十八話:責任の取り方
ここは……どこだ……?
俺はどうなったんだ……?
寝ているような、起きているような……夢の中でまどろむ、この心地よい浮遊感……永遠にここでこうしていたい――
「ソウタ様……」
突然、メリシアに呼ばれた気がして慌てて上体を起こす。
キョロキョロ辺りを見回すがメリシアの姿はなく、代わりにセルフィ……と、見たことのない黒髪の美巨乳少女が俺のことをジッと見ていた。
「おはようございます。ご主人様」
「……はぃ?」
ご、ご主人様?
まさかの不意打ちにドキッとする。
俺ってメイド喫茶に来てたんだっけ?
「え、えーと?」
「報告、ソウタの脳組織及び体組織に甚大な損傷があったため、ファフミルと二人で修復していた」
「ご心配には及びません。回復魔術で完全に元通りになっております」
「そ、そうなんだ……? ありがとう?」
二人が何を言っているのか良く分からずに疑問形で感謝してしまう。
甚大な損傷って、何かケガするようなことあったっけ――
「うぁッ!」
寝起きで鈍くなっている頭をなんとか回転させて目覚める前のことを思い出そうとしていると、突然、頭に激痛が走った。
ドクンッ――
「アアアアアッ! ハァッハァッハァッ!」
ドグッ――ドグッ――
「ウッ! ウウアアアアアッ!!」
「ソウタ様、ご安心くださいませ……セルフィ」
「把握」
フニッ――ムニッ――
「ゥブッ……!?」
その、まるで脈打つ心臓が脳みそを掻き分け蠢いているかのような、強烈な痛みに耐えきれず両手で頭を押さえていると、後ろからセルフィが、前からは黒髪の美巨乳少女が優しく抱きしめてきた。
「ッ!?」
「ゆっくりと深呼吸をなさってみて頂けますか」
「ハァッ……フゥッ……スー……ハー……」
「……落ち着かれてきましたね」
言われた通りに深呼吸してみると、それまで感じていた痛みが嘘のように、何の名残も残さず綺麗さっぱり消えていった。
ムニュゥッ……
「んむ、んむんむ」
「ぁんっ」
俺が落ち着いたことに安心したのか、先ほどまではおでこ辺りに押し付けられブルタップンしていた美巨乳様が、今度は顔全体を包み込むように覆いかぶさってきたものだから呼吸がままならず、フガフガと口を動かして何とか空気を取り込もうと努力する。
美女二人によるサンドイッチに、精神的には幸せすぎて死にそうで、物理的には苦しすぎて死にそうで、併せ技でもはや死んでいるといっても過言ではない状態だ。
「報告、ソウタは別の意味で落ち着かない様子」
「ぁ……」
後頭部にあった謎の黒髪美巨乳少女の手が、ツツっと俺の体を滑っていき、思わず背筋がゾクっとする。
そのまま首……鎖骨……胸……腹……となぞっていき――ちょっ!?
「ご主人様、申し訳ございません。こんなに苦しそうになさっておいでだったのですね……」
サワッ――スリスリ――
「今、ラクにしてさしあげ――」
「ちょっ違っ……だから朝は危険なデンジャーがグッドモーニングしてるだけなんだってーーー!!」
「キャッ!」
ガバッと立ち上がり、勃ち上がっている勃ちたがりを、赤黒く染まったズボンの中へと急いで押し込む――ん?
「なんでこんなに汚れてるんだ……?」
良く見ると、ズボンどころか、いつの間にかボロボロになっているシャツまで赤黒く染まっていることに気づく。
「……なんだ、これ?」
「ソウタ様は私たちエルフの村を守るために、御身を犠牲にして尽力してくださいました。その名残でございます」
答えを期待しての質問ではなく、ただ単に口から出ただけの疑問だったのだが、美巨乳少女が丁寧な口調で答えてくれる。
「ん? あ、そうだ……そうだった……」
そういえばここにはエルフの村を救いに来たんだった。
いまだに頭の中に靄がかかっていて細かくは思い出せないが、守れたのなら良かった……。
「って! そうだよ!」
慌てて上を見るが、枝や葉が天井のように空を覆い隠していて、今が昼なのか夜なのかが分からない。
「俺はどれくらい寝てた!?」
「回答、日の跨ぎを二度経ている。現在は昼間」
二日も経ってるだって……!?
