に怪しい点はなく、言動も至って普通だった。
しかしトルキダスが言っていた通り、やはり今回の件に一枚嚙んでいると見て間違いないだろう。
私が創世主探索に出ていたことを何故か知っていたというのもあるが、さっき聖堂前で見せたあの反応……まるで、私が宵闇の使徒と思しき者と帰還することが決まっていたかのような――
「既に始まっておりますので、このままお入りください」
修道士が扉の前で再び恭しく頭を下げる。
審問場の中から不安そうな表情を浮かべこちらを振り返る者に気が付き、これから起こるであろうことを思い胸が痛む。
いけない。決意を。決意を固めるのだ。
私は利用されない。
私は自身の意思で歩んでいく。
私は決して人形などではない。
私は……救主様、お許しを……。
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