四話:異世界
目を閉じて安静にしているメリシアちゃんを、膝を折って座り込んだまま見つめる。
あれからずっと、どうして突然こんな力を? なぜこんなか弱い女の子を殺そうと? 自分の身にいったい何が起きてるんだ? 結局ここはどこなんだ? といった感じの、支離滅裂な自問を繰り返していた。
気が付けば、いつの間にか立ち上がったメリシアちゃんが木に深く刺さっていた剣を抜き、鞘へと納めた後、おぼつかない足取りで焚き火のほうへ歩きだしたため、慌ててついていく。
「ま、まだ動かないほうが……」
「……」
メリシアちゃんは、無言でずだ袋のところまで行くと、中から裾の長い紫の外套を取り出して羽織り、背後で一人あたふたしている俺を意にも介せず荷物の整理をしはじめた。
何か言うべきか……それとも整理するのを手伝うべきか。
未だ混乱覚めやらぬ思考は、グルグルと回るだけで全くその機能を果たさず、ただ呆然とその様子を見ていることしかできない。
辺りにはガチャガチャと乱雑な手際で袋に荷物が放り込まれていく音だけが響いていて、そのあまりに重い空気に耐え切れず、つい――
「ご……っ」
ごめんと口をついて出そうになってしまい、慌てて飲み込む。
理由がはっきりしない謝罪など意味が無い上に、さっき凶行に及んだ動機が自分でも未だに分からないのだから、ここで謝ったところで、謝ってスッキリしたいという俺のエゴが満たされて終わりだ。
そもそもこれまでの様子からして、俺の謝罪を受け入れてくれるわけもない。
とにかく、今は……メリシアちゃんが何か言うまで、こちらから言葉をかけるのは自重しなければ。
そんな打算含みのことをこの期に及んで考えていると
「そっちの方角だ。貴様が先を歩け……道案内はしてやる」
メリシアちゃんがこちらを一瞥もせず、進む方向をアゴで差しながら言ってきた。
そしてずだ袋にギュウギュウと荷物を押し込み、適当な感じで袋の口を縛ると、映画でしか見たことがないような革製の水袋を一口煽ってから焚き火に土をかけて火を消す。
「……何をしている、早くしろ」
俺はその声に押されるように、痛いくらいの敵意を背中に感じながらトボトボと歩きはじめる。
ふと空を見上げると、木々の隙間からは朝日が射し込んできていた。
♦
あれから朝日をさらにもう一度拝んだので、死んでからここまで二日は経ったことになる。
だいぶ前に森を抜けてからは、一転して短い草が生え広がる草原を延々歩いてきているが……遠く地平線の彼方に見えるテトリスの長い棒のヤツを横に寝かせたような、見慣れない形をした何らかの建造物に向かって真っ直ぐ進むよう言われたきり、メリシアちゃんはずっと無言である。
それにしても……道中に短い休憩を一度挟んだのみでここまでほぼ歩きっぱなしなのに、不思議と疲れを感じない。
生前に運動らしい運動も特にしてこなかったことを考えると、やはり異常である。
現状把握のため俺なりに色々考えてはみたものの、やはり手持ちの材料が少なすぎてどれも確証が無く、推論の域を出てくれない。
推論その一。
ここはあの世である。
あの世説は今のところ、確率的に一番濃厚だと思う。
謎の力も、疲れない理由も、どちらも説明が付くからだ。
しかしあの世だとして、俺の知識とはかなり掛け離れているし、何よりあの世感が無さ過ぎる。
例えばここが地獄なら鬼は? 閻魔様は? メリシアちゃんという存在が無ければ地獄かとも思えただろうが……。
ならば天国か? いや、それはもっとないだろう……もし天国なら辺り一面花畑で、さらにメリシアちゃんとはヌキゲー並みの急展開でムフフな状況を堪能しているはずだが、現実は鬱ゲー並みの急展開で殺そうとしてるからな。
推論その二。
実は死んでいない。
病院で植物状態的に昏睡していて夢を見ているパターンだ。
今の俺の状態だと色んな意味でかなり勇気が必要だったが、思い切って頬をつねってみたら普通に痛かった上、皮膚に当たる風や衣擦れの感触、陽光に心地よい温もりを感じながら一歩ずつ草や土を踏みしめる手応え……そのリアリティ、空気感が、否が応にもこれが現実であることを俺に確信させる。
そもそも、人生最後の瞬間という考え得る限り最悪の記憶をはっきりと持っているので、夢ってことは無いだろう。
推論その三。
死の瞬間、不思議な力を授かり別の世界にワープした。
猫チックな宇宙生命体がどこからかやってきて魔法少女になる展開である。
あ、やっべ! プリティバニー最終回昨日だっけ!?
くぁー、クッソー……見逃してるじゃん……リアルタイムで視聴してたのに!
……結論。
意味不明。
俺の、怪力という表現では大人し過ぎるこの莫大な力は、一体なんなのか。
そもそも何をどこまでできるのか。
マックスで力を入れてみたらどうなるのか。
そんな諸々を検証してみたい欲求も無くはないが、とりあえずメリシアちゃんが言っていた"教会"という所まで行ってからにしようと、謎の建造物に向かってひたすら歩き続け……今に至っている。
何度目かになる思考の纏め直しを終えて再び視線を前に戻すと、遠くのほうから薄っすら、馬に乗った集団がこちらへ向かってくるのが目に入った。
ドドドドという地響きと共に近づくにつれ、剣や槍、弓矢などで武装したいわゆる騎兵の一団らしいということや、乗っているものが馬ではないことに気がつく。
つーか……あの生物はいったい……。
頭は鳥、なのか……?
