五話:三十四階層~三十一階層
「よ、よしっ。それじゃあ先に、す、すす進もうかぁ?」
震える声や足のせいでバレバレな気はするが、幽霊なんだし視力や聴力は弱いほうだろうという謎理論および希望的観測の元で行う"気が付いていないフリをしてそのまま通り過ぎる作戦"である。
この際なので幽霊に視力とか聴力という概念があるのかはひとまず置いておく。
「ソ、ソウタ様……しかし……あの者の存在は、その、よ、よろしいのでしょうか……」
「ええええ? なななんのことかなぁぁ?」
ヤメテ……今は触れずに無視してくれ……お願い、メリシアちゃん……。
「あそこです……あの、横にある通路の陰……」
ダメだ。メリシアの天然がここへきて発動している。
以前から、何の躊躇もなく自分のおっぱいを見せることに同意(※第一章十一話参照)したり、俺のグッドモーニングの目の前でアノッスアノッス(※第二章四話参照)したり、おっとりカワイイ系というよりもグラマー秘書みたいな美女の割に天然とかギャップ最高かよって思ってたけど、ここにきて空気を読んで貰えないとは思ってもみなかった。
いっしょ……れてい……
ほらぁ! もうあれ絶対『一緒に連れてって』系の幽霊じゃんんんんっ!
あれ今でこそ陰でボソボソ言ってるだけだけど、あと何回か喋らせたら絶対『一緒に連れてってって頼んでるでしょおおお』みたいに髪の毛の隙間から血走った目をギョロつかせて走り寄ってくるパターンだぞおおおおおおっ!
もしそうなっても異世界のこんな場所じゃ「そこまでだ」とか言って寺生まれの人が助けに来てくれるなんてことないんだぞおおおおおっ!
「うおおおおおおおおお!」
時感覚特性と、宵闇の使徒と創世の救主の特性を現時点で可能な限界まで高めるように調整し、メリシアと箱を担いで必死に駆け出す。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
長い階段を下って三十三階層の扉をブチ破ると――そいつはいた。
一緒に……連れ……
「うううわあああああああああ!?」
その黒い影は、ほぼ止まっている時間認識の世界においても、こちらを覗くように分岐路から頭だけを出して何やら言ってくる。
完全に引き離したと思ったのに何をどうやったら先回りできたのか……あまりにも不気味すぎてパニックになってしまい、手当たり次第に拳を振り回しまくりながら次の階層へと駆け抜けていく。
三十二階層――三十一階層――
ドパッバパパパッ!!
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
緊張と恐怖から極限まで特性を調整した状態でここまできたため、ついに呼吸が乱れて時間認識が元に戻ってしまう。
それこそ無我夢中だったので、周りの状況など歯牙にもかけなかったわけだが、恐る恐る視線を巡らせると、相当入り組んだ迷路だったのだろう三十一階層の入り口周辺は、地面がそこらじゅうえぐられた、ただの薄暗い広場と成り果てていた。
「ソウタ様、お気を確かにっ」
左腕で抱きかかえていたメリシアが、俺が憔悴していることに気が付いたようで、心配そうに頬へと手を当ててくれる。
その、不安や焦燥を吹き飛ばすかのような柔らかな温もりのお陰で、ようやく落ち着いてくる。
「あ、ありがとう……メリシア……」
「良かった……私、ソウタ様にここまで連れてきて頂いたようなのですが……ここはいったい何階層なのですか?」
「さ、三十一階層……です……」
落ち着いてきたせいで、これまでの無様な取り乱し方が急激に恥ずかしくなってくる。
そんな男の心の機微まではさすがに気が付かないメリシアは、
「この一瞬で二階層も進められたのですか!? さすがはソウタ様です!」
と、屈託のない笑顔で心をえぐる一言を放ってくれた。
アラサーの男が幽霊にビビってここまで必死に逃げてきてスミマセンッ!
「ところで先ほどのあの黒い影は一体なんだったのでしょうか……何か言っていたような気がするのですが……」
「分からないけど、きっとロクなことじゃないよ……」
「そうなのですか?」
「そうなのです。さ、この階層もサクっと進んでササっと三十階層の守護武神と契約結んじゃおうぜ」
「は、い……分かりました……?」
有無を言わさないように強引に話を進めて歩き出した俺の後を、メリシアが不思議そうに小首を傾げながらついてくる。
そのまま暫く歩いていると――ふと収納箱が無くなっていることに気が付いた。
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