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十話:おっさんはいい奴だな

 こんな夜更けにどこ行くんだ……?

 そういえば昼間、揚げ団子屋の親切なオヤジと話をしたとき、グステンでは深夜どころか明け方までやっている店も少なくないというようなことを聞いたが……酒場にでもいくのだろうか?

 しかし、それにしては挙動が少し怪しい感じもする。

 あとを尾けてみるか? いや、相手はあのおっさんだぞ。気がつかれないように尾行なんてできるか?

 などと、またもや一人であーでもないこーでもないと考えていたら、突然おっさんがこちらを見上げて声をかけてきた。


 「む? おお、イマイソウタ、起きておったか。どうだ、もう終わったか」


 俺なんかの視線にもすぐ気が付くあたり、さすがは武人。

 やはり気づかれずに尾行なんて、考えるまでもなく俺には不可能だったわけだ。


 「セルフィ……いや、メリシアにまた助けられちまったわ」

 「そうか、なにごとも無くてよかったぞ」

 「別に心配なんかしてなかっただろ?」


 呆れたように俺がそう言うと、おっさんは「ガッハッハッハ」と豪快に笑って誤魔化した。

 おっさんとの付き合い方がようやく分かってきたのか、こんなやり取りを自然にできるようになった自分がなんだか嬉しくなる。


 「どっかいくのか?」

 「飲みに……いこうかとな」


 少し言葉に詰まったようなその物言いに、すぐピーンときた。


 「もしかして、あのルル商会の姉ちゃんと会うのか?」

 「ぬ、ぬぅ。お主はこういうときだけ妙に鋭いのだな……」

 「なんだよなんだよ、おっさんも隅におけねぇな。いいよ、邪魔しないからゆっくりしてこいよ」

 「そうだな……いや、お主さえよければ一緒に来て貰えまいか」

 「おいおい、野暮なこと言うなよ。昼間の姉ちゃんのあの感じだと、絶対おっさんと二人で会いたがってるぞ」

 「問題はそこよ。神に仕える武人として、今は女人などにうつつを抜かしておる場合ではないのだ……お主が共におってくれるなら幾分か心強い」

 「マジかよ」


 思わぬ弱点につい笑ってしまいそうになるが、ヒゲ面を歪めながら頼んでくるその表情は、まさに切実といった感じだ。

 ……ま、おっさんの頼みじゃ断れないか。


 「分かった分かった。付き合うよ」


 やれやれと地面から四、五メートルはあるベランダから飛び降りる。

 オールタニアの中央教区で初めて跳んだときに比べたら、この程度の高さはもはやなんの障害にもなっていないことに着地してから気が付いて、早くも力に順応しつつある自分に少し驚く。


 「恩に着るぞ……むん?」


 おっさんが俺の顔を見るなり心配そうに眉根を寄せた。


 「お主、酷い顔色だな」

 「ん? ああ、寝起きだからだろ」

 「頼んでおいてなんだが……無理せず寝ておってもよいのだぞ?」

 「おっさんもメリシアも心配性なとこあるけど、大丈夫だって」

 「だが――」

 「そんなことより」


 まだ何か言いたそうなおっさんを遮り、続ける。


 「今日こそは先に酔い潰してやるから覚悟しとけよ」

 「……ほぅ、このオレにそのような大言を吐いたこと、たっぷり後悔させてやるわ」


 察してくれたのか、おっさんがニヤリと笑ったので、俺もニヤリと笑い返して繁華街のほうへと歩き始める。

 道すがら、覚悟を決めて仕事の話を切り出す。


 「バルギスの……侵攻までは、あとどれくらい時間があるんだ?」

 「うむ、事前情報に間違いなければ、日を四度――いや、もうこの月の位置なら三度になるか、日を三度跨ぐ頃には不可侵領域へ到達する予定だ」

 「その不可侵領域ってとこまでは、ここからどれくらいかかるんだ?」

 「シュロルで二日ほどだな」

 「なるほど……」


 ってことは、もしかするとこれがおっさんと飲める最後の機会になるかもしれないわけだ……。


 「人を殺すのって、どんな感覚だ?」


 隣で歩くおっさんが驚いたかのように目を見開き、こちらを見た。


 「覚悟を決めたか」

 「正直、戦争にならないような平和的な解決方法はないか……なんてことをどこかで考えてるから、そこまで気持ちが固まってるわけじゃないけどな」

 「ふむ、そうか……オレの初陣の話はしたか?」

 「聞いたことないな」

 「オレが初めて人を殺めたのが初陣だ。ひどい混戦でな……必死だったのもあるが、実は記憶も曖昧で、殺した相手方には悪いがあまり覚えておらんのだ。しかしな、そのとき運よく討ち取った敵将……これは忘れもせぬ。あの感情は恐怖と、そして歓喜だ」


 か、歓喜?