首が長くてクチバシが付いているためダチョウ的な鳥なのかもしれないが、頭の上に生えた耳が猫のように尖っていて、一見しただけではそうもいえない。
体は犬のように寸胴、しかし筋肉質ではあるのだろうガッシリした感じで、学生時代に使っていた掃除用具のモップに良く似た、モサモサに長い毛が全身を覆っている。
脚は4本で、爪先から蹄鉄がチラチラ見え隠れしているので、馬準拠なのかもしれない。
尻尾は完全に馬だけど……いや、コレはマジでなんなんだ?
現実味の無さに眩暈がしてきたところで、一団の先陣をきっていたヒゲを生やした筋骨隆々の大男が徐々にスピードを落とし、目の前まできて止まった。
「メリシア様、外地ゆえ馬上にて失礼します。物見からの報告でお迎えに上がりました」
馬上ってことはアレやっぱ馬扱いなのか……。
メリシアちゃんが俺の横を通り過ぎ、大男の所へ歩いていく。
「ご苦労」
「ずいぶんと早いお帰りですが、いかがされましたか」
「うむ、この者は宵闇の使徒の疑義があるのでな、取り急ぎ連れ戻ったのだ」
「宵闇の使徒……ですか」
「トルキダス、どう思う」
「ふぅむ」
メリシアちゃんがトルキダスとか呼んでいる大男から敬語で話しかけられているのを見て、身分の高い子なのかな、とか、やっぱり俺はとんでもないことをしたんだな、といった取り留めのない思考が駆け巡る。
メリシアちゃんとは出会ってから暫く、美人だけどめっちゃ設定作り込んで一人遊びしてるちょっとヤバ目のコスプレイヤー、くらいに思っていたため、話していた内容のほとんどを聞き流していて覚えていることのほうが少ない。
確か『審問を受けさせる』とかなんとか言われたことを思い出し、フッと中世の凄惨な拷問の数々を思い浮かべてしまい、ブルルと身震いする。
ここにきてようやく、ここが日本じゃないどころか現代でも地球でもあの世でもないんだなと思い至りはじめる。
謎の生物もプルリラル~とか見た目と大違いの可愛い声で鳴いてるし……推論は”その三”が当たりかもな。
しかし、普通に日本語で会話してるのはなぜなんだ?
日本国内でさえ少し離れたところだと、方言なんかで聞き取れなくなるほどの言葉の違いがあるってのに、海外どころか別の世界っぽいココで日本語が使われているのはおかしくないか。
それに気候や風土、文化はもちろん、文明がどこまで発展してるのかも気になる……などと熟考モードに入ったところで、大男より声をかけられ思考が中断した。
「貴様、名と出身を言え」
「名前は……今井奏太。出身はニッポン……えーと、ジャパン? で、分かりますか……?」
「ジャパン? ……イマイソウタ、貴様はあの森で何をしていた」
「何を……していたんでしょうか。自分でも全く見当が付かず……分からないとしか――」
「はっきり答えんかぁぁ!!」
声と共にブワッと熱気のようなものが発せられ、その迫力に思わず腰が抜けそうになってしまう。
そんな俺の様子を見て、おっさんの後ろにいた兵士数名がニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。
くそっ、自分が情けなくなってくる。
「まぁ待て。この男は、不意打ちとはいえ私に剣を抜かせず組み伏せるほどの強者だ。だが、なぜかここまでの道中、全く暴れる様子もなく大人しく歩いてきたのでな……私にも分からんことが――」
枢機卿のメリシア様に抜かせる暇も与えなかったって――そんなバカなことが――トルキダス隊長でさえメリシア様には――俺は信じないぞ――
メリシアちゃんが言い終わる前にザワザワと周囲が騒がしくなっていく。
先程笑みを浮かべていた兵士達も、今は驚愕の表情に代わっていた。
「――というわけだ」
「失礼ながら……誠に?」
「シャイア様に誓って。丁度良いトルキダス、お前も試してみるといいだろう」
喧騒で二人の会話はほとんど聞き取れなかったが、兵士から漏れ聞こえた”トルキダス隊長”という言葉から、どうやらこのヒゲの大男が兵士達を束ねる隊長らしいことだけは分かった。
おっさんはなにごとかをメリシアちゃんと話したあと、ズシっと音を立てて馬的生物から降り、ドシンドシンと俺めがけて走り寄ってきたかと思えば、大きくコブシを振りかぶり勢いそのままに殴ってきた。
瞬間、一連の動作がスローモーションのようにゆっくりになり、その太い腕を覆う鎧の付け根と胸当てを接続している金具を歪めながら、徐々にコブシが近づいてくる様子がはっきり見える……その圧力たるや、トラックのそれと全く変わらない。
周囲の兵士と違って比較的軽装とはいえ、甲冑を身に着けた大男のあんなゴツイ腕で殴られたら一体どうなってしまうのか……。
半ばトラウマとなっている、鼻が潰れ前歯が折れ目玉が破裂するあの瞬間が再度フラッシュバックする――
も……もう死にたく……ッ!
恐怖のあまり、目をギュッと閉じながら反射的に両腕を交差させ顔の前にやる……と、数瞬後に腕をポンと押されたかと思えば、ハンマーで鉄の扉を叩いたかのような鈍い音が辺り一面に鳴り響いた。
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