プロローグ:エリウスは嗤う
「バルギスソウタ帝国……ですか?」
報告書に記載されている信じられない情報の数々に驚き、確認の意味も込めて質問する。
「はい。宵闇の使徒は、皇帝ディモズを殺害したのち、元シャイア教徒二名及びエルフ二名と共に帝都の王宮を急襲。元老院を脅し、バルギス帝国の滅亡を宣言……と、これらをその日のうちに行ったそうです。現在は、新生バルギスソウタ帝国として諸国との国交締結などを推し進めている模様」
「ふむ」
あれからそれほど経っていないというのに……やはり取り逃がしたのは失敗でしたか。
「分かりました、報告ありがとうございます。あなたは引き続き監視の任を続けてください」
「かしこまりました」
バルギス軍の侵攻を止めたのも予想外でしたが、バルギスの平定までしてしまうとは……こうなっては、もう切るしかない。
「センチピードさん。ヴィッレ教皇には殉教して頂くことになりました」
「あぁ? やっとかぁ?」
椅子に座り、応接用のテーブルの上に載せた足を暇そうにプラプラと動かしていた慈悲主が、ゆっくりと立ち上がる。
「えぇ。予定より少し早いですが、既に各所とは合意に至ってますので問題ありません」
「わかったぁ」
「くれぐれも証拠だけは残さないようにご注意くださいね」
「てめぇこそぉ、わすれんなよぉ?」
「報酬でしたらいつも通り手配しておきますのでご心配なく」
「ヒィッヘッヘッヘェ、よぉぉしぃ」
下卑た笑みを浮かべて部屋を出ていく慈悲主の背中を見送ったあと、椅子に深く腰掛け直す。
まったく疲れますね……いえ、疲れましたね。
「シャイア様の復活の為とはいえ、あのようなモノまで使役しなければいけないとは……ま、何でもすると決めたのは私自身ですから、仕方がありませんね」
すっかり冷えて渋みが増してしまった紅茶を口に含み、飲み込まないように敢えてゆっくりと舌で味わいながら、シャイア教徒になった日のことを思い出す。
……降りしきる雨の中、底知れぬ飢えを抱えて路地を彷徨う浮浪者の私を、ヴィッレ教皇は聖堂へと招いて糧と温もりをお与えくださった。
そしてシャイア教へ入信し、この世界はシャイア様によって作られ、シャイア様によって生かされ、シャイア様によって殺されているのだということを教えて頂いた時の、あの……筆舌に尽くしがたい衝撃――
「んふっ!」
そのシャイア様にもうすぐ会えると思った次の瞬間、放たれた精液が修道服の内側をべっとりと汚してしまった。
冷めやらぬ興奮と快感で息苦しくなり、口内にとどめ過ぎて今では唾液の比率のほうが多くなってきた紅茶を、一息で嚥下する。
「んくっ……はぁ、はぁ、はぁ……私としたことが、いけませんね」
あぁ……ヴィッレ教皇……。
その、この世に存在する全ての善意を集めたかのような生き様……アナタはまさしく、聖者として相応しかったですよ。
そんなことだから、あんなディブロダールの宰相如きに、簡単に精神を支配されてしまうのです。
「……フフッ」
あの宰相、名前を何と言いましたか……オールタニア掌握の最後の障害だったメリシア様を試練の巡礼地に向かわせれば、宵闇の使徒に襲わせるなどと言っていたのに、まさか創世の救主を呼び出すとは……まぁ、あのような間抜けの名前など、別にどうでも良いでしょう。
おかげで、殉教して頂く予定だったメリシア様とトルキダス近衛兵長はまんまと逃げおおせ、バルギスの平定まで成し遂げてしまったのですから、件の慈悲主への報酬は多めに用意して頂かなければ割に合いませんね。
「フフフッ、フフフフフッ」
しかし……オールタニア掌握にあたって必要となる人材の派遣や各種支援があったからこそ、ここまで来られたということだけは認めましょう。
おかげで私が教皇になる目処がつきましたし、双方の目標だったオールタニアの属国化も目前です。
あとはディブロダールの国教をシャイア教にすることと、シャイア様の召喚に私も立ち会わせて貰う約束を果たして頂ければ、何やら実験体を救い出すことに必死な禁忌の魔術師も用済みとなります。
そうだ! その際はセンチピードに、あの哀れな老婆の目の前で実験体と遊ばせても面白そうですね。
「フフフフッ! アーッハッハッハッハ!」
長い道のりでしたが、シャイア様――もうすぐ、全てが手に入ります。
今しばらくお待ちください……。
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