 「ガッハッハッハ、まぁそう嫌悪感たっぷりな顔をしてくれるな。そもそも、オレが武を志したキッカケが、守りたい者を守るための力が欲しかったからということもあるがな……オレにとって、いや、おそらく多くの軍人にとって、敵将とはすなわち、自国にいる大切な者や共に戦う仲間を殺そうとする……言うならば、殺し屋どもの親玉みたいなものよ」


 ……なるほど、分かり易い。


 「当然、相手が百戦錬磨の(つわもの)ならば恐怖もするし、それを打ち倒すことができれば、守りたい者を守れた喜びに打ち震えることだってある。イマイソウタよ、血なまぐさくなくとも、男ならば似たような経験をしたことがあるのではないか?」

 「いや、心当たりはないな」

 「そんなはずはなかろう。酒を嗜むほど大人の男ならば何か仕事をしておったはずだ」

 「そりゃ仕事は、まぁ……」

 「何の仕事をしておったのだ」

 「営業……んー、道具を売るための新しい販路を開拓するような仕事だ」

 「ほほう、なかなか興味深い仕事をしておったのだな。で、その仕事を得るにはどうした?」

 「うーん、色んな会社に面接いって、やっと内定貰って……」

 「その仕事を勝ち取ったわけだな? 嬉しかったろう」

 「俺は結構苦労したほうだから、嬉しかったっちゃ嬉しかったかな」

 「それと似たようなものよ」


 はぃ?


 「いや、似たようなもんなのか……?」

 「その仕事をしようと決めたとき、今までしたことのない未知の領域へ身を投じる不安で、胸中はいっぱいだったはずだ。だがお主は不安に押し潰されず、その仕事に就こうと努力し、他の者と競い、勝利し、遂にお主自身の価値を雇い主に認めさせて仕事にありついた――といったところではないのか?」

 「まぁ大げさにいえばそんな感じだけど」

 「似ておるよ。オレも、武人を志した当初は不安でな……ただ、大切な家族や友のため、なにより自分自身のため、ひたすら努力をして、気が付けば初陣を飾り、仲間の助けを受けながら運良く敵将を打ち倒すことまでできたのだから、殺し殺されしているとはいえ、嬉しくないはずがなかろう?」


 確かに、そういわれるとそうなのかもしれないが……。


 「やっぱり俺とは似てないな」

 「そうか?」

 「別に、大切な家族や友達とか、ましてや自分自身のためにひたすら努力なんて……そんな大層なことしてないからな」


 フッと夜空を見上げる。

 さっき宿舎のベランダで見た時も思ったが、やっぱりビルや電線がないから星が良く見える。

 元居た世界では、忙しさにかまけて夜空なんてあまり見たことがなかったが、この世界にも同じような星空がどこまでも広がっていることに、どこかホッとする。


 「……俺がいた世界じゃさ、学校を卒業したあとは世間体とか生活の為に大抵みんな就職することになるんだよ。俺だって、したくもない仕事をただなんとなく生活のためにしてただけなんだ」

 「しかし、お主はその仕事を得るために努力をしたと言っていたではないか。程度の差など気にしてもしかたなかろう。お主にはお主の、オレにはオレの努力があるのだ。似た経験をした者同士、今宵は大杯で乾杯といこうではないか」

 「おっさんはやっぱいい奴だな」

 「ガッハッハッハ! あまり持ち上げるでない、こそばゆいわ!」


 おっさんが豪快に笑いながら背中をバンバン叩いてきたので、俺もつられて笑ってしまう。

 先程まで感じていた不安はいつの間にか消えていて、おっさんなりに俺を元気づけてくれていたのだということに気が付く。

 おっさん、ありがとう……な。

 その後も暫く他愛ない話をして歩いていると、おっさんを呼ぶ女性の声が聞こえてきた。


 「おじさまー! こっちこっちー!」


 道の奥のほうに目を凝らすと、両手をブンブン振りながら手招きしているルル商会の美人代表と、その護衛と思われる屈強な男三人が立っていた。


 「あら? アナタは確か……昼間おじさまと一緒にいたわね?」

 「こんばんは、挨拶が遅れて申し訳ない。今井奏太という」

 「こんばんは。それで? どうしてアナタがいるのかしら」

 「おっさんに飲みに誘われてな」

 「そうなの……まぁいいわ。お店は貸し切っておいたからなんでも好きなものを注文してね」


 サラっととんでもないことを言われた気がする。

 美人代表が貸し切ったという店は見るからに高級そうな佇まいで、俺みたいなド庶民が入るのにはかなり勇気がいる……のだが、おっさんは例のごとく特に気にしていない様子でズカズカと中へ入っていってしまった。

 意を決し、後に続こうとしたところで、行く手を遮るように三人の男が扉の前に立ち塞がった。

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