「は、早く! 急がなきゃ!」
慌てておぶさるように促すが、状況が飲み込めていないのか、不思議そうに首を傾げるだけでその場に座ったままのセルフィに、焦りからつい苛立った声を出してしまう。
「何やってんだよ! 早く!」
「回答、バルギスの進軍状況なら問題ない。グステン軍との衝突まではまだ猶予があることを遠見で把握済み。今すぐ戻りたいのならファフミルの転移魔術がある」
「て、転移魔術?」
「僭越ながら、お急ぎのご様子ですのでこれより準備を進めさせていただきます」
美巨乳少女……ファフミルを見ると、こちらも座ったまま何やら呪文のようなものを呟き始めた。
お経とも祝詞とも違う独特の調べで紡がれていく初めて聞く言葉は、口は動いているのにどれもハミングのように聞き取り不可能なもので、何とも不思議な感覚だ。
「推奨、ソウタはあれを担いで持っていったほうがいい」
「あれって……?」
詠唱を続けるファフミルの横で、再びセルフィが何かを指さしたのでそちらに視線を送ると――
「……ッ!?」
赤黒い染みが広がった地面の丁度中心に、頭が吹き飛んだ大男の死体が横たわっていた。
「ディ……ディモズ……」
その死体はあまりに鮮烈で――ああ、やっぱり俺は目覚めないほうが良かったなと思う。
……すべてを思い出した。思い出してしまった。
「弱いな、俺……」
「否定、ソウタは強い」
セルフィが再び不思議そうに首を傾げる。
「ははっ……ま、みっともなく吐かなくなっただけ成長したか……」
意外にも、やってしまったことをすんなりと受け入れている自分に気が付き驚く。
これがおっさんの言う『力持つ者の責任』なのであれば、くよくよと引きずることも、忘れ去ることも無責任な行為になる。
俺の唯一の長所は責任感が強いところだからな……エントリーシートや履歴書にも書いたくらいだぜ。
「ご主人様、転移の準備は完了しておりますので、ご都合よろしければいつでもお声がけくださいね」
「はやっ」
「お褒め頂き恐悦至極に存じます」
覚悟は既にできている。
戻ったところで俺に何ができる……などとは、もう思わない。
「よし、戻ろう」
かなり猟奇的に破壊されている遺体を肩に担いだというのに、不思議と嫌悪感はなかった。
相手がディモズだからなのか、自分が死を与えた立場であるというのを自覚したからなのかは、分からない。
しかし、自分のこの力のことを後ろ向きに考えるつもりだけはなかった。なぜなら、乗り越えた相手に失礼だからだ……そうだろディモズ?
アンタを殺した男として、しっかりケジメはつけるからな。
それが俺の出した答え。
俺の考える責任の取り方ってやつだ。
「かしこまりました。それではまいります」
視界が徐々に白んでいき――まばたきの次の瞬間には、数日前に腰を抜かしかけた光景が再び眼前に広がっていた。
「……おー」
おっさんが言ったように、今の落ち着いた心境でバルギスの進軍を前にしてみると、確かに壮観な光景に見えなくもない……が、どっちかというと母親と行ったデパートの売り尽くしワゴンセールのほうが近い気もする。
「報告、ディモズの遺体を担いだままで大きな音を出してほしい」
「大きな音って、なんでだ?」
「説明が困難」
「うーん……まぁ、やってみるわ」
凹ませないように注意しながら、足で地面を叩く。
ズゥゥゥゥン! ドズゥゥゥン! ズドォォォン! ズズゥゥゥン!
「……まだか?」
「回答、もう少し」
ズガアァァァン! ドドォォォン!
「報告、もう大丈夫」
「……な、なんだったんだ今の?」
「回答、敵軍の退却に必要な条件が音だった」
退却に音が必要……?
セルフィからバルギス軍へ視線を移動させると、先陣を切っていた騎馬集団が大きくカーブを描きながらUターンしているところだった。
「なんで……?」
「イマイソウタ! 早まるでない!」
突然、おっさんの声が背後のかなり近いところから聞こえてきたため、慌てて振り向く。
すると、シュロルに乗ったおっさんと、少し離れてついてくるメリシアがこちらに向かってくるのに気が付いたのだが、その距離はかなり近く、既にシュロルから降りたおっさんがこちらに駆け寄ってきていた。
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